vs正義の味方(ニューヨーク編)
キッチン・ベルセリオンは怪盗の隠れ家である。
普段はレストランとして営業しているこの店だが、店主を務めているソルドレイクは常に警察がやってこないか目を光らせていた。
特にエリックから常々言われてきたネルソン・サンダーソン警部の来客は用心している。
この警察官が来たら絶対に逃げる準備をしておいた方がいいとさえ警告されたほどだ。
そしてこの日、そのネルソン警部が店にやってきた。
「おィ、本当になるんだろうなァ」
「任せろ。あの手の人間の扱いはわかるつもりだ」
物陰に隠れつつ、ソルドレイクはカイトに耳打ちする。
当の本人は自信満々だが、今日知り合ったばかりの人間に言われても説得力がない。
「言っておくけどよォ。店内での暴力は絶対に御法度だかんなァ」
「わかっている。その為にも他の連中にも本気の協力をしてもらう」
カイトが後ろを振り返る。
着替えを済ませたエイジが小さく親指を立てた。マリリスはなぜかラジカセを持って笑顔で頷いている。シデンはいつもの恰好で銃を器用に指で回していた。
この辺はいい。彼の身内だ。
だがこちらの身内であるはずのエリックとマーティオも着替えさせられているのはどういうわけだろう。
しかもエリックとマーティオは共に怪盗シェルのマントをつけており、仮面も手にしているではないか。
「……本当にやんなきゃならんのか?」
心底嫌そうな顔でマーティオが呟く。
どういう打ち合わせをしたのかまったくわからないのだが、普段は無表情の血縁者がこんな顔を見るのは滅多にないことだ。
「お前も戦うんだろ?」
「そうだが……」
「だったらこの輪に入れ。警部に敵だと認識されたいのか?」
言われ、マーティオは複雑そうな表情になる。
困った顔でエリックに助けを求めたが、当の友人はというと、
「よし、メイド服が出た後に俺の出番だな。ポーズはどうする?」
「君のセンスに任せるよ」
「オーケー! そういうのは得意だ」
とても楽しそうにシデンたちと会話していた。
怪盗シェル本人は今回の作戦の大賛成なので、マーティオとしては反対意見を出しづらい。
そんなマーティオの顔を見て、ソルドレイクは一言。
「おい、ウチの身内がボロだしても成功するんだろうなァ?」
「勢いで押し通す。これはそういうものだ」
カイトが真顔でとんでもないことを言ってのけた直後、店の前で急停止したブレイカーから人が降りてきた。ネルソンとジョンだ。彼らは他の警察官を連れず、ふたりだけでキッチン・ベルセリオンの店内へと入ってくる。
「マジで他に仲間はいないようだなァ。後からパトカーが来るかと警戒してたんだが」
「チャンスだ。ジョン刑事さえこちらに引き込めれば勝機はある」
不敵な笑みを浮かべるカイト。
そんな彼に挑戦するようにして、警部は堂々と店内で叫んだ。
「出てこい怪盗おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 貴様がここにいるのはわかっているぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「警部、夜中ですよ! 声を抑えて!」
よく通る叫びだった。
思わず耳を閉じたくなるほどに。
「元気だな」
「あァ。コックとしてはなにを食えばあんなのになれるのか是非とも聞いてみてェぜ」
「だが眠気がないのはいいことだ。マリリス!」
「はい!」
指示を受け、マリリスがラジカセのスイッチを押す。
日曜日の朝に流れてきそうな爽快なBGMが店内に響き渡り始めた。
「ん? なんだ」
「お店のBGMでしょうか?」
「いい趣味だな。今度からランチは此処でとるとするか。怪盗を捕まえた後で!」
「それは困るな。怪盗は我々の仲間なんだ」
「誰だ!?」
鋭い指摘を受け、物陰から黒い影が飛びだした。
影はネルソンたちの前で立ち止まると、堂々とした立ち振る舞いで人差し指をちらつける。
「俺の名はスター★ハゲタカ。正義の味方だ」
「なに!?」
黒い覆面を被った胡散臭い青年の登場に戸惑うネルソン。
死んだ魚みたいな眼差しを送り続けるジョン。
