vs人間辞表
人を辞める。
文字にすると簡単だが、そこに至るまでには様々な障害があった。
まず第一に、自分の存在そのものを消去しなければならない。
過去の記録。名前。戸籍。友人や家族との縁。それらのすべてを消す覚悟ができて、始めてサイボーグへの道が開かれる。
これが第一の関門だ。
サイボーグ化に選抜された者の多くが、ここで振い落される。当然だが、断った者は口を封じられた。まだまだドクトルのサイボーグ技術は世界には公開されていないし、なにより非人道的だと訴えられてきたものなのだから。
だが、そんな非人道的な秘術でも裏では必要とされている。
あの芸術品のような完成度を誇る少年ともう一度会いたいと願う、私のように。
私は迷うことなく志願した。
そして同様に志願した他の者に、興味本位で聞いてみた。
なぜ、君はサイボーグになることを志願したのか、と。
人間にはそれぞれドラマがある。
当然、各々のドラマに沿った回答が帰ってきた。
お前にそれを教えてもどうしようもない、だとか。
どこにも帰る場所がない、だとか。
ジャスティスのように強い新人類への嫌悪を示す者もいた。
変わり種では忍者になる為だと宣言した者もいる。
「ウホホ! ウホホーイ!」
彼はなんていったのかまったくわからなかった。
しかし、私が覚えている中でもっとも衝撃的な理由を述べた者は別にいる。
後に『ビースト』と名付けられたサイボーグは、手術の前に私に理由を教えてくれた。
「僕の場合はね。人間を辞めたいからだよ」
誠実そうな男性だった。
眼鏡がよく似合う、働く男性の印象を強く私に残してくれた彼はこう語る。
「別に人間が嫌いってわけじゃないんだ。でも、ほら。人間だと不便だろう」
なにが、と問う。
「動物と愛し合うのがさ」
今にして思えば、彼の脳はサイボーグ化するより前に壊れていたのかもしれない。
あるいは私たちに達することができない領域に足を踏み入れていたのだろうか。
いずれにせよ、彼にしかわからない愛の形がそこにはあった。
彼は語り始めると、アドレナリンが沸騰したかのように興奮しはじめた。
「僕は、ぼくぁね、兵隊さん! 動物が大好きなんだ。人間も含めて、ありとあらゆる生物が大好きなんだ! 哺乳類、鳥類、魚類、爬虫類、両生類に昆虫、微生物や宇宙人だって! ああ、この地球の上で生まれたことに感謝してもし足りない!」
床に這い蹲り、鋼鉄の地面に口づけする。
私はこの時、あの少年とは別の恐怖を彼から感じていた。
「しかし残念なことに、生物は同じ種類としか愛し合えない。僕が人間の雄である限り、人間の雌としか愛し合えない」
こんなにも愛しているのに。
こんなにも敬意を示しているのに。
こんなにも求めているのに。
心から溢れ出る生物へのラヴが止まらない。
ではどうする。
人間を辞めるしかないじゃあないか。
「ぼくぁ、すべての生物と繋がるよ。その為にサイボーグになる」
しかし、だ。
サイボーグになったとしても、彼の望みが達せられるとは思えない。
「兵隊さん。僕がこれから受けるサイボーグ化を、普通の物を勘違いしてないかな」
彼は興奮を抑えられぬ様子で呟く。
「先にサイボーグになった……ライトニングさんとか、アクシデントさんとか。そういう彼らのような、機械を身体に取り付けるだけのサイボーグ化じゃないんだ。僕が受けるのは」
では、あなたは何になるというのか。
「兵隊さん。ナノマシンを聞いたことは?」
勿論ある。文字通り、ナノサイズの機械だ。
身体の中に注入し、血液に混じらせて治療を行うのが主な使用用途だと聞いたこともある。
「ぼくぁ、そのナノマシンを身体に取り入れる。機械を直接取り付ける真似はしない。ナノマシンで肉体そのものを作り変えるのさ」
そんなことが可能なのか。
確かに、なにかのテレビ番組で人間の細胞は一定の期間ですべて別物になっていると聞いたことがある。
「でもね、兵隊さん。考えてみてほしいんだけど、僕が人間の身体を捨ててすべての生命を愛する為には、こうでもしないと無理なんだ」
ゆえに身体の全てを作り変えるナノマシンを身体に注入する。
ドクトルが開発したナノマシンは、時間を要する間もなく一瞬で肉体を適切に作り変えてしまうらしい。
可能なのか否かではない。
そうしないと彼の望みは叶えられないのだから、彼はナノマシンを取り込むのだ。
「あ、時間だ。それじゃあ兵隊さん。ぼくぁ、これから生まれ変わってくるよ。多分、とてもすっきりした気持ちで帰ってくると思うんだけど、成功したら君も僕に愛されてみないか?」
私はその提案をとても丁寧にお断りした。
ビーストと呼ばれた男の皮膚がうねりだす。
身体がネジのように曲がったかと思うと、人間の姿をしていた筈のソイツは瞬時に狼の姿へと変貌を遂げた。
「なぬ」
別のサイボーグと戦い、観察したカイトも驚愕する。
ビーストが行ったのは紛れもなく『変身』だった。
「あいつ、新人類か?」
「どっちでもいい。速攻で仕留めるぞ」
仮にイルマのような変身能力者であっても、関係ない。
エイジとふたりでビーストを倒し、さっさとジャスティスを追いかける。
今はそれだけしか頭にない。
「いくぞ」
カイトが姿勢を屈め、走り出す。
瞬時に暴風が舞い上がり、大地には彼の蹴りあげたコンクリートの欠片が舞い散った。
