vs特別なアイテム
助けを求める声を出した途端、腹部に熱が籠るのを感じた。
最初はドクトルがメスを突き刺したのかと思ったが、痛みはない。
目を開けて、下を見た。
自分のお腹が光っている。さながらホタルのように淡い輝きを灯し、点滅していた。
「なんだこれ!?」
「純正アルマガニウムが君のお腹の中で何かしらの反応を示しているんだろう。興味深い!」
ドクトルが目を輝かせながらまじまじと少年のお腹を観察する。
彼女はメスを握りしめたまま、その刃先を腹部へと向けた。
「スバル君。ここはずばっと行こう! 大丈夫、痛いのは最初だけさ!」
「大丈夫そうな要素がなにひとつとして見当たりませんが!」
「私が大丈夫と言ってるんだから安心したまえよ! お腹を切ってアルマガニウムを回収したら、後はそのまま解放してあげるから」
「俺のお腹はどうなるの!?」
「人間の治癒能力は馬鹿にできたもんじゃないよ。痛いのに慣れたらどうってことないさ」
「放置する気だなアンタ!」
「だって目の前で凄い反応示されてるんだよ!? ここで君を優先したら科学者じゃないよ!」
「そんな科学者が称賛されるような世の中なんか滅んじまえ!」
蛍石スバル、16歳。心からの叫びである。
「化学が滅びることはない! なぜなら人の好奇心が発展を煽ぐからね! ゆえに、レッツ解剖!」
ドクトル、年齢不詳。心からの持論を叫びながらメスに力を込めた。
スバルが絶叫するも、ドクトルは手を止めない。
「あれ」
ところが、だ。
普段ならあっさりと皮膚を切り裂く筈のメスが、進まない。なにか堅い物に当たって、進行を防がれている。
メスがあたっている個所から淡い光が漏れ出していく。
直後、光の中から手が飛びだした。
「げっ!?」
「ひっ!」
突然の出来事に戸惑うふたり。
ドクトルは青ざめ、スバルは恐怖で顔が引きつる。
だが、後者の表情は手が表に出てくるたびにどんどんゆるんでいった。
「カイトさん!?」
よく見慣れた凶器が指先から伸びている。
彼の名を呼んだと同時、指先の主は答えた。
「そこにいるな!」
「あ、ああ」
「よし、動くなよ!」
直後、光は穴を構築した。
人がまるごと入れそうな大きな穴だ。
ドクトルは瞬時に危険だと判断したが、穴から飛び出た凶器は一瞬で彼女の眼前へと舞い降りる。
「よっと」
神鷹カイトが君臨した。
スバル少年が呑み込んだ純正アルマガニウムが、少年の願いを叶えたのかはわからない。だが、ホワイトの観測VR世界に取り込まれた筈の男はこうして目の前にいる。
「まさか……」
慌て、視線を横にずらす。
VR世界に繋がれていたカイトの横たわった姿を映しだしていたカメラには、なにも映し出されていなかった。
「ウソ。マジでVR空間から脱出してきたの?」
「VR空間?」
首を傾げるカイトだが、先程の出来事を思い出し、合点がいったように納得した。
「なるほど。俺がさっきまでいたところはそういう名前なんだな。それで、お前が敵か」
「カイトさん! そいつがサイボーグの開発者だ!」
「ほう」
スバルから情報を聞きだし、カイトは腕を振るう。
ドクトルの手に握られていたメスが弾き飛ばされた。
「あの気色悪い集団の生みの親か。どんな趣味の悪い奴かと思えば」
「ふっ。あまりの美女っぷりに惚れたかな?」
「言いたいことはそれだけか」
瞬間。風が舞った。
ドクトルは己が何をされたのか、まったく理解できぬまま壁にめり込んでいた。瓦礫の中で激しい痛覚を認識しながらも、彼女は自分が殴られたことを理解する。
「か、か」
口を開こうとするも、言葉が出ない。
言語機能にエラーが生じていた。
早く起き上がらないと第二打が飛んでくる。その前に体勢を整えないと。
必死に起き上がるが、ドクトルは見る。
カイトは背を向けていた。彼はドクトルを殴り飛ばした後、何事もなかったようにスバルの縄をほどいていた。
