3000年からの来訪者
人類がタイムマシンを完成させてから150年。
時間旅行を利用した犯罪は増加する一方だった。未来のデータを利用しての賭博、過去の人物を殺害することによるタイムパラドックスといった、自分の都合のいい未来を作り出そうとする犯罪者は後を絶たない。
そんな犯罪の手を阻止する為に結成されたが時空警察官。
タイムパトロールである。
彼らは24時間体制で時間の流れを監視しており、異変を感知したら即座に行動。これを鎮圧できるよう組織されている。
遠い未来。時間旅行が可能になった時代において、彼らの活躍は必要不可欠だった。
「ぶっちゃけ、タイムパトロールっていらなくないですか?」
そんなタイムパトロールになりたての新人、ミズキが胡坐をかきながらぼやく。
新品のブルーの制服に身を包んだミズキは見るからに怠そうな表情でドーナツを貪っており、死んだ魚のような眼差しを画面のモニターに送り続けていた。
画面には薄暗い青の色だけが映し出されている。
この色が赤に変わった瞬間が仕事の合図なのだが、しかし。ミズキがこの仕事に就いてから一度も赤に変わったことはない。
要するに、ミズキはとてつもなく暇だった。
「赴任してからそろそろ半年ですけど、全然仕事ないですし。ずっと座ってモニター眺めてるのって暇なんですけど」
誰に言うわけでもなくひとりで愚痴る。
効率化と言えば聞こえはいいが、ミズキのような新人にできる仕事など限られているのが現実だ。
だからってこんな小学生でもひとりでできてしまいそうな仕事を押し付けられても困る。
「ふぁ……」
こんな調子では欠伸もでるというものだ。
せめて一緒に仕事をする仲間がいるならまだ気も紛れるかもしれない。
だが、ミズキはたったひとりでこの業務に務めなければならなかった。
他の新人たちも似たような思いをしているのだろうと考えると、とてもやるせなくなってくる。
「ふぁ~あ……この調子でアラフォーまで突入するのかなぁ、私」
折角公務員になっても将来が暗い。
そんな暗黒の未来を予知していると、突然画面が青から赤に変色した。
サイレンがミズキのオフィスに鳴り響く。
「え!? なになになに!?」
唐突な警報にパニックになるミズキ。
周囲を見渡し、メガネをかけ直す。
「コンピュータ、何事!?」
効率化に努めた結果に生まれた報告用AIがミズキの指示に合わせ、赤に変わった原因を報告してくる。
『タキオン粒子に深刻な異常を感知。許可を持たない何者かがタイムスリップを敢行しようとしています』
「つまり不法時間旅行者!」
始めての燃えるお仕事展開だ。
ミズキは袖をまくって気合を入れるが、AIはそんな彼女に提案する。
『警告を鳴らした後、援軍要請を提案します』
「どうして?」
『熱源反応多数。武装したブレイカーがいる可能性があります』
言われ、ミズキの顔が青ざめていく。
武装したブレイカーがタイムトリップしようとしている。立派な時間犯罪者ではないか。
この時代の法律では、異なる時代にはいかなる武器も持ち込み禁止となっている。巨大兵器であるブレイカーなんて以ての外だ。
「コンピュータ、警告の前に本部に緊急応援を! 通達後、警告を開始。3回の警告を無視したら無人機を発進――――」
冴えてきた頭で指示を出していると、振動がミズキに襲いかかった。
『攻撃が開始されました』
「早くない!?」
『明確な敵対行動と取られます。マニュアルに従い、応援要請を出します』
「相手の具体的な戦力はどうなっているの!?」
『最新型ブレイカーが20機。こちらの無人防衛機では歯が立ちません。また、戦艦クラスを一隻確認』
「戦艦クラス!?」
個人でブレイカーや戦艦を揃えてくることなどまずありえない。
ならば敵は明確な犯罪組織である可能性が高いだろう。
新人ながらに懸命に考え抜き、ミズキは結論を出した。
「コンピュータ、無人機を発進。応援が来るまで、なんとしてでも敵のタイムトリップを防ぐのよ!」
『了解』
ミズキが搭乗しているのは小型のタイムマシンだ。
