汝、邪なる神の祝福の代価を払え
「どうぞ。ここが僕の部屋です」
通された空間は思ったよりも安っぽい部屋だった。
日本のド田舎でカイトと共同で使っていた自分の部屋の方が、まだ広く感じる。
特に屈強な肉体を持つオズワルドが入ると、自然と狭く感じてしまった。
「狭いですが、我慢してください。僕は此処で活動していますから」
「ここじゃないと邪神様を拝められないってことですか?」
「いいえ。単純に、記録しにくいかなと」
デスクトップのパソコンに電源を入れ、呑気に座り始める。
このバルギルドと名乗る神父(?)は相当やばそうだが、同時に呑気でもあった。
「事前に話しておきますと、僕は邪神様の存在を唯一視認できています。これまで家族に何度か説明し、共に邪神様を呼び出して世界をひっくり返そうと提案してきましたが、先程も見ての通り、猛反対されまして」
そりゃあそうだ。
自分の実の兄が『邪神様』とかいうわけのわからない物体を君臨させると宣言したら、スバルだって付き合いを考える。
寧ろ、暴力的なベルセリオン兄弟が兄とはいえバルギルドを黙認しているのがおかしいのだ。
それだけ強大な能力者なのだと説明を受けたものの、彼自身が話した説明からはあまりそうは思えない。
「さて、それでは記録を開始しましょうか」
物思いに耽っていると、バルギルドが活動開始を宣言した。
「待ってました! それで、なにからすればいいのですか!? やはり私好みの美女を探すとか!?」
オズワルドが鼻息を荒くしながらバルギルドに急接近。
必死すぎるアラフォーの叫びを間近で見てもバルギルドは眉ひとつ動かさず、最初の指示を出した。
「いいえ、オズワルドさん。先程も少し説明しましたが、あなたの信仰力は凄まじい。その結婚願望を邪神様に見せるだけで、あのお方はあなたを祝福しています」
「おお!」
本当かよ。
盛り上がるアラフォーを横に、スバルはジト目でそう思う。
「ゆえに、オズワルドさんが邪神様に行うべき行為はただひとつ。結婚への熱意、そして生贄を邪神様に捧げることです!」
「邪神様っ! 私は、俺は、僕はっ! 結婚する為なら、この身に生えた胸毛をあなたに捧げます!」
「それを捧げたらお怒りを受けると思うのですが!」
「なんだったらここにいる蛍石スバル君も捧げましょう!」
「邪神様、オズワルドさんの胸毛の方が美味しいと思うのでそっちにしましょう!」
蛍石スバル、16歳。
過去最速の変り身の早さであった。
「そもそも、ふたりで来ていただくようホームページに書いたのは生贄を捧げるためです。片方が願いを叶えるのであれば、もう片方は自動的に生贄として捧げられますね。邪神様は人肉が好みなようですので」
「アンタ少しは止めようとしてよ!」
「なぜですか。偉大なる邪神様が君臨されるのですよ。オズワルドさんの願いが強ければ強い程、犠牲は少なくて済みます。君だけが犠牲になると考えれば、とてもヒロイックではないかと思うのですが」
「俺自身の立場を考えろ邪教野郎!」
「仕方がありませんね」
やれやれ困った奴だ、と言わんばかりにバルギルドが立ち上がる。
彼はスバルの元へと歩み寄ると、少年を冷たい目で見下した。
「な、なんでしょう」
今にも押し潰されそうな目力だ。
このまま殺されるのではないかと内心焦る。
が、バルギルドは手をチョキの形にして指をスバルの鼻に突っ込んだ。
「そぉい!」
「あふぉ!?」
唐突な指ツッコミにスバルの身体は瞬間的な宙へと浮いた。
が、すぐさま降ろされる。
バルギルドは指を引っこ抜くと、邪神がいると思われる混沌の虚空へと向かって差し出した。
「邪神様。生贄のハナクソを採取しました。こちらで生贄の味をみてはいかがでしょうか」
「せめてもう少し優しく採取しようとしてくれませんかね!?」
ハナクソでいいのか、と突っ込む余裕は少年にはなかった。
力任せに突っ込まれてヒリヒリする鼻を抑えつつも、スバルは抗議する。
「静かに」
が、それ以上の文句はバルギルドの小さな呟きで閉ざされる。
「邪神様が品定めをなさるようです。貴重な瞬間ですから、よくご覧ください」
