嗚呼、邪神様!
バルギルドは新人類だ。
バトルロイドに検査をさせても新人類と判別されるし、アメリカの研究員の調査でもそれは立証されている。
だが、彼には幼いころから他人とは決定的に違うところがあった。
「僕は昔から世界にないものが見えるんです」
裏口からスバルとオズワルドを案内しつつ、バルギルドは自身のことについて語る。
「ソルドレイクやマーティオは、口は悪いが優秀な新人類です。ですが、彼らは邪神様の素晴らしさを理解できない。それは、邪神様のお言葉を僕だけが聞けるからなのです」
「それは、テレパシーみたいな感じですか?」
スバルが問う。
自分の能力について解説してくれる新人類は始めてだったので、半ば興味本位だった。
「少し違いますね。元々、僕はそこまで大した能力を持つ新人類ではありませんでした。ただ、生き物の魂を感じ取れる程度のつまらない力です」
「なんですか、それ」
「一言で言っても難しいですよね。例えばですが」
バルギルドが振り返る。
彼はスバルを見ると、表情を変えぬまま尋ねた。
「あなたの目に、僕は何色に見えますか?」
「え? あ、と……黒、ですかね。服の色、目立ちますし」
当たり障りのない無難な回答だと自分で思う。
バルギルドも自身が期待した答えを得たからか、納得したように頷いた。
「確かに。普通ならそう答えるでしょう。服の色だけではなく、肌の色やヘアーカラー、バッグの色でそう判断する人間も少なくないです」
ですが、
「僕は、昔から人間そのものを色として見てきました。例えばあなた」
スバルを指差す。
「あなたはきっといい肌の色をしていて、お洒落な服で着飾っているのでしょうね。ですが、僕の目には一面の白で映っている。まるで牛乳のように綺麗で、健康的だ」
「え!?」
「察していただけた通り、僕は人間の外見ではなく、内面を見る。各々が持つ色を見て、その人間がどういう人物なのかを見分けることができるのです!」
もっとも、それだけではない。
バルギルドはアメリカに育成され、人間の内面を見分けるだけの力を恐るべき能力に昇華したのだが、それはここで話すことではない。
問題は邪神様だ。
オズワルドの方はいいとして、半信半疑のスバル少年にはなんとしても邪神の存在を信じてもらわなければならない。
「異変は少し前に置きました。何時ものように外を眺めていると、始めて人間以外の物の色が見えるようになったのです」
それは突然だった。
外から見える、あらゆる色が混じった絵の具のような混沌。
「通常、人間を表す色はただの一色なのが僕のルールです。ですが、その空間は確かにあらゆる色が混じっていました。まるで、僕が理解できないような高次元の生命体なのだと、見せつけるようにして」
そしてそれは正解だった。
混沌はバルギルドを捉え、言ったのだ。
「僕が見えたように、あの方にも僕が見えたのでしょう。お言葉は、しっかりと僕だけに届いていました」
「なんて言ったんです?」
「信者を集めろ、と」
簡単な内容だった。
外に出たい。その為には自信を求める者の魂の叫びが必要だ。
とても単純で、切実な訴えに聞こえた。
「もしかして、それが邪神様?」
「お言葉には気を付けた方がいいですよ、あの方々はすぐここにいるのですから」
「え?」
バルギルドが自身の横を指差した。
なにもない空間を、だ。
「ここにさっき言った混沌があります。今のところは僕にしか見えていないようですが、おふたりが望み、厚い信仰心を捧げればすぐにでも見えるようになるでしょう」
「本当ですか!?」
オズワルドが食らいつく。
彼は邪神様がいるとされている空間の前で頭を下げ、訴えた。
「お願いします! 俺を結婚させてください!」
「素晴らしい行動力ですね。いいですよ、その調子でもっと邪神様に願いと信仰を捧げるのです。そうすれば、きっと邪神様も喜び、あなたの心に導かれて姿を現して頂けるでしょう」
ここでスバルは思う。
バルギルドが言う『邪神』が本当だとして、ソイツは外に出してもいい存在なのか、と。
以前、トラセットと呼ばれる国で出してはいけない生物を外に出してしまい、大変な騒動になったのはよく覚えていた。
ゆえに、スバルはバルギルドにこう問う。
「バルギルドさん」
「はい、なんでしょう?」
「その、邪神様……が外に出たとしたら、どうなるんですか?」
