婚活邪神、君臨す
婚活邪神の指示に従い、スバル達は屋上へとやってきた。
オズワルドの分厚すぎる信仰心によって肥大化した混沌の渦は外に出たかと思うとすぐさま飛びだしていき、一瞬でアメリカの空に自身の色を拡散させていく。
「深緑色の空だ」
「海底みたいで綺麗じゃないですか」
「俺にはドブの色にしか見えないんですが」
濁った目でスバルがぼやくも、オズワルドとバルギルドは気にしない。
彼らにとっては待ち焦がれた邪神の降臨が眼前に迫っているのだ。些細なことなど、きっとどうでもいいのだろう。
「邪神様ー!」
オズワルドが訴える。
「それで、俺はどうすれば結婚できるのですか!?」
「急かすな、愛いモノよ。そなたの信仰心とやらのお陰で、既に天空に我が足が無数に散った。よぅく目を凝らしてみておくがいい」
指示に従い、しばし待つ。
すると、徐々にだが変化が訪れた。
深緑の汚い空から、巨大なタコの足のような触手が伸びてきたのである。
「おお! あれぞまさに婚活邪神様の御足!」
「う、美しい!」
興奮するバルギルドとオズワルド。
心底そうでもよさそうな顔で見つめるスバル。
「あれ?」
だが、そんなスバルにも徐々に婚活邪神の恐ろしさが伝わってきた。
遠目なのですぐには理解できなかったが、触手はそこらじゅうから伸びてきている。
一本だけではないのだ。さながら、地面に植えた植物の芽が一斉に開花するかのように、無数の触手が点から伸びてきている。
「ちょ、ちょっとタンマ! 多くないですか!?」
「なにを言う。この婚活邪神の手足はそなたらの信仰の強さに比例し、この世界に具現化される。それはすなわち、それほど婚活邪神の君臨が望まれていると知れ」
つまり、オズワルドが結婚したいから天から触手が伸びている、と。
そう理解したスバルは即座に意識を切り替えた。
なにかあったらオズワルドをどうにかすれば全部解決しそうだ、という認識に。
蛍石スバル、16歳。
彼は仲が良くなった人間には案外容赦がなかった。
「でも、そんなに足を多くしてどうするの?」
「ふん、小僧め。貴様はこの婚活邪神の凄みを知らんとみる」
「実際、知りませんから」
これまで様々な超現象を目の当たりにしたからか、眼前に君臨しようとしている婚活邪神にも恐れる素振りも見せていない。
だが、そんなふてぶてしい態度を見ても邪神は特に気にしない。
「よかろう。ならばとくと見るがいい。この婚活邪神の足がいかなるものなのかを!」
足が一斉に大地へ伸びる。
ある足はビルへ。ある足は近くの建物へと一斉に降り注いだ。
破壊はない。壁に接触した瞬間、それは溶け込むようにして貫通していった。
「我が足は無用な破壊など不要。婚活邪神ゆえ、婚活に必要のない力は発揮されない!」
「で、この行為のどこに婚活の要素が?」
「汝は運命力を信じるか?」
質問に質問で返された。
どういう意味かと首を傾げて考えてみる。
スバルが返答するよりも前に、バルギルドが答えた。
「我々がより認識しやすいのは『運命の赤い糸』という奴ですか」
「ああ、あれ!」
その単語ならスバルも聞いたことがある。
運命の赤い糸で結ばれた者同士は惹かれあうとか、そういった意味で使われることが多い。
「その運命の赤い糸とやらは万物すべての生き物に繋がっている。汝らは特定の人物との繋がりを強く信じているようだが、あらゆるすれ違いで赤い糸とやらは強くもなるし、薄くもなる」
ここからが本題となる。
「この婚活邪神は万物の赤い糸に足を絡ませ、それを自在に繋ぎ変え、色の濃さも変えることができる。わかるか、その意味が?」
スバルとオズワルドは唖然としているが、言いたいことの意味はわかる。
