vs月からの贈り物
ニューヨークの街をブレイカーが駆けていく。機械の大型犬は道路を走りながらも、目的地目掛けてまっすぐ向かっていた。
「おい怪盗。貴様の鼻は本当にあてになるのだろうな!」
「俺の鼻はこの時の為に鍛え上げてきた! どんなお宝の匂いでも絶対に逃がしはしないぜ!」
狭いコックピットでネルソンとエリックが頭をぶつけながら言い争う。
そもそも、ポイントサーチは二人乗りのブレイカーだ。そこに無理やり8人も乗っているのである。狭いスペースをフルに活用しているとはいえ、狭すぎる。
特に操縦を担当するジョン・ハイマン刑事の負担はかなり激しいものだった。
「あの、すみません! 操縦しにくいのでもう少し離れていただけませんか!?」
「無理をいうなジョン刑事。これでも考慮してるんだぞ」
「そうだぞ。小さい奴しかいないんだから我慢しろ」
尚、操縦席に陣取るのはジョンとマリリス、シデン。
その他のメンバーは無理やり後部座席に押し込まれていた。
「揺れる度にこっちは警部とキスしそうになるんだ。綺麗どころで纏めてやっただけありがたいと思え」
「色々と大変なんですよそれはそれで!」
ジョン・ハイマン刑事。彼は女性経験がなかった。
「それで、目的地は結局どこになりそうなの?」
普段ならウブな男性を見つけてはからかうシデンも、今回は真剣な眼差しで正面画面を見つめている。
今、ポイントサーチことポチはエリックの指示に従って動いていた。正確な目的地は、まだ示された訳ではない。
「もう少し近づいてみないことにはな。定期的にハッチも開けて、外の空気から匂いをとらないと」
「要求が激しい奴め」
「スバルの血液さえあればポチで一発なんだけどな」
「ないものをねだっても仕方がないだろう。エリックが協力してくれただけでも良しとするしかない」
問題は敵の正体がまだ不明だということだ。
サイボーグが所属しているのはわかるが、敵があの日本刀サイボーグだけとは思えない。
そんなことを考えていると、カイトの携帯に着信がかかる。
「どうした」
「イルマからだ。少しスペースを開けてくれ」
言われ、後部座席の図体のデカイ連中が少し外側へ。
マーティオだけは『我関せず』と腕を組んだまま微動だにしなかったが、カイトは特に気にした様子もなく電話に出る。
「俺だ」
『ボス、イルマです。ボスから報告を受けた特徴で調査したところ、サイボーグの正体が判明しました』
「でかした。それで、敵の詳細は?」
『はっきりとカテゴライズしますが、テロ組織になります』
「テロ組織? あれがか」
予想のひとつとして候補には上がっていた。
だが、日本刀サイボーグの実力は本物だ。生半可な技術では、カイト達のような鍛え上げた新人類の前では歯が立たないだろう。
「昔、新人類王国に対抗する為にサイボーグやアンドロイドの投入が考えられていたとは聞いたことがあるが」
『聡明なボスなら察していただいているかと思いますが、彼らはただのサイボーグではございません。旧人類にアルマガニウムと機械を足したサイボーグです』
「構成員に新人類は?」
『確認されていません』
「人数は?」
『確認されているのは26名。各々が多種多様な改造を施されており、外見で機械と判別できる者もいれば、新人類のように能力に特化した人間もいる模様です』
「あれが26人いるのか……」
この場にいる『戦える人間』を数える。
聞けば、ジョン刑事はただの警察官でネルソンのかじ取りが主な仕事なのだという。マリリスも性格面からして戦いは無理だろう。
残るは6人。
「ひとりで5、6人を破壊すれば済む話ならいいがな」
『確かに。確認されているのはあくまで26ですが、それ以外に戦力がある可能性もあります』
「それで、要求はなにかないのか?」
『いえ。いまのところ、なにも』
ただ、
『彼らはテロ組織です。過去の活動内容から、目的は察することができるかと』
「連中の過去の活動内容は?」
『新人類の政府要人の抹殺。及び、新人類王国に対するテロ、レジスタンス活動です』
言われ、カイトの目が見開く。