スバルとオズワルドが顔を合わせる。
「品定めと言ったが、どういうことだ?」
「普通に考えると、ハナクソを見て生贄に相応しいか決めるってことですかね?」
あまりに汚い発想だが、そうとしか思えないお言葉だった。
だが、予想は現実として彼らの前に出現した。
旧人類である彼らにもわかる、あらゆる色が入り混じったような穴が虚空に出現したのだ。
色の中からタコのような触手が飛びだしたかと思うと、バルギルドの腕を掴む。
「バルギルドさん、危ないですよ!」
即座に逃げるよう促すが、バルギルドは表情を変えることなく触手に身を任せる。
右腕ごと穴の中へと引きずり込まれた。
肩まですっぽりと飲み込まれつつも、バルギルドは眉を動かさない。
「これは僕の仕事ですので。寧ろ、邪神様が望むのであればこの身を捧げても構わないと思っています」
「ええ……」
「それに、恐れることはありません。暖かいですから」
混沌の中から凄まじい音が響き渡る。
べちゃ、びちゃ、と水が弾けるような音だ。
本当に腕を食われちゃいないだろうな、と心配になる。
「邪神様、いかがでしょう! 蛍石スバルは!? 彼のハナクソで、俺は結婚できるでしょうか!?」
尚、アラフォーおっさんはこんな状態でも目先の結婚しか見えていなかった。
こんな大人にはなりたくない。
スバルは心の底からそう思った。
「美味である」
しかし、だ。
どういうわけか蛍石スバルのハナクソは高次元生命体から高い評価を得たようだ。
混沌の中から確かに響いてきた高い声を聞き、スバルは目を見開かせる。
「バルギルド。私はとても寛大である。同時に、我々を見ることができる君を愛してすらいる。ゆえに君たちの言葉で伝えよう。そこな生贄と大男の熱意は、私の言葉を諸君らに届けることができる程度には栄養となる、と」
混沌から触手が触れ出る。
粘液を帯びながら伸びてきたそれは部屋を荒らしつつも、スバルとオズワルドを一瞬で取り囲んだ。
「恐れることはない。私は諸君を愛している。愛しているからこそ諸君らの言葉の理解に努め、愛しているからこそこうして前に出た。なにも不安はいらない」
まるで子供をあやす優しい両親のようにふたりをあやすと、触手はオズワルドの足へと絡みついていく。
「汝が求めし者であるな。言葉にせずともよい。汝の願いの強さは私に届くほど強く響き渡る。次元の壁すら超越し、この婚活邪神を降臨させたのだ。誇るがよい」
「婚活、邪神」
本当にいるんだ、そんなの。
スバルはげんなりとした顔で触手を眺めた。
「邪神様。お言葉ですが、生贄がなければこの地に君臨できないのでは」
「バルギルド。汝の捧げた供物は中々に美味であった。ゆえにこの婚活邪神は君臨できたのだ。そもそもにして、次元の壁を超越するにはこちらと向こう側が互いに求め合うことが最も重要」
ゆえに、願いの力が強いほど邪神は君臨しやすい。
一方で捧げた供物の味が良ければ、それだけ邪神はこちらの世界に来たがる。
両者の利害が一致すれば、そこで高次元生命体は次元の壁を超えてこの世界に君臨するのだ。
まさにウィンウィンの関係って奴である。
「では邪神様、俺の願いを叶えていただけるのですね!?」
「無論。しかしここはいささか狭し。君臨したくとも、ここでは君臨できない」
邪神が君臨する。
その言葉を聞いた瞬間、無表情だったバルギルドの顔が一瞬で輝いた。
「素晴らしいですよオズワルドさん! スバル君を生贄にすることなく邪神様を降臨させるその信仰力! そして婚活願望。あなたこそ邪なる神の化身なのかもしれません!」
「ははははっ、そんなに褒めないでくれよ!」
得意げなオズワルドだが、邪神君臨の為にスバルのハナクソが犠牲になったことを忘れてはならない。
また、一歩間違えれば彼その物が食われていたのも忘れてはならない。
「汝ら、外に出るがいい。そこで見せてやろう。婚活邪神がなぜ婚活邪神と呼ばれるのかを!」
ヤバい予感がするがその一方でどうしても危機感を持てないのはそのネーミングのせいだよな、とスバルは心の底から思った。




