vsまっしろホワイト
落とし穴に吸い込まれたカイトはいまだに床に着地できずにいた。
単純に、まだ床が見えてこないのだ。上からはエイジと先程のZの化身が戦っているのか、激しい轟音が聞こえている。
だが、自分の方はまだ落下中。
このまま激突死を狙っているのかと疑いたくなってきた。
「……」
周囲を見やる。
ザンマと名乗るサイボーグが現われた部屋と同じ、一面白の落とし穴だ。さっきからずっと白ばかり視界に入れているので、いい加減目が痛くなってくる。
思い切って爪を伸ばし、壁に突き刺して緊急停止を試みようかと考えた時だった。
「む」
真下が赤く光った。
一瞬の輝きだ。
落下していく身体がそれを浴びたかと思うと、カイトの視界が僅かにフェードアウトする。
「う!」
目をくらませまいと手で覆う。
そして視界の痛みがなくなっていくのを感じた後、カイトは周辺を改めて確認した。
いつの間にか、床の上に立っている。上を見ると、自分が落下してきたと思われる大穴が空いていた。
だが、カイトは思う。
こんな巨大な地下空間がなぜ必要だったのか、と。
自分が蹴り破った高層ビルと同じくらいの高さから落ちたのではないかと錯覚する高さだった。恐らく、同等の高さがあると考えていいだろう。
ジャスティスの発言から勝手に避難用のシェルターかと思っていたのだが、もしかするとこの地下空間にはなにか巨大な代物が置いているのではないだろうか。
それこそ、新人類王国を目の仇にしているテロ組織なりの『切り札』が。
「ようこそ、神鷹カイト」
「ぬ」
無言で考え事をしていると、正面から声をかけられた。
白い空間によく似合う、これまた白い人影だった。比喩ではない。真っ白な、薄っぺらい紙のような人型のなにかがウネウネと動きながら自分に語りかけてきていた。
「私はホワイト。サイボーグ・ホワイトという」
「まさかと思うが、白いからか?」
「そうだ」
単純なネーミングセンスだった。
自分の山田ゴンザレスを内心で誇らしく思いつつも、カイトは尋ねる。
「さっきの奴が言っていたな。俺に個人的な用事があるそうじゃないか」
「用事、というかな。私個人の我儘だ」
ホワイトは華奢な体を立たせ、芯のある声で発言する。
「私は以前、君に殺されたことがある」
「なぬ」
「正確にいえば、殺されかけた、が正しい。だが戦場で私は君に敗北した。医師にも言われたよ。なんで生きているのか不思議だってね」
「それで俺に復讐するためにこんなことをしてると?」
「まさか」
復讐なんて考えていない。
そもそも、この組織に所属したのも個人の興味が理由だ。他のサイボーグのように、打倒新人類だなんて叫ぶつもりはない。
「私は君を感じたい」
「は?」
本日、かなりの数の変態と出会ったと記憶しているカイトだが、ここにきてトップクラスの危険人物と出会った予感がした。
心なしか、エレノアやイルマと同じような視線を受けている気さえする。
「君は忘れてるだろうが、私は忘れていない。アレは確かロシアの国境線。新人類王国が君たち少年兵を送りだし、我々がそれを迎撃した」
その戦いならカイトも覚えている。
まだXXXにも大勢の子供がいた頃だ。お互いに多くの血が流れた戦いだったと記憶している。
「結果は我が国が勝利した。だが、それはあくまで団体で見た場合の話」
「なにが言いたい」
「私はひとりの兵士としてあの戦いに参加していた。その立場から言わせてもらう。君はその中でも圧倒的に輝いていた。戦場をスポーツで例えるのはナンセンスだが、MVPなんてものがあったら間違いなく君に与えられていていい筈なのだ」
「俺は勲章に興味がない」
当時のカイトは勲章に興味などなかった。あくまでXXXがあげた戦果だけがすべてである。
それだけが自分と、大切な物を繋ぎとめるものだったから。
だが、あの戦いは結果でいえばこちらの敗戦で終わってしまった。多くの少年兵は死に倒れ、新人類王国とロシアの小競り合いは今でも続いている。新人類王国と、旧人類連合という陰に隠れながら。
「そうだろうな。後から知ったが、君は最強の人間に憧れていると聞いた」
言われ、カイトの表情から感情が消える。
「誰に聞いた」
「当時を知る者から」
ドクトルとエリーゼの細かい関係などホワイトは知らない。
精々、学生時代に知り合った共通の研究テーマの持ち主で、カイトがその成果物のひとりだと聞いたくらいだ。だから結果論だけ話す。
「少年兵だった君に殺された後、私は考えた」
「どうすれば勝てるかを?」