「新人類を目の仇にしてるというのか、そいつらは」
『恐らく。反新人類思想の集団なのでしょう』
「ウィリアムの逆か。碌でもない連中なのは間違いなさそうだ」
『ところで、お話は変わりますがボスは彼らに戦いを挑むのでしょうか?』
「そうなるだろうな」
『なるほど。では、僭越ながら忠告をさせていただければと』
イルマは御馴染みの淡々としたトーンで続ける。
『テログループについては、我々は『ジャスティス』と呼称しています』
「なんの正義感だ」
『誤解をしていただきたくないのですが、これは彼らから名乗っている名前ですので』
ただ、そのジャスティスの戦力には恐ろしいものがある。
『移動中はご注意を。ジャスティス撃破に乗り出した軍隊は、たった一台のバイクに全滅させられたと聞きますので』
「了解した。忠告はありがたく受け取っておこう」
そろそろイルマから入手できる情報はなさそうだ。
電源を切る前に、カイトは改めて問う。
「ゼッペルはどうしても出せないのか」
『申し訳ありません。星喰い戦のことを考えると、ホワイトハウスに戦力を残しておきたいので』
「一時的でいい。奴を使いたい」
ゼッペル・アウルノート。
戦いに特化された新人類。ほんの少しだけ手合せをしたが、彼がその気になればこの場にいる全員を倒す事も可能なのではないだろうか。
実際にやってみないことにはなんともいえないが、カイトはそんな可能性すら感じていた。
「戦える奴は多い方がいい。考えたくはないが、こちらの誰もかなわない場合は奴に戦ってもらうしかない」
「おい、本気か!?」
「考えたくはないと言っただろう」
エイジの鋭い発言に、カイトは低い声で対応する。
一方、シデンは真横を睨んだまま渋い表情を作っていた。
「あれ、どうかしました?」
「なんかさ。さっきからつけられてない?」
言われ、マリリスが後ろを見やる。
褒められた視力をフルに活かして輝かせ、後ろについて来ている存在を明確に捉えた。
バイクだ。黒い塗装を施された、よくみるタイプの二輪。
だが、バイクに詳しくないマリリスでも明らかに異質だとわかる点があった。
「誰も乗ってないバイクが追いかけてきてます!」
「噂のバイクが来たか」
認識し、全員の目つきが変わる。
「イルマ。ゼッペルの件については後で連絡する」
『了解、ボス。御武運を』
電源を切ると、カイトは全員に問いかけた。
「時間が惜しい。誰がやる?」
「さっきの電話だと、バイクで全滅って言われてなかったか?」
「26人もいるんだ。できるだけなんとかしてもらわんと困る」
相手はバイク。速度が肝となる機体である。
ならば自分が出るのが最善だろうとカイトは考えた。
が、
「未知の戦力は早めに活躍を期待したいわけだが」
「あ?」
ずっと端っこにいたマーティオが振り向く。
「んだテメェ。オレに行けってか?」
「ついてくると言ったのはお前だ。ジョン刑事やマリリスはそれぞれ仕事がある以上、お前には戦力として活躍してほしい」
「ちっ。エラソーに」
マーティオが吐き捨てるように呟くと、カイト以外の全員が納得した様子で頷く。
「……しゃーねぇ。そんじゃあ仕事といきますか。セーギのミカタって奴をよぉ」
ぶっきらぼうに立ち上がり、マーティオが長髪をまとめ上げる。
やる気になった相棒を見てエリックが心配げに言う。
「気を付けろよ」
「わかってる。連中はサイボーグなんだろ。テメーがいうなら強敵なのは疑わねぇ」
「そうじゃない。今日は満月だ」
曇り空で隠れている月を見上げる。
「その仮面。絶対にはずすなよ」
「……わかってる。怪盗は顔がバレたらお終いだからな。おい、刑事。ハッチを開けろ」
「え、ここでですか!?」
「トーゼンだろうが! テメェらはこのまま走りやがれ。オレはあのバイクをジャンクにしてから追いかけるからよぉ」
ポイントサーチのコックピットが開く。
マーティオは迷うことなく飛び降りると、道路のど真ん中へと降り立った。
視界の正面には、人が乗っていないバイクのみ。
「ふん」
ナイフを抜く。
