タイムマシン・クライシス
その物体を乗り物だと脳が判断した最大の要素が窓と車輪の存在だった。
側面に翼のような長い突起物もあるので、もしかすると飛行機の類かもしれない。
「なんだこれは」
突然アパートを壊滅させた乗り物を認識し、カイトは憤りを隠すことなくズカズカと歩み寄っていく。
イラついた感じで装甲をこつん、と軽めに叩いたのち、後ろへと回り込んだ。
「こんな乗り物、見たことないな」
スバルが感想を漏らした後、カイトの後を追う。
古今東西、あらゆるブレイカーの資料を眺めてきたスバルだったが、その彼でさえもこの乗り物はみたことがなかった。
陸に使うのか、空に使うかの判別がつかず、唐突に現われた異質さも際立っている。
一言で言うなら、不思議な出来事である、と言えた。
「だが、普通の乗り物じゃないのは確かだ」
カイトも同じ結論に至ったようだ。
彼は乗り物の後ろにあるシャターを見上げ、続けた。
「コンテナのようだな。少なくとも、何か積み荷があるらしい」
閉じたシャッターを開けようと開錠ボタンを探す。
ややあって、無いと判断した後。カイトは両手から鋭利な爪を伸ばした。
「もしかして、力づくでこじ開けようとしてない?」
「当然だ。住処を破壊されたんだぞ。どこの誰がやったのか。どの企業がやったのか。どっちにしろ、文句はきちんと言うべきだ。ついでに賠償金を請求する」
シャッターに爪を突き立て、フルーツ缶の蓋をこじ開けるようにして切り抜く。
切り取られた穴から乗り物の中へと侵入していくと、カイトはそこにある物を見上げた。
「ほう」
「なんかあった?」
「見てみろ。お前の意見を是非とも聞いてみたい」
言われ、スバルも続いて乗り物の中へと入りこむ。
カイトの背中を目指していくと、彼が見上げている物が嫌でも目に入った。
ブレイカーだ。
嘗て搭乗していた愛機、獄翼と同じサイズのミラージュタイプのブレイカー。
青と白のカラーで装飾され、獄翼とは違ってモノアイなのが印象的である。
「スバル、お前このブレイカーがどこのか知ってるか?」
「いや、わかんない」
古今東西、様々なブレイカーをネットなどで調べ回っているスバルでさえも知らないブレイカーがそこにはあった。
どこかの軍の新型なのだろうか。
「……でも、なんというか、変だなって」
「変?」
「なんでこの機体だけ運ばれてるんだろ。普通、こういうのって他にも何機か積んでるものなんじゃないの?」
見たところ、コンテナ部分に収納できる機体の数はそこそこある。
武器の収納スペースも利用された形跡があった。
「さっきまではあった、と考えていいのかもしれない」
「もしかして、何かに襲われたってこと?」
「そう考えれば少しは納得できるのだが、やはり解せんな。もしそうなら、コイツが墜落するのをもっと早く察知できたはずだ」
そもそも、戦闘があったとしたら、きっと今頃島中がパニックだ。
流れ弾で火事が起きていてもおかしくない。
にも関わらず、被害があったのはあくまで彼らが住むアパートだけ。
「どういうこと?」
「わからん」
だが、知る方法はある。
「わからんが、知ってる奴はここに乗ってる筈だ。流石にオートパイロットで墜落したわけじゃないだろう」
「パイロットは生きてるのかな」
「生きてないと困る。賠償金が請求できん」
とても大事なことなので念を押すように言う。
「大家が帰ってきた時にアパートを潰されている光景をつきつけてみろ。卒倒するぞ」
「大家さんじゃなくても倒れると思うよ」
「ではお前は何故平然としている」
「驚いてるよ。でも、結構驚きまくってるからよっぽどのことがない限りは大袈裟なことは言わないかなって」
「そうか」
大分神経が図太くなった少年を見てどこか複雑そうな眼差しを送るカイトだったが、そんな彼の複雑な心境など知る由もないスバルは悠長にブレイカーに近づいていく。
「武装は……見た感じ、最低限の装備しかないのかな。コスパがかかってるとか?」
