閑話 課金兵
ドクトルにとって、ジャスティスはいい協力者だった。
エリーゼやノアが目指す夢と比べ、自分の夢はあまりに現実味がない。
当初、自分たちの夢はすべてが破れるものかと思っていた。
だが、他のふたりは新人類王国という、素晴らしい協力者と素材を入手することができた。
できてしまったのだ。
このアドバンテージは大きい。特に新人類王国の権力者、リバーラ王は興味がある分野に関しては寛大だ。
彼の興味を惹けなければ、夢への道は断たれていただろう。
自分の夢はリバーラの興味を惹けなかった。
だから、他の誰かの興味を惹き、強力してもらわなければならない。
しかし、スポンサーだけではダメなのだ。
エリーゼやノアは、そこで最高の素材を見つけることができた。ドクトルにも、どうしても素材が必要だった。それも小さな子供を育てるわけでもなく、自分でいちから作り上げるのではなく、自分からサイボーグになってくれる素材が。
このハードルは思いの外高い。
ジャスティスの連中は、物好きが集まった奇跡の集団といってもいいだろう。ゆえに、彼らが全滅するうなことがあれば、きっとそれは自分の夢の終わりに他ならない。
だが、それは仕方がないのだ。
エリーゼも、ノアも本気で最強の戦士を作ったのだ。必然的に、誰かの夢は破れる。
だから負けてしまったら、それで終わりだ。
仕方ない。
「――――んなわけないじゃん!」
鋼鉄の巨大カプセルが揺れる。
密閉された蓋を蹴り破り、中から白衣を身に纏う機械の女性が姿を現した。
爛々と光り輝く目に、力が宿っている。
「負けた。ああ、今回は負けた。いやぁ、派手にやってくれたもんだ!」
『前回』のドクトルからフォーマットされた記憶を思い出す。
そうだ。
エリーゼの作品に負けた。それは認める。
でも夢は終わりじゃない。
ドクトルの夢は、他のふたりとは決定的に違うところがある。
「素晴らしい逸材を育てたね、エリーゼ! だけど君の逸材は私が見た。新しい私が引き継いだ!」
ドクトルの夢は最高の装備品を作り、誰もが最強の人間になる光景だ。
たったひとりの強い人間に拘っているふたりと比べると、やり直しが利く。
このドクトルさえ生き続けていれば、永遠にサイボーグは作り続けることができるのだ。
『最初』のドクトルは、協力者が見つからないことによる過労で倒れ、既にこの世にいない。
だがその代わり、この世に忘れ形見を置いてきた。自分の記憶をすべてフォーマットした、自身の分身を。
彼女は行動に移す際、保険を用意していたのだ。
今回も、ツインアルマガニウムが敗れたら自動的に新しいドクトルが稼働するよう、最初からインプットされている。
それだけではない。予備は既に、世界各地にいる。
「うふふふ。前回の私が用意したサイボーグたちは見事に完敗だった。でも、既にドクトルは行動している!」
例えば、日本では大学教授になりすまして活きのいい素材を狙っている。
ロシアでは酒を振り舞いながら探し、アフリカでは動物と共に研究を進めているのだ。
どのドクトルが最初に再戦まで辿り着くかは競争だが、自分たちの基本概念は変わらない。
自分も、次の行動をとらなければ。
「とはいえ、だ」
さっきまで大声で叫んでみたものの、どういうわけかドクトルの周りに広がっているのは暗黒だけだった。
ところどころ、星のような輝きも見える。
ひょっとしてここは宇宙だろうか。
「いや、そんな筈はない。空気はあるし、私のカプセルは確かにジャスティスの高層ビルにあった」
起動する前のことを思い出す。
万が一、サイボーグたちが負けた場合に備えて、前回のドクトルが念入りにチェックしてくれたのだ。自分の生命線だ。手を抜く筈がない。
ゆえに、ここはビル――――あるいはその跡地があるのが正しい筈なのだが。
「そんな」
真上を見る。
真下も。左右も、忙しなく確認した。
「バカな! ここは、どこだ!?」
大地がない。空もなく、ただ星のように輝く『なにか』が存在する暗黒の空間。
ドクトルが目覚めた場所は、彼女の予想を大きく超えた場所だったのだ。
後に、彼女の分身が答えに辿り着くのだが、この場所は『ゴミバコ』と呼ばれている亜空間である。
まだなにがキッカケで発生するかまでは答えが出ていないのだが、一説によれば世界で不要となった物が溜まっている異空間のトンネルではないかと言われている場所だ。
ゆえに、ここはドクトルが知る世界ではない。
ゴミバコの存在も認知していない彼女は、慌て、改めて自身の状況を確認した。
まずは今の日付。
前回のドクトルが殺され、ジャスティスが倒されてからどの程度経っているのだろうか。
「5年!? もう、5年も経っている!?」
内蔵された時間時計が示す時間を見て、ドクトルは狼狽する。
自分が入っていたカプセルを見ると、そこにはなにかにぶつかったような痕跡があった。
恐らく、XXXが大暴れしてビルを壊してしまった際に、アラームにバグが生じたのだろう。
同期を取っている姉妹機とも連絡がつかない。
完全に外界と切り離されている。
「くく、く!」
