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エクシィズ外伝  作者: シエン@ひげ
とっとこカイトさん
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隕石降るよカイトさん

 アメリカ、連合公共宇宙局。

 ここでは日夜、地球外部のあらゆる研究を行っており、将来は人類の宇宙進出を担うであろう組織であることは国民に多く知られている。

 そんな宇宙局にこの日、異変が起きた。


「大変です、局長!」

「なんだ。未確認飛行物体でも確認できたのか?」

「月の探査機から何者かが連絡して来ています!」

「なに!?」


 それは恐るべき知らせであった。

 人類が月に到達して長いが、その間の調査で生命がいるとは発表されていない。長年調査しているが、そんな痕跡が残されていないのだ。


「まさか月の住民か!?」


 局長は慌ててネクタイを締め直し、職員たちの前へと躍り出る。

 彼はよく通る声で部下に問う。


「状況はどうなっている!?」

「月の無人探査機、BK-1201の通信機能から音声が届いています」

「映像は?」

「これから出ます。カウント、入ります! 5、4、3、2、1……」


 職員たちの前に備えられている巨大なモニターがノイズから解放された。

 背景の広大な宇宙空間を大きく塗り潰して表示されたのは、どういうわけかライダースーツ姿に身を包んだ何者かである。ヘルメットで顔を覆っており、相手の表情は見えない。

 これには宇宙局の職員たちもざわついた。


『聞こえるか。聞こえてたら応答を願う』

「喋っているぞ!」

「あいつは宇宙人じゃないのか!」

『聞こえているぞ。こんな最速な宇宙人とクールな宇宙船はそういないぜ、記念に写真でもとっておきな』


 言われ、職員の女性が画面をスマホで撮影しはじめた。

 