「つまり、特定の誰かと自由に結ばれる。結婚できる可能性が高くなる、ということですか」
「人の気持ちなど、些細なことで移ろうモノ。この婚活邪神の手足はそれをほんの少し、信仰者に向けるだけのことだ」
「でも、それって」
スバルは反射的に呟いていた。
「他の人の気持ちを、おざなりにしてるってことじゃないんですか?」
「なんの問題がるのだ」
婚活邪神は不思議そうに問う。
「汝の同行者はこの婚活邪神に結婚させてくれと願った。特定の誰かとは指定はない。つまり、結婚できれば誰でもよいのではないのか?」
「オズワルドさん、どうなんですか!?」
「そうです邪神様!」
オズワルドは感謝感激の涙を流しながら邪神に土下座をしていた。
スバルの非難の眼差しなんか見てすらいない。
「俺は結婚がしたい! 温かい家庭を持って、子供もいて、車とペットがあるような良い家に住んでみたい!」
「ほれ、見るがいい。汝の問題定義など、その者にとってはどうでもいいのだ」
「オズワルドさん!」
しかしスバルは納得できない。
自分には結婚願望などない。愛する人もいない。
物心ついた時、母は既に他界していた為、オズワルドの言う『温かい家庭』がどういったものなのかは想像することでしか思い描けない。
だけど、本当にそのままでいいのかと強く言いたかった。
「あなたの温かい家庭って、知らない誰かの人生を弄ってまで欲しいものなんですか!?」
オズワルドの胸ぐらを掴み、強く訴えた。
だがその手はすぐさま離れることになる。
「止めなさい」
バルギルドだ。
彼は簡単にスバルを羽交い絞めにすると、その場に抑え込む。
「邪神様の前ですよ。信仰心の邪魔になるなら、私は容赦しません」
「アンタは……!」
「言いたいことはわかりますよ。邪神様が降臨すればそれでいいのか、とかそういうことを仰りたいのでしょう。最初から言ってるじゃないですか。僕はそれでいいって」
身体の自由が利かなくなる。
縄で縛られたわけでもないのに、蹲ったまま動かない。
「俺の身体になにを!?」
「ただ君の身体に色を塗り足しただけですよ。余計な真似をしないように、て念と一緒に色をつけてあげたら人間は簡単にその通りになる」
不思議には思わなかった。
事実、バルギルドを止めようとしたソルドレイクとマーティオは今の時点でも騒いでいない。
きっと最初にバルギルドが出てきた際、そうやって色を上塗りされてしまったのだろう。
XXXのウィリアムよりも強い支配力を有する新人類。それこそがバルギルドの才能だった。
「オズワルドさん。迷うことはありません。既に邪神様はあなたの前に君臨しています。後は、あなたが望むままに結婚を迫れば、誰でもあなたの告白を受け入れてくれるでしょう」
「俺の告白を?」
「ええ。きっと、ただ一言でいいのです」
見ず知らずの誰かでも。
人間以外でも。男女関わらず、きっとオズワルドがこう呟けば邪神様の加護で結婚は成立する。
「僕と結婚してください、とお願いすればそれだけですむのでしょう」
「然り」
邪神も肯定した。
「この大地に我が足は根付いた。この婚活邪神の加護は、まさに信仰力を持つお前にこそ注がれる」
さあ、今こそ街に出て理想の伴侶を見つけるのだ。
後はお前が告白すればそれだけで済む。
相手は最初から好意全開に振り入れ、呪いにも似た加護は婚活邪神が君臨する限り、未来永劫続くことだろう。
「む!?」
そんな時だ。
婚活邪神から違和感の声が漏れた。
「いかがなさいました。邪神様」
「我が足を誰かが抓っているな。だが、おかしい。人間が触れた程度ではこの婚活邪神が気付くことなどない筈なのだが――――」
同時刻。
神鷹カイトはデスクの上にたまっていた書類をめちゃめちゃにした巨大なタコの足を殺意の籠った目で睨んでいた。