「そんな単純な話じゃない。どうすれば君をもっと鑑賞できるのかを、だ」
「写真でも撮影して飾ればいい」
「そんなものじゃ満足できない!」
ホワイトが声を荒げた。
実際に動く神鷹カイトという『怪物』を目の当たりにすれば、きっと誰もが思う事だ。人間の常識から逸したその運動能力を、もっと眺めてみたい、と。
スポーツで活躍する選手の動きを映像に収めて、なんども巻き戻してみるのと同じだ。
だが、彼の動きは捉えきれない。
だったらどうする。
「私が撮影して、体感して、興奮するしかないじゃあないか!」
「……」
ないじゃあないか、と言われても。
そんなことを言われても困るのだ。
どうリアクションを取ればいいのかわからない。
以前から同居人の少年に『カイトさんってモテるけど変なのばっかだよね』と言われているし、チームメイトからも『お前って変態を呼び寄せる才能でもあるのか』と指摘されている。
これ以上、不名誉な扱いを受けるのは御免こうむる。
ならばどうするか。
この変態サイボーグの存在がばれる前に、殺すしかない。彼の望むように、動いて潰す。実に単純でわかりやすい。
ゆえに、カイトは早速行動に移った。
直立不動のまま、右手だけが高速に動いてホワイトの首筋を一閃した。
「おお!」
直後、ホワイトの首がとれた。
真っ白な軟体の胴体はとれた首をキャッチする。
「いいぞ、それだ! だがまだだろう! あの時のように、もっとゴミ虫を踏む潰す感じで来ないといけない! 君にはそれだけの実力があるじゃあないか! もったいぶるなよ!」
なんで生首からこんな要求をされなきゃいけないのだ。
しかもさも当然のように首を切断されて生きている。サイボーグというのは生命力が飛び抜けた存在なのだろうか。
「なら、望みどおりにしてやる」
手刀の居合切りでは致命打にならない。
それなら微塵切りだ。過去に出会ったとほざいたが、その時に見切れなかった速度で、また切り刻んでやる。
どん、と音が鳴り響いた。
カイトが床を思い切り蹴りこんだ音だ。
ホワイトはそれを認識すると、笑みを浮かべる。
「これだ。そうだ、これだ! 人間の時には完璧に見えなかったこの速度!」
サイボーグとなった今なら視覚できる。
認識できる。この素晴らしい躍動感を目の当たりにし、心が弾んだ。
やはり自分は間違っていなかった。
彼の運動能力。
いや、彼が磨いた超人としての力は素晴らしい芸術作品だ。
堪能できる肉体を得た今ならば、あの時以上の素晴らしい体験ができる筈だ。
「来てみてくれよ!」
「そうするか」
短いやり取りだった。
小さな呟きがホワイトの耳元で鳴ったかと思うと、生首を支えている五体が一瞬でバラバラになってしまった。
ホワイトの背後に回り込んだカイトは、その無残な姿を見て睨みつける。
「……望み通り、バラバラにしてやったぞ。これで満足か?」
とんでもないマゾもいたもんだ。
折角生きていられたのに、わざわざ切り刻まれたいがためにサイボーグ化して戻ってくるなんて。こっちは一度戦った相手を追いかけるつもりなんて、少しもないというのに。
「ああ、すまない。こんな身体では、まだまだ君の全開を出しきれないよな」
「む」
バラバラになった顔面。その唇が動いて言葉を紡いでいる。
直後、ホワイトの肉体が繋がり始めた。切断面からは糸のような小さな繊維が伸びて、バラバラになった肉体を繋げていく。
そして筋肉を形成し、軟体だったホワイトに『筋肉』という新たな鎧を与えた。
身体をくっ付け、膨張して戻ってきたホワイトみて、カイトは唖然とした表情をするだけである。
「私の身体は過去の戦いに気味に無残に刻まれた。そこで学んだのだ。元の身体は、もう不要だと。他のサイボーグとも話し合い、その結論に至った」
「……死なないアピールで俺の対抗意識を燃やさせるつもりなのか?」
「いや」
ホワイトが首を横に振る。
「そんなつもりはないさ。私の目的は本当に君を観察することだけなんだ。だから君は遠慮なく、私を殺しに来てほしい」
ただし、
「私はその度に再生する。より強い肉体と、君を見るに相応しい身体を記録して、復元されるのだ」
「……木端微塵になってもか」
「できるのなら、是非」
「いいだろう!」
カイトが走る。
膨らんだ白い筋肉に自慢の爪を突き刺した。
明らかに先程と比べて防御力が上がっていることに気付きつつも、カイトは力任せにホワイトの腕を切断する。
白い腕が再度つながるのは、カイトが二度目の一撃をくりだすよりも速かった。