「俺が知るか。だが、ダークストーカーの刀のような特徴的な物がないのは確かなようだな」
疎いカイトでも観察すれば理解できる。
この場に残されたブレイカーは主力とは言いづらい武装しか施されていなかった。
取りあえず用意された物をバランスよく配置したらこうなる、といったような装備である。ブレイカーズ・オンラインをプレイした為か、自然とそういった観察眼が身についてしまった。
「もし仮に襲われたら、とても対処は難しいだろうな。だから残されたのかも――――」
そこまで言いかけた時だ。
異変が起きた。
乗り物全体を巨大な振動が襲いかかり、警報も鳴り響く。
「な、なんだなんだ!?」
「地震か?」
訝しげに周囲を警戒しはじめるふたりだったが、事態は彼らの予想を超える展開へと向かいつつあった。
その証として、警報と共に電子音が流れ出す。
『警告。タキオン粒子が異常な濃度で膨張しています。このままでは歴史が改変されてしまうでしょう。大至急原因の特定と駆除を行ってください』
「なんだタキオン粒子って?」
「さあ」
聞き慣れない単語だった。
なにかの専門用語だとは思うのだが、それよりも気になるのは『歴史の改変』という単語だった。
「歴史の改変って言ってたが、どういう意味だ?」
「わかんない。わかんないけど、なんか嫌な予感がする」
「奇遇だな。俺も嫌な予感がする」
同時に、彼らの嫌な予感は毎回妙にあたる。
お互いに顔を見合わせ、くり抜いたシャッターから外の様子を眺める。
「げ」
するとどうだろう。
空の青色が深緑色へと変色している。雲はありえない速さで移動していき、地面は草が急速に生えては枯れていくのを繰り返している。
まるで乗り物の外で映像の早送りを見せられているかのようだった。
異変はまだ治まらない。
次の変化は街並みだ。石やコンクリートで作られた街が、次々と変色していっている。
通り過ぎていく車も同様だ。
通行人ですら、異変に気付く事もないまま変色していくではないか。
「俺たちだけ影響が出ていないのか……?」
「なにがどうなってるんだよ!?」
「わからん。だが、やばそうな事態だ」
『タキオン粒子の異常膨張が加速的に膨れ上がっています。このままでは10分もしない内にこの時代は歴史改変に塗り潰されてしまいます。タイムパトロール要員は避難を推奨します』
タイムパトロール、という単語を耳にしてスバルは天井を見上げる。
「もしかして、これって未来から来た機械だったりする!?」
「なぜそう思う」
「だってタイムパトロールってそういう単語でしょ!? SF映画でよくあるじゃん!」
「あるじゃんって言われても」
腕を組んで半ば呆れた顔を向けるカイト。
そんな彼の表情が再び真顔になったのは、乗り物全体が稼働音に包まれた瞬間だった。
「エンジンが稼働している。コイツ、動くぞ」
「つまり、これってタイムマシン!?」
「たいむましん?」
単語だけは聞き覚えがある。
過去未来を自由に行き来できる夢の乗り物。それがタイムマシンだ。
自分たちは今、それに搭乗していて、尚且つ動き出そうとしている。
「スバル、運転席がどこかにある筈だ。急いでパイロットを捕まえて状況を吐き出させる」
「吐き出させるって……ここから出ないでいいの!?」
「外は明らかに異常事態だ。俺たちが変に外に出て、危険が及ばない保証はどこにもないんだぞ」
それも含めてよく聞かなければなるまい。
ゆえに、カイトはスバルに提案する。
「パイロットとの話し合いは俺がやる」
「俺もついていくよ!」
「いや、お前には頼みがある。いざという時の保険を頼みたい」
「保険?」
「ああ」
カイトはブレイカーを指差し、手短に伝えた。
「未来のブレイカーだとしても、お前なら扱えるだろ。困った時は頼んだ」
肩を軽く叩き、カイトは走り出していく。
背中を見送ると、スバルは困った表情でブレイカーを見上げた。
「……あまり白と青は俺好みじゃないんだけどな」