どういうわけか壁を貫通して出現したそれを眺め、カイトは椅子から立ち上がる。
「イルマ」
「なんでしょう、ボス」
「これはなんだ?」
「わかりません。私も初めて見ました」
それはそうだろう。
自分だって始めてみた。
故に、馬鹿な質問をしたと思って本題に入る。
「散らばった書類、片付けられるか?」
「物理的には可能ですが、今日中にこれらの書類をすべて処理するのは不可能だと考えます。ボスの承認が必要な物が殆どですから」
「そうか」
つまり突然現れたこの巨大なタコの足は、なんの不満があるのか忙しい自分の業務を更に激化させた、と。
そういうことか。
自己完結させると、カイトはタコの足をつねる。
「む」
いい感触だった。
弾力としては申し分ない。
そんな感想を抱くと同時、腹も減ってきた。今日はずっと書類と格闘していた為、まだ食事を済ませていないのだ。
そういえば、アメリカに来てから『タコ焼き』を食べていない気がする。
「……」
しばし思考を回すと、カイトはスマホで連絡を取る。
仲間たちへのグループチャットだった。
『今日、でかいタコがとれそうなんだがタコ焼き食べる?』
変身は即座に返ってきた。
『いいな! 俺も久しぶりに食いたいぜ!』
『ボクも賛成。お刺身の分も残しといてね』
『私、タコがどのようなものなのかはよく知らないのですが、皆さんがいいのなら是非!』
スバル以外からは全員OKのサインが出た。
仮にスバルが反対しても、これだけ賛成が出ているのだから彼も文句は言わないだろう。
内心で結論付けると、カイトは巨大な足に手をかけた。
試しに引っ張ってみる。
「おおう!?」
婚活邪神が悲痛な叫びをあげた。
明らかにこれまでとは違うリアクションを目にして、バルギルドは焦る。
「婚活邪神様、いかがなさいました!?」
「な、何者かが我が足を引っ張っているな! あ、ちょっと待って! 本当に凄いパワーなんだけど!? どうなってんのこれ!」
先程までの威厳はどこへやら。
本格的に焦り始める婚活邪神。
「千切れる! 足が千切れちゃう!」
「一本くらい切り離せないんですか」
「そんな恐ろしいことができるか! 痛いじゃないか!」
邪神でも痛いんだ。
スバルはそう思うと、連絡用のスマートフォンが鳴っていることに気付く。
どうやらバルギルドの束縛は邪神の行動に害をなすものでなければ有効なようで、取り出すのに不便はなかった。
「なんだ?」
カイトからの連絡だった。
そこにはこう記されている。
『今日、でかいタコがとれそうなんだがタコ焼き食べる?』
沈黙。
スバルは天の奥で悶える邪神を眺め、その後チャットの文面を確認した。
しばし考えた後、こう返信した。
『今日はレストランでオズワルドさんと食べるからパス』
返信し終えたところで、邪神側に動きがあった。
「ぬううう、この婚活邪神を空間の壁越しで引きずりこもうとするパワー! 一体、この地になにがいるというのだ!?」
「邪神様!」
「だ、ダメだ! 引きずり込まれる! バルギルド、助けて――――」
直後、混沌の深緑がすべて集約され、タコの足が引っこ抜かれた。
空は見事に青空が広がり、街に伸びた足も消えている。
一瞬すぎる出来事だった為、バルギルドやオズワルドにはなにがおきたのか全く理解できずにいた。
「い、いったい邪神様はどうなさったんだ……?」
「わかりません。お声が聞こえないのです……」
力なく座り込むバルギルド。
そんな彼の横で、スバルは気の毒そうに連絡用スマートフォンを眺めていた。
グループチャットにはカイトが新たにこう記している。
『でかいタコ、捕ったどー!』
しばらくタコ料理は遠慮しておこう。
スバルは心の中でそう呟いた。




