やったぜオズワルド。今日はタコ飯だ!
仲間たちのチャットグループに画像が送られてくる。
カイトがイルマと共に巨大なタコの足を掲げていた。双方ともやりきった顔を前面に出しながらもこんなメッセージが送信された。
『見ての通りかなりでかい。食いたい奴がいたら遠慮なく食え』
ついさっきまで自分のハナクソを美味しくほおばっていた邪神だと知っていると食欲はがくんと減っていく。
というか、本当に食べる気なのか。
ただのタコではないことをスバルは知っているが、果たして彼らはこのタコが邪神だと理解しているのだろうか。邪神だと理解していなくても、せめて化物だと認識してほしい。
『それホントにタコ?』
試しにそう尋ねてみる。
『どう見てもタコだろ。吸盤もある』
『すげーでかいんだけど』
『そうだろう。だから俺たちだけじゃ食べきれない。お前も食べるんだ』
拒否した筈なのにまた誘われてしまった。
いかんせん邪神を食べる勇気はないので、やんわりと拒否する。
『いや、オズワルドさんと約束したから』
『ならオズワルドも呼べばいい』
誘われてしまった。
『いや、でもレストラン予約してるし』
『なぜだ。キャンセルすればいい』
『食べましょう』
『スバル君も食べようよ』
『みんなで食べようぜ』
『スバルさんは私たちが嫌いなんですか?』
『なんで』
全員から一斉にメッセージが送信されて頭が固まる。
どうしてこいつ等は全員でタコを食べることに拘るのかと悩んでいると、横で更に悩んでいる男が口を開けた。
「邪神様……邪神様……ああ、なんということでしょうか! 邪神様の御言葉が聞こえない! 私たちを導いてくれる高次元生命の存在感が消えてしまった!」
そりゃあ捕られてしまったからね。
結論を伝えるのは簡単だが、バルギルドに妙な刺激を与えるとなにをしでかすのか予測がつかないので敢えて真実を伝えない。
「やはり異次元から邪神様を完全に降臨させるには信仰心だけでは不完全だったのか……? そうなってくると高次元生命体である邪神様が嘘をついていたことに……」
「あの、結局のところ俺は結婚できるのでしょうか」
「邪神様が消えた以上、できるわけがないでしょう!」
決定的な一言が飛びだした。
これが漫画だったら台詞のコマがオズワルドの胸を抉っていたに違いない。
アラフォー男性は特に打撃を受けたわけでもないのに吹っ飛ばされ、その場に崩れ落ちた。
「おぐふ!」
悶えるアラフォー。
彼の願いは邪神が叶えることなく、食料として消費される末路を辿ってしまった。
そう思うと少年も哀れに感じる。
「……これでよかったのかもな」
だがアラフォーは泣かなかった。
彼は妙に清々しい表情で起き上がると、スバルに語りかける。
「君の言う通りだな。他人の意見を無視して結婚するって、ずるくて嫌だ。そう思うと、少しほっとしている」
「もっと早く気付けばこんなところに来ないでも済んだのに」
「そいういうな。昔から親父によく言われてたんだよ。結婚しないと家族なんかじゃないって」
焦っていた自覚はある。
だがその理由は『結婚しなければならない』というオズワルドの固定概念から来たものだ。
そこに新しい考え方を加えてあげた結果、本人の心に少しだけ余裕ができたのかもしれない。
「やっぱり俺にはよくわからないんですけど、結婚ってそんなに大事なことなんですか?」
「しないよりはした方がいい。ひとりは寂しいからな」
「でも、それって結婚しないでも叶いません?」
「それはお前が恵まれているからさ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんさ」
恵まれてる、と言われても憤りを感じることはある。
だがオズワルドの言う『恵まれている』は彼自身に対する皮肉も混ざっているのだろうと少年は捉えていた。
きっとこのアラフォー男性なりに言葉を探して出てきた結論がこれなのだろう。だから頭から否定はしない。
「でも、そんなもんで済ませていいんですかね」
「今はそれで済ませておきたいな。そういう気分なんだ」
「気分で一回りも二回りも年が離れてる奴を巻き込まないでくださいよ」
「悪かったよ。頭に血が昇ってた」
「そう思うならどっかで飯おごってください」
このままでは邪神タコパーティーに参加させられてしまう。
先程までバルギルドに抑え込まれていた時とは別の危機感がスバルに迫っていた。
「別に構わんが、どうしたんだ急に」
「ちょっと家に帰りたくなくて」
「え」
言われ、オズワルドはやや大げさにリアクション。
数歩後ずさり、なぜか頬を染めながら申し訳なさげに顔を下に向けた。
「……いや、すまない。気持ちは嬉しいんだけど、俺は女の子が大好きなんだ」
「今の発言からどうしてそんな結論に行きつくんですか」
一応フォローしておくと、スバルも女の子が大好きだ。
「だってそういう台詞って、つまりお誘いだろう!? 綺麗な女の子から言われてみたい台詞だってお前は思わないのか!?」
「だからってアンタに気があるわけじゃねーです! いや、止めてください! すまないとか言いながら手を握りしめないで!」
「……今更だけどお前、こう見るとちょっと可愛いな」
「やーめーてー!」
蛍石スバル、16歳。
この日、彼は大人の慟哭を垣間見た。
邪神様を崇める宗教を解散しよう。
バルギルドは一旦活動を停止を宣言し、オズワルドを帰した。
再度邪神の降臨を目論む事も考えたが、折角君臨した婚活邪神が即座に消えてしまったことを考えると、なんの考えもなしに挑戦するのは危険だと考える。
「……」
自分の部屋にこもり、思考。
弟たちは邪神様の偉大さを理解していない。協力を得ようとすれば、血で血を洗う喧嘩が始まるだけだ。
そういうのは好きじゃない。
態度は悪いが自分の家族だ。家族に危害が及ばない手段を選ぶのが一番スマートであるとバルギルドは考えている。
だが、邪神様のヒントから得た信仰心の力で異次元の境界線を繋げても、結局消えてしまった。
どうすればいいのだろう。
なにを改善すれば異次元との境界線をもっと深く繋げることができるのだろうか。
実際には現地の化物がタコ漁の感覚で邪神を釣り上げてしまったなど想像もしていないバルギルドは、かなり真剣に考えていた。
「やはり、これ以上は無理だ」
近くにあった混沌からの囁き声は聞こえない。
邪神様が消えてしまったせいだろう。
だったら自分だけでこれ以上の成果を残すのは無理だ。
誰かしらの協力者がいる。
あまり他人と深く関わりたいとは思わなかったし、不審だったので頼りにしたくはなかったが、先日届いたメールに期待すべきなのかもしれない。
バルギルドは自身のメールボックスを開き、先日届いたメールに返信した。
宛先は『八王子能者学園』。
内容は、新しい世界を作るモデルケースの作成に協力してほしい、とのことだった。
どういった経緯で自分のことを知ったのかは知らないが、利用できるのならなんでも利用しよう。
お互いに益があるなら尚更だ。
その上で目的の邪魔になるなら消してしまえばいい。
バルギルドにとって大事なのは新しい世界の作成ではなく、あくまで高次元生命そのものなのだから。




