vs漂白世界
逃走と敗走は違う。
眼前の敵に勝つ手段がないなら、一度その場から退いて再度戦いを挑むのも立派な戦い方だ。なにもこの場で絶対に決着をつける必要はないのだから。
「……!」
だが、カイトは見る。
眼前の廊下からぬるりと現われるホワイトの姿を。今先程、置いてけぼりにしたばかりの発泡スチロール人間が、当たり前のように待ち構えているではないか。
先回りされたのか。
否、追いかけてくる気配はなかった。少なくとも、足音は聞こえていない。
では、近道を使って回り込まれたのか。
否、例え近道があったとしても、先程戦った限りだとスピードは完全にこちらが上だ。追いつける筈がないのだ。
「私からは逃げられないぞ」
ホワイトが表情を歪ませる。三日月のような笑みを浮かべ、カイトの前に立ちふさがった。
「今から後ろに逃げても同じことだ。絶対に私からは逃げられない」
絶対的な自信に満ちた宣言である。なされるがままに切り裂かれていた筈のサイボーグだが、絶対にカイトを逃がさないという確信が伝わってきた。
だが、カイトは思う。
彼はいかにして自分に勝つつもりなのだろうか、と。
運動能力の差は歴然としていた。ホワイトは他のサイボーグと違い、自分から攻める気配は全くない。ならば、体力がなくなるのが狙いだろうか。
「考えているな」
心の中を見透かされた。
カイトは内心で舌打ちしつつも、認めた。一度、頭を冷やす必要があると自分にい聞かせる。
「ああ。どうすればあの馬鹿のところまで辿り受けるかと凄く考えてる」
「馬鹿?」
「知ってるだろう。お前たちが拉致したガキだ」
「ああ、彼か」
意外そうに首を傾げ、ホワイトは尋ねた。
「君は彼の為にここに来たのか?」
「悪いか」
「純正アルマガニウムではなく?」
「そうだ。あんなもの、おまけだ」
「逆じゃないのか」
「一般的に見るとそうかもしれんが、俺は奴に随分と借りを作ったからな」
ただ、その一方でいらない借りを作ってしまったのが悔やまれる。
例えば目の前の発泡スチロール。
刻んでも刻んでも蘇る脅威のテクノロジー。サイボーグ・ビーストもそうだが、本当に元が人間なのが気になるしぶとさだ。
それに、何時の間にか自分の脚力に追いついているのも気にかかる。パワーアップしたようには見えないのだが、見た目ではわからない変化でもあるのだろうか。
「……」
言葉を区切り、クールダウンした頭で思考。
こちらを眺めているホワイトを睨み、再度駆けだした。
カイトが出した結論は『試してみる』である。
「おお」
ホワイトが感嘆の声を出す。
彼はやはり抵抗もなしに刻み込まれ、身体をバラバラにされてしまう。が、再生は始まっていた。
「全部同じか!」
なにも変化がない。
さっきまで相手をしていたホワイトと、特に差異は見受けられないではないか。
「私は、見る。見る。見る。君の動きを観察して、喜ぶ。嬉しいんだ、それだけで」
顔が繋がり、言葉が紡がれる。
今度は胴体が繋がっていく。
だが、カイトは新たな試みを行う。
「むん!」
「ん?」
手刀をホワイトの真上に向けて放つ。
直後、天井が崩れ落ちた。狭い廊下ではホワイトに逃げ場もなく、足も繋がっていない。彼は逃げる間もなく、落下してくる天井に押し潰された。
「……これなら、どうだ」
瓦礫の下敷きになったホワイトを睨み、カイトは呟く。
這い出てくる気配はない。
数秒ほど様子を見たが、それでも出てくる気配はなかった。
今度こそ倒せたのだろうか。
本当に?
アイツには、まだ自分の想像が及ばない秘密が隠されているのではないのか?