「君は一体……」

『俺の名前は速見』

「ハヤミ?」

「その名前……もしかして日本人か?」

「しかし、日本からロケットが飛んだなんて知らせはないぞ」

「ていうか、なんでバイクなんだ?」

『わけあって日本の道路からガードレールをぶち抜いてしまってな。速さを極めた結果、どうも月に到達してしまったようだ』

「はぁ!?」


 局員全員が唖然とした顔で速見を見る。


「まさか、あれは本当にただのライダースーツか!?」

「空気は!? というか、大気圏に突入して燃え尽きなかったのか!?」

「いや、そんなことよりも! そもそもなんでガードレールから宇宙まで行けるんだ!」

『黙りやがれ。そんなこと、俺の速さの前ではなんの意味もないのさ』


 意味ないんだ。

 凄く興味深い研究対象なのに。

 職員たちは揃って肩を落とすが、やがて局長が汗を拭いてから速見に質問する。


「それで、こちらへの要件はなんだ? 地球への帰還か?」

『そんなもん、俺の速さの前では小さい問題さ』


 小さい問題なんだ。

 人類にとっては大きな一歩の筈なのに。

 職員たちはやっぱり大きく肩を落とすが、局長はあくまで冷静に問いかける。


「では、なんのために連絡をしてきたんだ?」

『俺はまっすぐ走れば地球に帰還できるはずだ。だけどな、どこでもいいわけじゃねぇ。日本のヒメヅルって場所に降りれるようにナビしてくれ』

「なに?」


 日本のヒメヅル。日本自体は知っているが、ヒメヅルなんて土地は聞いたことがない。


「ヒメヅルとはどこだ?」

「検索します」


 モニターにヒメヅルの場所が表示される。辺り一面、緑に覆われた美しい場所だ。残念ながら宇宙研究がおこなわれていそうな場所はない。


『この近辺に中学校がある筈だ。俺はそこにいきたい』

「なに!? 君はまさか、中学生なのか!?」

『こんな最速な中学生がいるわけないだろ。いいからさっさとナビをしな。そうじゃないと、アメリカに体当たりをぶちかますぜ』

「ま、待て! 中学校に降りると言っても、どうする気だ!?」


 局長は焦る。

 どういう理論なのかは知らないが、月にいる以上は同じように戻ることができるのだろう。

 しかしその勢いが本当に『走る』ことだけなのだとしたら、中学校に到達した時点で大変なことになる。ライダー隕石だ。史上かつてない人間隕石が完成してしまう。


「ちゃんと周囲の人たちは避難しているんだろうな!」

『俺はゴールするだけさ。このブルースター号と共にな!』


 月面で青い愛機と共に速見が青白く染まっていく。

 新人類が極めた能力を扱うつもりだと悟り、局長は即座に指示を出した。


「ヒメヅルの中学校までナビをしろ!」

「ええ!? しかし……」

「どんなに小さくても隕石をアメリカに落とすわけにはいかん!」


 あの人間隕石は本気だ。要求を聞かなかったら本気でアメリカに体当たりをするつもりでいる。その時の被害はどうなるだろう。SF映画の再現でクレーターだけが広がるのだろうか。


「日本は新人類王国の管轄だ。一応、警告だけは出しておけ!」

「りょ、了解です」

『話は纏まったな。それじゃあ行くぜ!』


 青いバイクが月面を進んでいく。重力が違う筈なのに、力強い走りを見せたそれは、月を飛び越えて再び人類の故郷へと突進していった。


『地球は青い! 俺も青い! ブルースター号も青い! 俺たちは今、夜空を突っ切る青い星となるぅ!』


 人間隕石がオーラを纏いながらヒメヅルへと直行する。

 中学校に今、未曽有の危機が迫ろうとしていた。








「忘れ物を届けに来た。有難く思えよ」

「いやぁ、悪い。バスの時間に遅れそうでさ……」


 蛍石スバル、14歳。

 この日、忘れていた弁当箱は意外な人物から届けられた。なぜか裸足の住み込みバイト、神鷹カイトである。てっきり父マサキが届けてくれるかと思いきや、まさか人とのコミュニケーションを避けるこの男が来るとは夢にも思っていなかった。


「ところでカイトさん、どうやってここまできたの?」


 校門から外を見やる。見れば家の小型トラックを使った形跡はない。しかも裸足だ。まさかとは思うが、走ってきたのではないだろうな。


「地図をみてきた。途中でバイクに乗った奴に道を聞いて、なんとか辿り着いた感じだな」

「なるほど」


 スバルは納得したように頷いた。

 バイクに乗せてもらったのならこんなに速いのも頷ける。ふたり乗りが危険なのは重々承知だが、無事に辿り着けたのならいうことはないだろう。


「帰りはどうするの?」

「そのまま戻る。マサキも待ってるからな」


 言うと、カイトは回れ右。校門に背を向けてそのまま中学から去って行った。

 やがてスバルの視線から外れ、山道まで歩いていくと、カイトは目つきを変える。


 カイトは自身の身体能力を蛍石家に明かすつもりはなかった。その力が凶器になることを知っているからだ。幼少の頃、異常な鍛え方をされたそれを駆使すれば、人は簡単に殺せる。ましてや自分は体内に武器まで仕込んでいるのだ。恩人たちの前では、なるべく普通の『カイトさん』でいるべきだと思う。それがあのド田舎で暮らす為の条件だ。

 カイトは颯爽と走り出すと、急いで蛍石家へと戻っていく。

 驚異の爆走ダッシュで山道を突き進み始めると、やがてカイトは空に光る青い物体を発見した。


「なんだ?」


 飛行機ではない。

 寧ろ発光体はどんどん近づいてきているような気さえする。

 目を凝らし、鍛え上げた驚異の視力で光の正体を見極めた。


「ふはははははは! やはり俺は最高だ! そしてお前も最高だぜ、ブルースター号! やっぱり俺たちが最速なんだ! 見ろ、奴がいるぞ! 裸足ランナーが、もう目と鼻の先まで!」

『は、ハヤミ君! 減速だ。早く減速しないとヒメヅルが滅茶苦茶に!』

「速さの前では小さい問題だぜ!」


 ナビをしてくれた無人機から悲鳴にも似たなにかが聞こえたが、速見は完全に無視。己を完全に超えてしまった怨敵を見つけ、冷静ではいられなくなっている。


「裸足ランナー、勝負再開だ! 宇宙から帰ってきた俺の速さについてこれるかぁ!?」

「……なんだ、あれ」


 流石に速見の言動までは聞こえなかったが、その視力は確かに青いバイクを捉えていた。

 しかも面倒なことに、このまま突き進めば体当たりをするような進路である。この先にあるのは弁当を届けたばかりのヒメヅル中学。そして付近には恩人の店。


「……」


 溜息。

 直後、殺気の籠った視線を速見にぶつけると、カイトは走り出す。

 全力で踏み込まれ、コンクリートが砕けた。巻き起こる暴風で木々は荒れる。


「逆走だとぉ!? どういうつもりだ、裸足ランナー!」


 速見はカイトと自分のどっちが先に中学校に辿り着くかで頭が一杯だった。彼が先に到達していることなど当然知らないし、今の自分が危険視されていることなどまったく気付いていない。