「邪神様が望むままの世になります」
解答はあっけらかんとしながらも、要領を得ない大雑把な物だった。
「邪神様は信仰心の具現化です。例えば、今オズワルドさんが結婚を強く望むのであれば、結婚に携わる邪神様が降誕します」
「結婚に携わる邪神様ってなんでしょうか!?」
邪神、というからには人類には想像もつかない思考を有している超次元生命体なのだと勝手に想像していたスバルだが、一気にしょぼく感じてしまった。
「よく考えてみてください。信仰に連鎖して現世に現れる素晴らしい存在が邪神様ですよ。結婚を望むなら、それに相応しい力を与えて下さるに決まっているじゃないですか」
「実際に目の当たりにしたことは?」
「ないですよ。おふたりが始めての信者ですからね。だから内心楽しみなんですよ」
言ってしまえば、オズワルドは体のいいモルモットだ。
彼の結婚に対する望みが強ければ、それだけ邪神の降臨に目途が立つ。
まったく悪びれた様子もなく口にしたバルギルドを見て、スバルは強い警戒心を抱いた。
「その邪神様を世界に出して、バルギルドさんはどうしたいんですか?」
ゆえに、疑問を口にする。
先程から話を聞いていると、バルギルドが怪しい宗教を始めた理由は『邪神が見たいから』くらいしか見当たらなかった。
まさかと思うが、邪神を君臨させて世を滅茶苦茶にしたいとか、そんな破滅願望を持っているのでは、と強く警戒する。勿論、素直に口に出すことはしないだろうが、反応を見て考えることくらいはスバルにもできる筈だ。
「勿論、世に高次元的存在が降臨するところを見たいからですよ!」
するとその瞬間、バルギルドの表情が輝いた。
喜怒哀楽すべてを捨て去ったようなような無表情は瞬時に生気を取り戻し、スバルに詰め寄る。
「この世界は歪んでいる! 旧人類だ、新人類だと争う以前に、人類がまだハダカで生活していた頃から、大きな意味で変化がない。つまり、闘争でしか人類はぶつかることができない。そんな人類が、我が物顔で動物園を経営し、挙句の果てにはヒエラルキーの頂点だとかわけのわからんことをほざいている」
だが、そんな人類から誰かが叫んでもいいだろう。
「ド低能な我々人類は、そこまで崇高なモンじゃあないだろうが! そんなに誰が偉いのかを決めたいのなら、僕が圧倒的なエビデンスを持って見せつけてやるんですよ。邪神様と言う、超高次元の素晴らしい存在をねぇ!」
驚異的な威圧感。
過去、スバルは刃物で迫られたり、巨大兵器と争ったりと、それなりに修羅場を潜ってきた。
だがこのバルギルドの生気が籠った白熱の主張を聞き、つい腰を抜かしてしまっている。
それだけ本気なのだと伝わった。
「と、いうわけです。ご理解いただけましたか」
「は、はい。とてもよく」
「それはよかった」
再び感情が読めない無表情になると、バルギルドは回れ右。
「もう少し歩きます。この先に私の部屋があるのですが、そこで具体的な活動について説明しましょう」
「今すぐ結婚できないのですか!?」
「ほんの少し我慢してください。まずはオズワルドさんが望む邪神様が降臨するのが先です」
スバルは腰を抜かしながらも思う。
ひょっとしなくても、とてもまずいのではないだろうか。
バルギルドの主張はトラセットでのゴルドーの主張と殆ど同じだ。この理論から呼び出された化物は、本当に自分たちの想像からかけ離れた化物だった。
新生物の悪夢が、静かにスバルへと歩み寄ってくる。
誰かに相談しないと。
マーティオ達でもいい。
カイト達でもいい。
バルギルドの言い草から察するに、まだ邪神の降誕に時間はかかる筈だ。
その間になんとか彼らと相談し、この邪神騒動を収めないと危険な気がする。
「ですがオズワルドさん。あなたはとても運がいい。先の信仰心の厚さが混沌をより強く渦巻かせました。ハッキリ言いますと、素晴らしいです。この調子なら今日中には邪神様が降臨なされるでしょう」
「本当ですか!?」
「マジですか!?」
オズワルドとスバルがまったく同じタイミングで。しかしまったく相反する感情で問う。
「マジです。お喜びください、オズワルドさん。あなたがこれから信者として更なる活動をするのであれば、邪神様は降臨なされるでしょう。そう、結婚の邪神様が!」
紡がれた単語を聞き、スバルは改めて思う。
聞くと途端に新生物よりもしょぼい高次元生物っぽいな、と。