なにかヒントでも見つかればよかったのだが、そんな気配はない。
では、このまま移動してしまおうか。
振り返る。
「やあ」
「げっ!?」
いた。
さっき瓦礫の下敷きになったばかりのホワイトが、五体満足の状態で立っているではないか。
とっさに構え直すと、ホワイトは満足げな笑みを浮かべて歓迎の手招きをする。
「いいぞ。私はもっと君の動きを見たい。さあ、来てくれ。どこからでも!」
反射的に襲いかかろうとしたところを堪え、カイトは改めて背後を振り返る。
間違いなくホワイトは瓦礫の下敷きになった筈だった。だが、彼はカイトの視力を躱して背後に移動している。こんなことがあり得るのだろうか。
――――否。
そもそも、彼は本当に移動したのか。
「どうした。早く来てくれ! 私は何時でもオーケーだ!」
急かすホワイトだが、カイトはあくまで自分のペースで周囲を観察する。
やや考えた後、カイトは回れ右。
「ん?」
ゆっくりと歩きだすと、瓦礫を退けはじめる。
「そこに私の遺体はないぞ。今、私はここにいる。倒すには、私を攻撃しなければ」
「お前を攻撃してどうする」
導き出した結論はこうだ。
ホワイトと戦ってはならない。
確かに眼前に敵がいる以上、戦わなければならないのだろう。
だが、この建物には違和感がある。
「お前には匂いがない」
「なんだって?」
「お前だけじゃない。この建物全部がそうだ。瓦礫でさえも、匂いを感じない」
どこまでが本当なのかはわからない。
だが、この地下室に最初に入った時から匂いをまったく感じなくなってしまった。あの空間だけならまだしも、ここまで暴れてなにも感じないのはおかしい。
「お前はそこにいるように見せかけているだけだ」
「……!」
言われ、ホワイトはたじろぐ。
わかりやすい反応だったが、正解と思っていいだろう。
「……素晴らしい洞察力だ。まさかこの僅かな時間でそこまでイマジネーションを働かせるとは」
「ガキの頃から教育を受けてきたんだ。色んな敵と戦えるよう、常に疑いを持つようにしている」
「いい教育方針だ。だが、それでどうする?」
ホワイトのカラクリを見抜いた。
そこまではいい。
だが、見抜いたところで本質的な問題はなにも解決していないのだ。
「私の本体を探し出して倒すか? それとも、件の少年を助けるために宛てもなく探し続けるか?」
「……その台詞から察するに、俺はここから出れなさそうだな」
「勿論だ。君は私の額縁に収まっている。こうなった以上、永遠に私の鑑賞物になる他ないのだ!」
ホワイトの言葉は自信に満ちている。
この地下空間そのものが、きっと紛い物なのだろう。その出入り口は、きっとあの落とし穴に違いない。
では、そこまで戻るか。
「私には君の考えがわかる。落とし穴からジャンプすれば戻れるのではないかと考えているのだろう?」
「無理だろうな。俺がお前なら、落とし穴の痕跡はここを実在の場所だと錯覚させる為のシンボルとして扱う」
ゆえに、最初の落とし穴の場所も紛い物だ。
そして多分、自分が置かれた状況は想像以上にヤバい。
「お前は脱出手段を用意していない。違うか?」
「当然だ。私としては、君を観察できればいいのだからね。だから大人しく観念して、私と共に永遠に生きよう」
「やだね。俺にだって人生のパートナーを選ぶ権利がある」
誰が好き好んで発砲スチロールの塊のような人間と永住しなければらならないのだろう。
同棲相手としては文句しか出てこない。
しかし困った。
ホワイトを物理的に倒せない上、自分が厄介な場所に閉じ込められてしまった手前、仲間たちに助けを求めることしかできない。
だが、肝心の仲間たちとは逸れてしまった身だ。この紛い物の世界で電話が通じるとも思えない。
誰かが見つけてくれるのを大人しく待つしかないのだろうか。
『助けて――――!』
「!」
「なんだ!?」
カイトとホワイトの間に淡い輝きが灯り始める。
蝋燭の火のような小さな明かりだ。だが、ぼんやりと輝くそこから確かに聞き覚えのある声がする。
「スバル!」
同居人の少年だ。
拉致され、連れて行かれた少年の声が聞こえる。
「なんだこれは!? ドクトル、なにがあったのですか!」
突然の出来事にホワイトも困惑している。
この様子から察するに、この現象は彼にとっても想定外の出来事のようだ。
ならば、少年の声に賭ける。
彼は助けてくれと言った。ならばそこに駆けつけるのは自分の役目だ。どんなに小さな可能性でも、求めに応じないわけにはいかない。
彼は自分の無言の助けに応じてくれた。
迷う必要なんか、どこにもない。
「待たせたな。今から行くぞ!」
明かり目掛けて、右腕を突き出した。
肘から先が切り離され、光の中にカイトの右腕が放り込まれる。