「んふ! 君は、新人類だね。雄かい!?」
「そうだといったら?」
「愛してもいいだろうか!?」
「全力でお断りする」
真顔で言ってのけた後、カイトとビーストの影は交差した。
狼になったビーストは爪を伸ばし、カイトへと襲いかかる。
が、その攻撃は空振りに終わった。
「え?」
ビーストの視界からカイトの姿が消える。
更なる加速でビーストの背後へと回り込んだのが見えたのは、その様子を見ていたエイジだけだった。
「相変わらずチェンジ・オブ・ペースが上手いな」
一瞬で最大速度の加速とそうでない加速で切り替える。
これも長年の訓練が生んだ賜物か。どちらにしたってこういうことができるから、コイツが味方でよかったと思える。
後は同じく長年の訓練で生んだこちらの賜物で仕留めるだけだ。
「打席、準備良し」
エイジが言う。
彼がスコップを掲げてバットを振るような構えを取っているのを見ると、カイトは全力でビーストの尻に蹴りをぶち込んだ。
「おうふ!」
かつて感じたことがない衝撃がビーストの尻に放たれる。
吹っ飛ばされ、ビーストはそのままエイジが佇む方角へ。
「君も雄かな!?」
「愛はいらねぇぞ!」
事前に宣言し、エイジはスコップをフルスイング。
刃先が顔面に直撃したかと思うと、ビーストは夜空に向かって吹っ飛ばされた。
確かな手ごたえを感じ、エイジはぼやく。
「あれは顔面の修復に時間がかかるとみた」
「よし」
ジャスティスが妙に自信ありげに托していたので、手強いサイボーグなのかと思えば案外楽に勝てた。
理想的な連携だからか。それとも相手が不調だったのか。
よくわからないが、相手がお星さまになったのであれば丁度いい。
「さっさとスバルを追うぞ」
「よっしゃ!」
ふたりで背を向け、ジャスティスが去った方向へと走り出す。
そんな時だった。
「この地上で生まれたありとあらゆる生き物へのラヴ!」
背後から寒気がする声が響き渡る。
猛烈に嫌な予感を感じながらも、カイト達は足を止めない。振り返らない。見てしまったらなにか大事な物を失う予感がしたから。
「そのラヴを、ぼくぁこの身体をもって証明する! すべての生き物と愛することができる肉体で、君たちを愛することで!」
心なしか声がどんどん近づいてきている気さえした。
「おいカイト。あいつが言ってるのはどういう意味だと思う?」
「わからん。ただ、あいつを倒さないと俺たちはとても大変な目に合うと思う」
恐る恐る、ふたりで後ろを見てみた。
猛スピードでこちらに突進してくる巨大な鳥がいた。クチバシが開くと、そこからなぜかビーストの顔が浮かび上がってくる。完全にホラー映像だった。
「ああ、見ている! 僕のラヴを受け止めなかった君たちが、僕を見ている! それはつまり、愛しても良いってことなんだよねぇ!」
いかん、想像を遥かに超えた化物だ。
主に思考回路が。
「あいつ新生物じゃないよな!?」
「あれと一緒にされたらマリリスがかわいそうだ」
本人がいたらどんな顔をするだろう。
泣きわめくマリリスの顔を夜空に思い浮かべつつ、カイトはいかにしてビーストを破壊するか考える。
「顔面は確かにぶっ壊した筈だぞ」
「一瞬で回復してるのか。しかも身体を作り変えることができる」
まさしく新生物並みの適応力だ。
科学の力って凄い。
「だが、あいつにずっと足止めをされたら堪らんな」
既にジャスティスはスバルを連れてここから去っている。
早いところ追いかけないと不味いのだが、ビーストを破壊する術が現状、思い浮かばない。
身体能力や破壊力はこちらが上だろう。しかしそれを圧倒する回復能力。そして変身能力を持っているとなると、ふたりがかりでも時間がかかりそうだ。
「んんん!」
背後からの風が強くなる。
同時に、あまり考えたくはないが暑苦しい熱気のような物を感じた。
恐る恐る振り返る。
ビーストが瞼を閉じ、なぜか唇を突き出しながら接近してきた。
「エイジ、お前のファーストキスはいつだ?」
「そんな話題をどうして今だした!?」
「まだなら、ここで済まさせてもいいかなって」
「お前はどうなんだ馬鹿野郎!」
「……できれば思い出したくない」
「この野郎テメェ」
言い争い続けるふたりだが、ビーストはお構いなしに突っ込んでくる。
いかん、始めてが奪われる。
そんな悍ましい予感を感じた、その時だった。
「ん!?」
ビーストが上空を見上げた。
彼はこちらに接近してくる黒い影を見ると、大きく目を見開く。
「おお! おお! なんだあの生物は!」
釣られ、カイトとエイジも上空を見上げる。
こちらに近づいてくる黒い影があった。背中からコウモリを思わせる翼が生えた、仮面をつけた人影だ。
「始めてみる生き物だ! ぼくぁ、そういう発見が大好きさ!」
ビーストが翼を広げ、接近してくる影――――怪盗イオことマーティオ目掛けて飛翔した。
カイトとエイジは変態から解放されたことに安堵すると、マーティオに向けて静かに祈りを送る。
「アイツ、ファーストキスって済ませてると思うか?」
「顔はいいけど、性格悪そうだしないんじゃないかな」
「そうか。残念な犠牲だ」
だが、その犠牲のお陰でひとりの少年が助かるのなら、きっとあの根暗も許してくれるだろう。
ふたりはお互いに頷きあうと、その場を走り去る。
心なしか、逃げるようにして。




