姿なき悪の一番星
ミラージュタイプのブレイカーは装甲が薄い。ゆえに、遠くからの狙撃は十分注意しなければならないのだ。
「……いいか、スバル。これからは足で操縦するな。どんな時でも絶対に、だ」
「反省しています」
地面に激突した獄翼は、電磁ライフルの衝撃で肩を破損していた。幸いにも致命傷には至っていない。
「これって運よく外れてくれたって感じ?」
「もしくは、どこかで軍の演習でもやってて、流れ弾が飛んできたとか?」
エイジとシデンが襲撃者の正体を予想し始めた。
頭から荷物の山に突き刺さった状態で。
「いや、センサーでギリギリまで追ってみたが、敵影は見当たらなかった」
同じく荷物の山の中に首を突っ込んだ状態でカイトが冷静に呟いた。後部座席は全滅だった。
「それってつまり、事故なんやないの?」
「ありえん。シデンやエイジがいうように、流れ弾が飛んできたのだとしてもブレイカーの反応は絶対に見える筈だ」
ステルスオーラを展開している最中、ブレイカーの機能は制限される。
その状態であっても、ブレイカーのセンサーは熱源反応は逃さない。
「一般的にブレイカーは攻撃する際、ステルスオーラを解かなければならない」
「うん」
スバルは力強く頷く。
この辺の話は彼の方が得意分野だ。ブレイカーは武器にエネルギーを流し込む形で攻撃を行う。その為、ステルスオーラにエネルギーを回していると武器は扱えないのだ。
「ステルスオーラを解けば、センサーが必ず見つける」
だが、センサーが感知したのはあくまで電子ライフルの弾丸のみ。
それを撃ってきた敵の姿など、影も形もない。そもそも、ブレイカーの反応がない場所を選んで飛行しているのだから遭遇する筈がないのだ。
「でも、現に撃たれてる」
「そうだ。スバルが足で操縦しているせいで」
「反省してるからぶり返さないでくれない?」
「でもよ。こっちの姿が見えないんだったら、狙いようは無くないか」
結局、エイジの疑問に落ち着くのだ。
獄翼は完璧にステルスオーラに隠れて飛行していた。問題は誰が、どうやって、いかなる目的で撃ってきたかである。
「相手の手段はこちらからは判断できん。だが、こちらのステルスオーラが剥がれてしまった以上、敵は必ず動いてくる筈だ」
「新人類王国かな?」
「わからん。スバル、ブレイカーの情報を一番持っているのはお前だ。ステルスオーラを展開しながら攻撃できる機体は存在するのか?」
「俺も知らない。というか、そんな機体があったらブレイカーズ・オンラインは廃業だよ」
相手はこちらのセンサーに引っかからない、ステルス性に秀た機体であることは間違いない。
だからこそ、こちらから攻撃できないのは痛手だった。獄翼は速度重視のブレイカーである。自分から攻撃できない状態では、嫌でも受身になるしかない。同時に、直撃を受けたらそこで破壊されてしまう。
「カイトさん、仕掛けてくる前に修復したいんだけど」
「少し待て。首が抜けん」
「ねぇ、後ろは今どうなってるの?」
辛うじてスバルはシートベルトに守られて無事だったのだが、後ろの方はスバルの想像を超えた地獄絵図がえきあがっているようだった。後ろを振り返って確認したい気持ちもあるが、相手がステルスなので画面から目が離せない。頼みの綱の超人トリオが復活するまで、自分の目で獄翼を守るしかないのだ。
「ん?」
「どした」
そんな時だ。不意に、正面モニターに異変が起きる。誰かがこちらに通信を投げかけているのだ。
「コールされてる」
「周囲に敵影はあるか?」
「ブレイカーの反応はなし。熱源反応も、ない」
「どこからコールされてるかわかるか?」
「わからないよ! 知らない番号だし、近くにはそれらしい物もないんだから!」
「スバル君、知らない番号は出ちゃダメだよ。最近は詐欺も多いからね」
シデンが変なアドバイスを送ってきた。
流石にこの状況下で墜落した獄翼に詐欺を仕掛けてくるような奴がいるとは思えないのだが、知らないコールに出るのも気が引ける。
「こちらを襲撃した奴かもしれん。目的がはっきりせん以上、少しでも情報が必要だ」
「それはわかるけどさ。なんか嫌な予感が……」
「仕方ねぇな」
後方から荷物が落ちる音が聞こえた。
後部座席からいち早く抜け出したエイジが身を乗り出すと、正面モニターのコールサインに指をつきつける。
「はい、こちら獄翼。どちらさん?」
『ようやく出やがったか! 俺様を待たせるとは大した連中だぜ』