対照的なリアクションのふたりを無視し、正義の味方は次々と姿を現した。
「そして俺はアキハバラからニューヨークに引っ越してきた正義の味方、ダンボールマン!」
「同じくアキハバラからニューヨークに引っ越してきた正義のヒロイン、ジャッカルクィーン!」
「あ、宇宙人!」
「なんでそこだけ素のリアクションをするのかな、もう!」
まあ、紙袋を被ったエイジと比較し、シデンはそのままなのだ。ネルソンの中でも認識は変わる筈がない。
変わるとすれば、この後の新たな登場人物。
「更に俺は、世界をまたにかけて活躍する正義の盗賊、怪盗シェル!」
「あ、怪盗!」
ネルソンは走り出す。その手に手錠を持って。怪盗シェル目掛けて、まっすぐに。
「たぁいほだあああああああああああああああああああああああああああ!」
話を聞く間もなく、怪盗シェルに飛びかかるおっさん警部。
だが、彼らの間に割って入る影があった。怪盗シェルことエリックの袖を掴み、そのまま彼ごと移動。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!」
目標を失ったネルソンは一気にテーブルへ滑り込む。
直撃。派手な破砕音を響かせながら、おっさん警部は床へとダイブした。
そんなおっさん警部を余所目に、最後にやってきた仮面マントは溜息。
「……怪盗イオだ。よろしく」
頭から床に激突したおっさんを尻目に、クールに徹する怪盗。
が、新たな怪盗の相棒はその態度に苛立っていた。
「おい」
肩を掴まれ、怪盗イオは振り返る。
「なんだ」
「なんだ、じゃねぇだろ。ちゃんと打ち合わせ通りにしろ」
仮面で表情は見えないが、怪盗シェルことエリックはとても怒っていた。
見れば、他の連中も自分を取り囲んでいる。
「うるせぇ。オレも名乗っただろうが。それでいいだろ」
「よくない」
カイトが近づき、言う。
「いいか、俺たちはこれからニューヨークを守る正義の味方だ。ちゃんと名乗りと同時にポーズを取れ」
「そうだぞ。なんの為にBGM流してると思ってやがる」
「ったく、我が相方ながらこんなんで大丈夫かよ」
なぜかエリックにまで叱られた。
額に青筋をたてつつ、マーティオは吼える。
「なんでテメェはそんなにノリノリなんだよ! ぶっ殺すぞこの野郎!」
「馬鹿! 名乗りと同時にポーズを取るのは常識だろ!?」
逆に力説された。
おかしい。自分の認識が間違っているのだろうか。
兄、ソルドレイクを見やる。
「……俺は正義の味方をよくしらねェ。こっち見んな」
「大丈夫ですよコックさん! エイジさんがアキハバラから持ってきてくれたこの本とDVDがあれば、皆さん一発です! カイトさんは30分でマスターしましたよ!」
マリリスが嬉しそうな顔でソルドレイクになにかを手渡した。
『ヒーロー大全』と書かれた本と、付属のDVDである。
尚、余談になるがマリリス・キュロは3時間でマスターした。
「……ありがとよォ。後でマーティオに渡しておくぜェ」
「はい! そうしてください!」
止めろ馬鹿アニキ。こっちにその本とDVDを見せるな。
「それにしても怪盗シェル。お前はノリがいいな」
「当たり前だろ。世界中で活動してるからな。SFから美少女までなんでもいけるぞ! 専門は二次元だけどな!」
親友の発言を聞き、マーティオは肩をがくりと落とした。
「あの。みなさんは一体……」
会話にまったくついてこれないジョン刑事が話しかけてくる。
カイト達は目をぎらつかせながら一斉に振り返ると、合図をすることもなく彼を取り囲んだ。完璧なコンビネーションだった。
「ジョン・ハイマン刑事」
「俺たちは今、未曽有の危機に立たされている」
「ボクたちの正体や善悪なんかよりも、地球の危機を優先するべきだと思うなら」
「まずあの警部を落ち着かせて、俺たちの話をあのゴリラに聞かせろ」
マーティオ以外の自称、正義の味方が取り囲み、目をぎらつかせながら言う。
「おい怪盗イオ! お前もなんか言えよ!」
「そうだぞ! 俺たち正義の味方だろ!」
友人と正義の味方達が何か言ってくる。
彼らの言葉を受け、怪盗イオは仮面で隠れた真顔でこう呟いた。
「……くだらねぇ」