「腕は大丈夫か? 足は?」
「大丈夫。前にどこかの誰かさんが変なサバイバルに連れ出してくれたお陰か、身体は大分楽になったよ」
「それは何より」
皮肉を込められているのだが、まったく気にした様子はない。
このふたりはドクトルのことなど、脅威だとも思っていないような振る舞いだった。
彼らの後ろにいるホワイトの脳みそが悔しげに気泡を漏らしている。
「ところで、この脳みそはなんだ? オブジェにしては気味が悪い」
「さっきまでアンタと戦ってた奴の本体だよ」
「なに。コイツがか」
挙句の果てには遂にドクトルの存在を無視して喋り出した。
言語機能は破壊されたが、ドクトルは声を大にして言いたい。
そうだよ、私が作り上げたサイボーグさ。ははっ、君のエリーゼの作品に比べたらエグイだろうけど、それも私の趣味だからね、と。
とても言いたい。
なんだったら叫んでもいい。ビルの屋上から旗を掲げて訴えても良い。
とにかく自分が関わったモノについて語られているのだ。
混じりたい。
とても混じりたい。
そもそも、私を前にして私を無視するな。酷いじゃないか。頑張って色んなサイボーグを用意したんだからさ。
無理やりでもこっちに顔を向けるべきだろう。
「――――!」
上半身を伸ばし、前へと突き出す。獣のように四つん這いになると、ドクトルは駆けだした。
私を見ろ、と声にならない叫びをあげながら。
彼等に無視されるのは、とても辛かった。
旧友であるエリーゼに、あなたは無能だと言われている気がして。
「目を伏せてろ。少し、目に毒だ」
「いや、俺も見るよ。俺が巻き込んだんだから、目に焼き付けておかなきゃ」
「そうか」
彼らは振り返らない。
だが、これから起きることを共有し、納得した上で動き出す。
「!」
神鷹カイトが後ろを向いたまま、左手でドクトルの喉を掴んだ。
息が詰まりそうな握力を感じながらも、彼女は実感する。
エリーゼが作り上げた最強の人間、神鷹カイトの姿を。
彼女はあくまでそのままの人間がスーパーマンになることに拘った。生の人間が、自分やノアの提唱する最強の人間に適う筈がないと内心馬鹿にしていたのはよく覚えている。
だが、その最強の人間がこうしてドクトルを、彼女の作品もろとも蹂躙しようとしているこの状況。
ドクトルはあらゆる感情が心の中で渦巻く中、ある結論に達した。
――――次は君をそのまま倒す逸材探しから始めなきゃ。
この結論は、彼女自身のコンセプトである『誰もが最強になれる装備品造り』から大きくかけ離れたものである。
ドクトル自身も理解している。
悲しいくらい理解している。
だが、理解したからこそ、こうも言えた。
特別なアイテムまで味方するようなズルい奴なんだから、もっと強欲にならないとダメだね。装備品だけじゃなく、人材にも拘らんなきゃ。
さようなら最強の人間。
さようならジャスティス。
さようならエリーゼ。
最強の人間ならば、ここで仕留め損なうことなどありえまい。
しかし『次』はある。
次回ですべての準備を終えて見せよう。
そして神鷹カイト。君はそのうち、きっと思い知らされる。最強の人間という定義における、私の執念を。
今はまだ届かないのは理解した。
だが次こそは必ず届かせよう。
ゆえに、今は勝利を称える。これからも勝利を積み重ねてくれ。
最後には私の次なる最高傑作が君を仕留め、最強の人間の座に君臨する。
もしも君が負け、死んでしまったのならそれでもいい。
その時の最強の人間を叩きのめせばいいのだ。
結局のところ、暴力が単純で手っ取り早く証明できるんだからね。
ドクトルは心でそう叫びながら、ホワイトが設置されている台に叩きつけられた。
視界がブラックアウトし、意識と共に脳の電源が堕ちる。
彼女の成果と共に、ドクトルはすべての機能を停止した。




