ベルセリオン家の秘密
問題のレストランは、一見したところ普通のレストランだ。
正面から入ればお客として招き入れられ、対価を支払うことで料理を頂くことができるだろう。
しかし今日、入らなければならないのはあくまで裏口。
「よし、ここだな!」
やたらと気合が入ったオズワルドが店の裏口に立っている。
なぜかタキシード姿だった。
「あの。オズワルドさん」
「なんだ?」
「どうしてそんな恰好をしてるんですか? ここに来るまで、ずっと色んな人に見られて恥ずかしかったんですけど」
「婚活するんだから、正装でいかないと失礼だろう!」
入信するのか婚活をするのか、どっちなんだ。
既に目的と手段が混在しているのか、オズワルドの発言は妙にずれている気がする。
こんな時は冷静に対処してくれる大人がいてほしいのだが、今回はカイトもシデンもエイジもいない。
彼らは全員、同行を拒否した。
『俺は今、忙しいんだ』
『婚活か……へっ、ハートが割れたばかりの俺は大人しくダンボールを修繕するさ』
『ボクはエイちゃんを手伝うからパスで。あ、マリリスに変な影響を与えたら氷漬けにするからね!』
最後の忠告を聞き、唯一の良心だったマリリスには話していない。
頼りになる仲間たちは、今回は頼れなかった。
「さあ、いくぞ! いざ結婚へ!」
オズワルドが裏口へと足を踏み入れた。
扉を開き、用件を口にする。
「すみません、結婚希望者なのですが!」
「オズワルドさん。入信だからね」
そんなことを話していると、裏口の奥からどたどたと慌ただしい足音が聞こえた。
奥から長髪の中性的な人物がやってくる。男か女かはよくわからないが、妙に殺気立っていた。
「おい、今のはテメェか?」
青筋を立て、長髪の人物がオズワルドに掴みかかる。
そのまま殴りかねないような苛立ちっぷりだったが、横にいるスバルを目にして表情を和らげた。
「あん? テメェは確か、あの時の……」
「あ! 確か、怪盗の!」
スバルは長髪の人物を知っている。
名はマーティオ・ベルセリオン。サイボーグとの戦いの際に助けてもらい、そのまま自由の女神まで運んでもらった新人類だ。
「ガキ。まさかテメェ、あのホームページを見てきたのか?」
「見て来たっていうか、連れてこられたっていうか……」
「俺はッ、結婚する為にここに来た!」
オズワルドがぐるぐる目で叫んでいる。
それを見たマーティオはげんなりとした顔をしつつ、オズワルドから離れた。
スバルを手招きし、ひそひそと話しはじめる。
「オイ、なんだあのオッサンは」
「俺の知り合い。なんか婚活に失敗したショックで、宗教に助けを求めてたみたいで……」
「はぁ? 馬鹿なんじゃねーのか?」
「そっちの方は? その宗教を経営してるのって、もしかしてアンタの方?」
「ふざけんな。オレは寧ろ、追い返してる方だ。あんなクソ迷惑な宣伝されて、しかも案外来るやつがいるからマジでメンドくせぇ!」
「え、来る人いるの!?」
スバルにとって一番の驚きはそこだ。
あんな胡散臭い勧誘に引っかかる人間なんているのかと思っていたのだが。
「オメーの連れもそうだろうが。人間なんてのはな。余裕がなくなって追い詰められたらコロッといくもんだよ」
「……説得力ありすぎ」
「結婚したいです、邪神様ー!」
邪神が間近となってテンションが高くなっているオズワルドを見て、溜息が出る。
普段はあんな人じゃないのに。
結婚とは恐ろしい。
「……婚活を成功させる為に邪神なんてのに頼ろうって考え方する野郎だ。然るべきって感じだな」
「それ、本人には言わない方がいいよ」
「言ってやらねぇのはいいが、ガツンと言ってやるのも優しさだぜ」
しかし、知り合いがいたのは幸いだ。
マーティオは問題の宗教についても詳しそうだし、細かく聞いてもいいかもしれない。
「ところで、邪神様を信仰しようってあったけど、あれは誰がやってるの?」
「それは……」
口籠る。
頭に手を当て、とても苦しそうな表情だった。
「……オレの、兄貴」
「お兄さん!?」
まさかの身内だった。
「長男の方だ。次男の方はレストラン経営してて、オレと一緒にクソ兄貴の邪魔をしてる」
「てことは、そのお兄さんが変な宗教を始めたってこと?」
「そーなるな。キッカケは知らんが」
「なんで?」
「オレが知りてぇよ。ある日、唐突に『僕は今日から邪神様を崇める』とか言い出しやがった。その前まではもう少しまともなオツムだったんだがな」
だが、その日からマーティオとソルドレイクの兄は人が変わったように活動を始めたのだという。
ベルセリオン一家はエリックと同じく、スパイとして生きるべく教育を受けてきたエキスパートだ。
マーティオはエリックの代役として動けるように様々な技術を身に着け、ソルドレイクは彼らが身を隠せる環境を用意する為にレストランという場所を用意したのだ。
では長兄はどうだったか。
「あの日からはサイアクだったぜ。邪神サマを降臨させるんだって言って聞きやしねぇ。お陰で資金の工面もオレたちがする羽目になりやがった!」
「……じゃあ、信者は?」
「いるわけねーだろ。確かに訪れる奴はいる。だが、そいつ等は全員送り返してやったぜ。クソ兄貴に見つかる前にな!」