だが、ドクトルに不安はなかった。
むしろ、唐突に訪れた奇怪な現象を前にしてワクワクしている。
「いいぞ。ここがなんなのかは知らないけど、面白くなってきた! 逆境を乗り越えてこそ、最強の人間は降誕すると相場は決まっているのだからね!」
さて、そうなってくるとまずは素材集めだ。
この暗黒の空間にはいったいどんな素材があり、いかなる最高の装備を作れるか。最初はその準備に取り掛かる。
なぁに、どんな絶望的な状態でも諦めなければなんとかなるものさ。
現にこうやって5年の年月を経て蘇ることができたのだから。
「だれか、いますか?」
「ん?」
喜ぶドクトルの耳に、聞き慣れない声が聞こえる。
か細い声だ。サイボーグでなかったら聞き逃していたかもしれない。
振り返り、姿を確認する。
保存カプセルのすぐ近くに、男がいた。
生気はない。
恰好もボロボロで、全身傷だらけだ。見ていて不憫に思えてくる。一見しただけなら死体と間違えてもおかしくなかった。
「いるともさ」
ドクトルは喜びながら答える。
早速、この見知らぬ世界で第一の人間と出会えた。
既に死に体だが、それはそれ。装備した際に直せば済む話なので、全く問題はない。
「ああ、よかった。みしらぬひと。すみませんが、みちをおしえていただけませんか?」
「道?」
大地のないこの空間で道、ときたか。
そういえばコイツはどうやってカプセルにしがみ付いたのだろう。まさか空でも飛んできたのだろうか。
「悪いけど、私も目覚めたばかりでね。ここがどこなのかも、よくわかっていないんだ」
「そうですか……」
「どこにいきたいんだ?」
「える・までゅらというばしょに」
「聞いたことがないところだね。どんな場所なんだい?」
「おれも、いったことがないんです。でも、いかなきゃいけないんです」
「どうして?」
「かのじょを、おくりとどけなきゃいけないんです」
男の後ろに影が出現する。
どれは徐々に膨張していったかと思うと、やがてひとつの物質を形成した。
「ほう、こいつは……!」
ドクトルは確かな威圧感を思えつつ、物体を見上げた。
ブレイカーだ。
見た事もない、コックピットが破損した機体だった。みたところ、修理しないと使い物にはならないだろう。
「かなりくたびれてるじゃないか。君が運んでるのかな?」
「はこぶ? いいえ、これは、きっとついてきてるんですよ。おれをうらんで、ずっとついてくるんです」
「幽霊かな?」
「だから、とどけなきゃ」
彼が求めているのは贖罪だろうか。
荷物を届けるような口ぶりではない。なにかで自分を縛り上げ、追い詰めているようにも見える。
こういう人間は、とても強い。
使命感があれば逆境さえも吹っ飛ばせることを、ドクトルはよく理解しているつもりだった。
「よし、こうしよう。君の旅に私も強力してあげよう。その代わり、君も私の夢に協力してもらいたいんだが、いいかな?」
「ゆめ?」
「そうさ。夢は良いぞ、人間を豊かにしてくれる。死にたくなるほど苦しい時もあるが、夢があるから人は頑張ろうって気持ちになれるのさ」
「ゆめ、ゆめ……」
男は考え込む。
その表情には相変わらず生気は宿らない。が、僅かに表情を上げて、瞳を見せる。
光はなかった。
代わりに、返答をだす。
「いい、ですよ。おれでよければ、きょうりょくします。おれがいきつくの、ろくでもないところですから」
「あまり自分を卑下するのもどうかと思うが、いい返事をもらえてなによりだ」
幸先が良いスタートだ。
かなり不気味な背後霊がついているが、早速素材を得ることができた。
「まずは君の身体を治そう。名前は、聞いてもいいかな?」
「なまえ、ですか」
問われ、男は呆然とした。
「なまえ、なんだったでしょう。もうずっとよばれてませんから、わすれました」
でも、なんとなく覚えてることがある。
「なんか、びんぼうにんとかよばれてたようなきがします」
「金がないのか、君は?」
出で立ちを見ればそんな感じはするが、それにしたってあんまりな言い方だ。
もう少しお洒落な呼び名をつけてもいいと思う。
「おかね……なんでしょう。なにかに、つかったきがするんです」
「使い込んだのか。ま、こんな背後霊がついてるくらいだからね。余程の借金をしたのかもね」
細かくは思い出せないようだが、どうにも壮大な人生を送っているらしい。
しかも金は大きく使うタイプのようだ。
きっと欲しい物を得るためには惜しみなく使ってしまうのだろう。そういう人間をなんと呼ぶのか、ドクトルは知っていた。
「では、今日から君のことを課金兵と呼ばせてもらおうかな。よろしくね、課金兵君」
手を伸ばす。
握手を求めようとしたのが、彼は見えていないようだ。
なので、無理やり握手をする。
「……あたたかく、ないですね」
「余計なお世話だ」
最初の素材は手に入った。
旅は道連れ、世は情け。
さあ、今度はこの広大な闇の中からどんな装備を作りだそうか。
考えただけで、ドクトルはわくわくした。
5年経った今、自分たちを倒した彼らがどうなっているかなど、まったく頭になかった。