手慣れた動作で刃を振り上げ、バイク目掛けて投げつけた。
命中。タイヤのゴムが破裂し、バイクの姿勢がやや傾く。
だが、バイクは転倒しなかった。
ボディが展開していき、人の形を成したのである。バイクだったモノは回転しながら道路で姿勢を整えた。
その場で静止した後、ゆっくりと立ち上がる。
「……」
『アクシデント。動きが止まったぞ、なにがあった』
アクシデント、と呼ばれたサイボーグの耳に司令塔であるジャスティスからの言葉が入ってくる。
「ライトニングの予想が的中した。例の怪盗はアジトにまっすぐ向かってる。しかも仲間もいるようだ」
『では、その仲間から妨害を受けている、と?』
「ああ。自慢のタイヤが炸裂してしまったよ」
『それは正義的によろしくないな。アクシデント、連中はここまでどの程度で到着する?』
「30分もあれば到着するだろうな」
『では、それまでに止めてくれるかな?』
「勿論そのつもり――――」
言葉は最後まで紡がれなかった。
背後から迫りくるマーティオが、アクシデントを背中から切りつけたのだ。人の首をも刈り取れそうな、巨大なサバイバルナイフを握りしめて。
「なぁに悠長に話してるんだテメェ。こっちはわざわざ降りて相手してやるってのによ」
ナイフの刃がアクシデントの首を傷つけた。丁度、背後から回り込んで喉を掻っ切るような姿勢である。
「ぐぉ!」
「なんだ、機械になってもイテェのか?」
「貴様……!」
アクシデントのエンジンが唸る。踵の裏から炎が噴き出るが、マーティオは一切気にした様子も見せずにアクシデントの喉に刃をねじ込む。
「おぐ!」
「なんか出てきたな。こいつは血か? それともオイルか? テメェの場合はガソリンかもしれねぇな?」
「馬鹿な。貴様、どうして平然としてられる……!?」
アクシデントから噴き出る炎はマーティオの身を確実に焦がしている筈だ。
それなのに、どうしてコイツは平然としている。
いや、それよりも
「なんでサイボーグである俺を、力で押さえつけてるんだ!?」
「んなもん簡単だ。オレがつぇーだけだよ」
左手がアクシデントの顔面を鷲掴みにする。
視界にひびが入っていくのを感じると、アクシデントは吼えた。
「お前、ただの新人類じゃないな!」
「カスが。つまんねぇ問答する暇があったら真剣に脱出してみたらどうだ」
アクシデントは真剣だ。どうやってマーティオの拘束から脱出しようか、真剣に考えているし行動もしている。
だが、そのすべてがマーティオに追いつかない。
サイボーグになって手に入れた馬力。炎。変形して無理やり引きはがそうとしても、力で今の姿勢を固められてしまった。
「ジャスティス! 今すぐ応援をよこしてくれ! コイツはやばい。サイボーグ数人でかからないと、コイツは無理だ!」
「うるせぇんだよカス」
ナイフの刃が深く入る。そのまま引き抜くと、アクシデントの頭部はあらぬ方向へと飛んで行った。
ボディは力なく倒れていき、踵の裏から噴き出る炎が爆発する。
激しい爆音と巻き上がる煙の中から、マーティオは何事もなかったかのようにゆっくりと姿を現した。
「まっすぐ30分とか言ってたな」
雲で隠れていた月が、いつのまにか顔を出している。
光に照らされるのを自覚すると、マーティオは自虐的に呟いた。
「ふん。仮面を外すまでもねぇ。全部を浴びなくても十分倒せる」
マーティオ・ベルセリオン。
エリックと共にスパイとして育成された新人類。だが、その能力はエリックと比べて極めて特殊で、同時に暴力的である。
夜間、月が出ている間だけ身体的変化が訪れるという、新人類の中でも特に異質なその力。
童話などでは『狼男』のような存在があるが、マーティオの場合は更に禍々しい変化を遂げることとなる。
「待ってろ。今すぐ追いついてやるからな」
背中から羽が突き出た。まるでコウモリのようなそれを羽ばたかせ、マーティオの身体はゆっくりと宙へ浮いていく。
身体能力と共に姿にも変化を及ぼすその力に対し、エリックはこう呼んでいる。
『月からの贈り物』――――ムーン・ギフト、と。