 だからまったく見当違いの発言をしてしまう。


「そうか! 改めて俺とスタートダッシュをするつもりなんだな! いいだろう、俺とブルースター号はいつでも挑戦を受ける!」

『局長、日本人って頭おかしいんじゃないですか!?』

『おかしいんだろうね、うん』

『本当に裸足で走ってる人間がいるよ……』


 逆走するカイト。

 宇宙から飛来してくる人間隕石、速見。

 両者の距離は徐々に縮まる。カイトは曲がり角の地点で大きく跳躍。速見目掛けて大ジャンプし、その距離はさらに縮まっていく。


『げぇ、跳んだ!』

『あいつは空を飛べる新人類なのか!?』

「どっちでもいい! さあ、来い裸足ライダー! 俺のプライド、ブルースター号の誇り、そのすべてを賭けるのに相応しい相手がお前だ! 全力で勝負してやる」


 人間隕石が吼える。

 跳躍したカイトが速見の前まで迫ると、彼はぼそりと呟くように言った。


「ひとりでやってろ。迷惑だ」


 宇宙局員たちが全力で頷いた。

 同時に、カイトが右手を一閃させる。


「ん?」


 一瞬の出来事で、速見にはなにが起きたのか理解できずにいた。

 だが、カイトが空中で同じ位置まで跳んできたのは理解する。だから彼は叫んだ。


「裸足ライダー、ここが俺たちのスタートラインだ! さあ、今から始めようぜ。俺たちのレースを!」


 言い終えたと同時、彼が跨いでいた青い愛車が分割された。

 文字通り、断面が綺麗に見れるくらい綺麗に切断されたのだ。


「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 ブルースター号が爆発。爆風に巻き込まれ、速見はいずこかへと吹っ飛んでいく。

 カイトは何事もなかったかのように着地すると、速見が飛んで行った方向を睨んだ。


「よかったな。中学校を超えたぞ、喜んでいればいい」


 心底どうでもよさそう言うと、彼は再び地図を広げる。変なのに絡まれたせいで帰りのルートから大きく逸れてしまった。どうやって帰ろうかと考えつつも、再び爆走ダッシュを開始したのであった。










「日本人ってやっぱり頭がおかしいと思います」

「日本にはあんな新人類しかいないのか?」

「まるで映画みたいだな……」


 恐るべき場面を垣間見てしまった局員たちが各々感想を漏らしていると、局長はその場から背を向ける。


「あれ、局長。お戻りですか?」

「ああ。流石に私も疲れた。諸君も今回の件は早く忘れるといいだろう。隕石については、私の方からホワイトハウスに報告しておこう」

「わかりました。お疲れ様です」

「お疲れ様」


 局長はその場から退室し、自室へと戻っていく。

 ソファーに腰かけ、携帯電話を取り出した。電話をかけた瞬間、局長の姿がブレる。まるでテレビのチャンネルを切り替えたかのような一瞬のモザイクが彼の身を包んだかと思うと、次の瞬間には幼い少女がいた。黄金の瞳が印象的な、小さな女の子である。彼女は電話が繋がると同時、報告した。


「神鷹カイト様を見つけました、ウィリアム様」

『そうか。やっぱり生きていたわけだね……ま、あの爆発で死ぬわけないと思ってたけど』

「いかがしましょうか」

『君の使命はわかっているだろう。彼の為に全力でサポートするんだ。ただし、彼は必要以上の接触は嫌う。だから必要でない限り正体を明かすな。それまでは近くで彼を観察しているといいだろう』

了解ラジャ


 電話を切ると、少女は――――イルマ・クリムゾンは日本へと飛ぶ決意を固めた。

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