時間移動中のタイムマシンのハッチが開き、無人機が発進していく。タイムパトロールの象徴である青と白が混じった、銃を持つブレイカー達だ。
だが、コンピュータの計算が正しければこれも時間稼ぎにしかならない。
こちらで用意されている無人機は9機。予備で有人機仕様が1機あるが、ミズキ以外に動かせる人間などいない。
「応援が来るまでの予測時間は!?」
『大凡20分』
「間に合いそう?」
『80パーセントの確率で間に合わないでしょう。戦艦から新たに3機の出撃を確認。こちらの無人機を効率よく破壊していきます』
モニターに問題の3機が映し出される。
すべて赤の配色だったが、見たところ特機のようだ。連携を取っている他の機体と比べると武器や装飾がやたらと派手である。
「きゃ!?」
『警告。攻撃を受けました。このままではタイムマシンが破壊されます』
タイムマシンが破壊される。
それはすなわち死を意味していた。
時間旅行中のタイムマシンから脱出などしようものなら、どこの時代ともわからぬ場所にひとりだけ放り出されてしまう。
それならば、いっそ。
「コンピュータ、急いでこの場所から離脱! 適当な時代にタイムスリップして、敵の攻撃を回避。その後、本部に連絡を!」
『了解』
「舵はこちらがとる。エンジンはフルスロットルよ!」
タイムマシンの出力が高まる。
ブースターが一気に点火したと同時、ミズキのタイムマシンはその時間の流れから消え去った。
彼女が放り出した無人機が全滅したのは、それから僅か5分後のことだ。
ゲーリマルタアイランドに移り住んでから数か月。
最初の内はトラブルがあった物の、なんとかうまくやっていけている。
「カイトさん、おはよう」
「もう昼だぞ」
唯一、蛍石スバルだけが職を見つけずにだらだらと日常を過ごしているのを除いては、だが。
「他の皆は?」
「全員仕事だ。俺は今日、休み」
「大家さんは?」
「晩飯の買い物だそうだ」
外で住民全員の洗濯物を干し、カイトは続ける。
「お前はどうする。なにか予定でもあるのか?」
「いや、特には……」
「ゲーセンは自分の稼いだ金で行けよ」
「うぐ」
早速行先を察知され、先手を取られた。
蛍石スバル、16歳。
そろそろ17歳が見えてきたが、無職ではお小遣いはもらえなかった。
いかんせん同じ年頃のマリリスが積極的に働きに出ているので、どうしても働きに出ていないスバルは扱いが低くなってしまう。
特にカイト達は実力主義の社会で生きてきた人間だ。
働かざる者食うべからず。ブレイカーを動かすこともなくなり、手持無沙汰になったスバルに遊ぶためのお金を渡すことはないのである。
「昼飯は昨日の残り物でいいか?」
「文句は言いませんとも。獄潰しですから」
「拗ねるな。とっととバイト先でも探すんだな」
「うー……」
直接『俺たちが食わせてやってるんだぞ』とは言わない辺り、まだ優しさは感じられる。
大家さんとはそれなりに良好な友好関係を構築していると自負しているが、いかんせん自分たちは住民で彼女は大家だ。大家が好意で置いてくれているとはいえ、いつまでもニート同然の生活をしているのはあまり好ましくない。
自覚はあるが、中々行動に移せないでいるのは具体的に『なにを仕事にしているか』のビジョンが浮かばなかったからだ。
昔からの夢なんかあればまだいいのだが、いかんせんゲームしかやってこなかったスバルである。
プロゲーマーなんてのも考えたが、自分の腕では中途半端なところまでしかいけないのは目に見えている。
今日くらいは真面目に職探しのチラシでも見てみるかと考えた矢先、異変は起きた。
「ん?」
「ぬ」
背後から激しい衝突音が鳴り響いた。
静寂が訪れた後、スバルとカイトは硬直したまま会話する。
「ねえカイトさん」
「なんだ」
「今、アパートから凄く嫌な音したよね」
「ああ、したな。気のせいでなければアパートが壊滅した様な音だ」
「うん。似たような音はブレイカーの撃墜音で聞いたことがある」
ふたりは意識を共通させた後、ゆっくりとアパートに振り返った。
そこにはあるべき筈の宿の姿は無く、代わりに見た事もない形の乗り物らしき物体がめり込んでいた。