「わりぃ、ホントに誰?」
エイジとスバルは目を細める。
コールを仕掛けてきた相手は、彼らが知っている声ではなかった。同時に、自らの所属も言おうとしない。
先ずはこいつが何者かを確かめるべきだろう。エイジはそう判断すると、声の主に問いかける。
「俺たちを撃ったのはお前か?」
『おうともよ。あんなのにあたるとは思わなかったが、無事なようでなによりだ』
「撃っといてなに言いやがる。テメェ、なにモンだ」
『俺の名前は団長! 世界征服を予約した悪の一番星さ』
本当になにモンだコイツは。
同じ感想を抱いたエイジとスバルが顔を見合わせる。
「知ってる?」
「知らない」
「カイトとシデンは?」
「俺が知るわけないだろ」
「テレビの見過ぎで頭がイカれた可哀想な人なんじゃない?」
『馬鹿野郎! 失礼なことを言うんじゃねぇ! 世界征服は男のロマンだろうが!』
再度、エイジとスバルは顔を見合わせた。
今度は後部座席の荷物の山から脱出したカイトも合流し、揃って首を傾げる始末である。
「世界征服に憧れたことってある?」
「いや、ねぇな」
「半分くらい俺たちが世界征服してたようなものだからな」
XXXとして新人類王国の先陣を切ってきた経験がある為か、カイトとエイジは難しそうな顔をしていた。尚、男のロマンについてはシデンに尋ねようとはしない。最後に荷物の山から脱出した青髪メイドは『ねぇねぇなんの話? 混ぜて!』と嬉しそうに近づいてきたが、三人の男たちは揃って微妙な顔を晒すだけだった。
『おい、喋っていいか』
「あ、すみません。続けてどうぞ」
『おほん! てめぇらのブレイカーは俺たちが完全に包囲しているぜ。大人しくそのブレイカーを俺たちによこすんだな!』
言われ、カイトは後部座席からセンサーを確認する。
墜落の衝撃で壊れていないことを確認すると、彼は改めて周囲の状況を確認した。先程スバルが確認した状況と一切変化がない。
「……」
鋭い目つきになって考える。
しばし彼は沈黙を保つと、彼はエイジを引っ込ませて自分が前に出た。
「少し確認したいことがある」
『あん?』
「貴様の目的はブレイカーか」
『当たり前だろうが』
「俺たちはどうする気だ」
『てめぇらなんぞ知るかよ! 俺たちが求めてるのは金のなる実って奴だ。要するに、ブレイカーだけに用がるんだよ。なんならコックピットをぶっ壊して外装だけ持ち帰ってもいいんだぜ!』
言われ、スバルは反射的に呟く。
「新人類王国の追手じゃないんだ」
「いや、決めつけるのは早い。こちらを油断させる作戦かもしれん」
「だが、どうする。連中、攻撃を仕掛けるつもりだぞ」
「センサーには反応がない。こっちからは視認できないが、向こうからは確認できるのは事実だろう。無論、攻撃できるのも実証されている」
だが、その攻撃方法はいまだにわからない。
まだ修復が済んでいない獄翼を更なる危険に晒すのはなるべく避けたいところだ。いかにカイトを取り込めば修復可能とはいえ、彼の再生能力にも限界がある。つい最近、アキハバラで実証されたばかりだ。
「……スバル」
「なに?」
ややあった沈黙の後、カイトはスバルへと問う。
「敵の攻撃が直接見れれば、正体がわかるか?」
「見て見ない分にはなんとも……」
「わかった。なら見極めはお前に任せる」
「え?」
勝手に話を進められ、戸惑うスバル。
そんなスバルを余所に、カイトは後部座席の奥へと引っ込んでいった。
「ちょっとカイトさん!」
「おい、カイト。どうする気だ」
「敵をできるだけ挑発する。こちらから出れば、少しは油断するだろう。腕がない奴が出たら尚更だ」
「でも、向こうは遠距離から狙撃してきたじゃん」
「俺ならブレイカーの銃弾くらい切れる」
真顔で言ってのけた。
しばし考えるスバルたち。先日の必殺、カイト弾でブレイカーを体当たりで撃墜させた実績があるから冗談では笑えない。
しかもスバルに至っては後輩戦士のナイフを素手で叩き斬っているのを目撃している。
「プランはこうだ。俺たち三人がコックピットから出て敵を挑発し、攻撃を誘発させる。スバルはその攻撃をよく観察し、敵の正体を突き止める」
「簡単にいうけど、挑発って具体的にどうする気だ? 向こうはブレイカーしか目もくれてねぇぞ」
「世界征服をたくらんでいるんだろう。だったら挑発する手段は簡単だ」
後部座席の奥から仮想に使うマスクを取り出し、カイトはほくそ笑んだ。
「正義の味方になればいい」