「お兄さんに見つかるとやばかったりするの?」
「やべぇな。あのクソ兄貴は……考え方もそうだが、本当に信じられんほどにやばい。オレらが全員でかかっても勝てないだろうな。これはお前のところのクソ野郎共も含めて言ってるぞ」
言われ、スバルは背筋を震わす。
サイボーグとの戦いは、使える戦力をほぼすべて使った末での勝利だった。
それを使っても、その長兄は黙らせられないというのか。
「調子に乗ったクソ兄貴を止めれる奴はいねぇ。なにを考えてるか知らんが、信者なんか作ってメンドーなことになる前にとっとと送り返してんだよ! オメーも協力しろ」
「でも、この人こんな調子だから……」
「結婚がッ、したーい! 幸せにッ、なりたーい!」
「うるせぇよクソ野郎!」
「おいィ、いつまで騒いでやがるゥ!」
厨房から走ってきたのだろう。
ソルドレイクが息を切らしながら駆けつけてきた。
「こんなに騒いでたらアニキに見つかっちまうだろうがァ! とっとと送り返すか、ぶっ殺せ!」
「物騒な!」
「心配すんな! 味付けしたら誰も人間だと思わねぇ!」
「このレストランやべぇよ!」
「いいからとっとと出ていけェ!」
包丁を持って迫るソルドレイク。
溜息をつき、どこか諦めたような顔でマーティオも医療用メスを取り出した。
「そうだな。テメェはそれなりに気に入ってたんだが……こんなことになっちまって残念だ、クソガキ」
「ちょっとタンマ! オズワルドさん、ヤバい状況だから入信は諦めよう! ね!?」
「結婚! 結婚! 俺も所帯を持つんだ!」
「アンタそんなんでよく大尉になれたね!?」
話しを聞く耳を持たず、眼前に迫る刃物を持った男たちを見てもオズワルドは結婚というキーワードしか見えていない。
このままでは本当にハンバーグの材料にされてしまうのでは、と覚悟したその時。
店の奥から足音が聞こえた。
「やべぇ!」
「アニキだ!」
こつん、こつんと小さな音。
だがその足音を聞いただけでソルドレイクとマーティオは明らかに狼狽していた。
「クソガキ、とっととこいつを連れて帰れ! そうでないとマジで大変なことになる!」
「俺だってそうしたいのは山々だけど、この人さっきから引っ張ってもまったく動かないんだけど!?」
「結婚の為なら、今だけ体重を増やしてもいい!」
そんな今だけ変な力に目覚められても困るのだ。
なにせマーティオ達が本気で刃物を握りしめている。
何時切りかかってきてもおかしくない状態だった。
寧ろ、スバルがマーティオと交流を持っている為、かなり譲歩されているのだろう。
「くそがッ! これ以上は待てねェ! オッサン、悪いが今日の客の胃袋に入ってもらうぜェ」
ソルドレイクが遂に包丁を振るう。
が、その刃先はオズワルドに届く前に弾き飛ばされた。
見れば、ソルドレイクが何時の間にか宙へと吹っ飛ばされている。
「が―――――」
「え!?」
「ちっ」
みえない圧力に吹っ飛ばされ、顔面から血を流しつつ吹っ飛ばされたソルドレイク。
地面に尻餅をついたと同時、裏口から新たな人物が姿を現した。
「そんなに大声で騒がなくてもいい。彼らは僕のお客さんだ」
マーティオやソルドレイク同様、中性的な顔つきの男性だった。
かなり痩せ細っており、着こんだ黒いタイツが一層彼のモヤシ体系を際立たせている。
「申し訳ありません、信者を希望の方ですね?」
喜怒哀楽が読み取れない、無表情な顔でスバルとオズワルドに近づいてくる。
男は倒れたソルドレイクと居心地の悪そうにしているマーティオを一瞥し、頭を下げた。
「弟たちがご迷惑をおかけしました。後でよく言って聞かせますので、ご容赦ください」
「弟ってことは、もしかしてあなたが宗教の?」
「はい。自己紹介しましょうか。僕はバルギルド・ベルセリオンと申します。邪神様を世に降臨させる使徒として活動をしています。皆で幸福を掴む為、頑張りましょう」
握手を求めてくるバルギルド。
応じたのはオズワルドだった。
「オズワルド・リュムです。こちらに来れば私でも結婚できると伺ったのですが」
「そこまで書いてませんでしたよ」
「いいえ、邪神様は幸福を求める方の味方です。なるほど、オズワルドさんは結婚をご希望ですか」
考え込む素振りを見せるが、その間もバルギルドは目を開けたまま表情を変えていない。
以前見たエレノアの人形の方がまだ感情豊かに喋るとさえ思えた。
彼は本当に人間なのだろうか。そんな感想さえ抱けるほど、バルギルドは淡泊だったのだ。
正直、サイボーグよりも危険な匂いがする。
「では、まずは入信と参りたいところですが……いきなり邪神様と言っても半信半疑でしょう」
ところが、スバルの想像に反してバルギルドは丁寧だった。
ソルドレイクとマーティオがムキになってたので、かなりの危険人物なのではないかと予想していたのだが、ただの変わり者なだけなのかもしれない。
「僕の部屋におあがりください。そこで邪神様の力をご覧いただき、そこで改めて入信の手続きについてお話しましょう」
案内されるオズワルドとスバル。
バルギルドに連れられて裏口へと消えていった彼らを見て、マーティオは悔しげに医療用のメスを投げ捨てた。




