美術館から出ると、親友が変質者だった
「なんだなんだ! なんの騒ぎだ!」
美術館での被害を取りまとめていたエイジとシデンが外に出ると、そこには奇妙な光景が広がっていた。
なぜか道路で山のように積み重なっている警察官たち。
近くのビルは窓ガラスが破砕しており、待機してもらっていた筈のスバルの姿は無く、なぜかマリリスが目を防いで佇んでいるではないか。
「なんだこれ」
「わかんない」
エイジとシデンはお互いに顔を見合わせ、認識を共有すると、とりあえず現状がわかりそうなマリリスに話を聞くことにする。
「おい、マリリス。なにがあった。スバルの奴はどうした?」
「ダメです! 今、スバルさんはビー玉を飲み込んで全裸のおじさんにお尻を剥かれてますから!」
「なんだそのマニア受けしそうな光景」
言葉だけ聞くと、とても恐ろしい光景だ。
ただ、肝心のスバルの姿はどこにもない。全裸のおじさんの姿もない。
「スバル君、どこにもいないけど」
「あの警察の群れかな?」
まるでピラミッドのように積み重なった人の群れを見やり、近づいていく。
近くで倒れていた警察官の肩を叩き、意識を覚醒させうえでエイジは問う。
「おい、この騒ぎはなにごとだ。こっちは怪盗騒ぎで忙しいんだけどな」
「はっ! 実は市民から通報があり、全裸の男が空中を走り回っているという情報がありまして! 我々警察官としてはニューヨークの治安を守るべく、変質者を取り締まろうとした次第で!」
倒れたままで敬礼し、警察官はとても丁寧に状況を説明してくれた。
「じゃあこの人間ピラミッドの中にはその変質者が埋まってるってのか?」
「その通りです! ただ」
「ただ?」
「やたらと抵抗するので、我々が力づくで押さえつけている状態であります!」
「凄い力押しだね、これ」
警察官で埋め尽くされた人間ピラミッドは見ているだけで壮観だった。下敷きになっている人間は押しつぶされているのではないだろうかとさえ思う。
「さっき女の子から聞いたんだが、全裸の男がガキの尻を剥こうとしているらしい。話しを聞いてもいいか?」
「なんと! 変質者にくわえてホモでありますか!」
若手警察官が起き上がり、敬礼しなおす。
同時に、なぜか彼の胸ポケットからサイレンが鳴り響いた。パトカーでよく聞く喧しい音だ。
「しかし、奴は見かけによらず凶暴です! 我々が陣形を崩した途端、変質者はまた暴れ出すかもしれません!」
「その時はあれだよ。国が責任取るから大丈夫だよ」
シデンがとても投げやりな責任の取り方をイルマへと押し付ける。本人がこの場にいないからって言いたい放題だった。
「国が責任を取ってくれるんですか!? と、いうことは変質者を取り逃しても自分たちの責任にはならないと!?」
「うん。ならない」
「わかりました! そういうことでしたら喜んで退きましょう!」
「なあ、国家権力がこんなんでいいのか?」
あまりに投げやりだったので、エイジが複雑そうに人間ピラミッドを指差す。
見れば、彼らはすぐにでも帰りたそうにしているではないか。何人かは体勢を保ったままスマホを弄ったりもしている。
「いいのです! 我々は国の犬でありますから! なので、国が責任を背負ってくれるなら、我々はよろこんで現場から離れます! なんたって我々、事なかれ主義ですから!」
堂々と宣言されても、まったく自慢にならないことを言われた。
こんなのでニューヨークは大丈夫なのかと真剣に考えるエイジだったが、そんなことを考えている内に人間ピラミッドは見る見るうちに崩壊。サイレンを鳴らしながらパトカーに乗車し、警察官たちは本当に帰ってしまった。
後に取り残されたのは、彼らの下敷きになっていた全裸のカイトだけである。
「あれ、カイト!?」
「カイちゃん!?」
変質者の予想外の正体を見て、親友ふたりは驚きを隠せない。
少年時代からの付き合いなのだが、彼にそんな趣味があったなんて初耳だった。
「おい、カイト。無事か?」
エイジの声が耳に届く。
警察官たちによる圧力から徐々に意識を覚醒させ、カイトは勢いよくその場で起立。周囲を睨みつけ、現状を確認しはじめる。
「警察はどうした?」
「帰ったぞ」
「全部イルマに押し付けたから、後は勝手にやってくれると思う」
「そうか」
「それよりカイト。見損なったぞ」
「なに?」
訝しげな表情で近づくエイジ。今にも胸ぐらを掴んできそうな勢いだが、今のカイトは服を着ていない。なので、強烈な睨みつけを受けるだけだった。
「いくら女運がないからって、スバルにがっつことはないだろ。しかもマリリスの前で」
「待て、なんの話だ」
「とぼけないでよ。マリリスが言ってたよ、全裸の男がスバル君のお尻を剥きにかかってるって」
今、この場に全裸はカイトしかいない。
親友たちにあらぬ疑いをかけられ、カイトは珍しく狼狽えた。
「誤解だ。俺は別に男が好きではない」
「じゃあ女が好きなのか?」
「当たり前だ」
「じゃあボクでもいけるってこと?」
シデンがなぜかウインクしてくる。カイトとエイジはその場で半目になるも、即座に何事もなかったかのように会話を続けた。
「話しを戻すけど、お前じゃないなら誰がスバルの貞操を奪ったんだ?」
「アイツは変態にしか好かれないのか?」
完全に無視されたシデンは頬を膨らませ、面白く無さそうにふたりの友人の間に割って入る。
「カイちゃんじゃないなら、他に変質者がいるってこと?」
恨みがましい眼差しでカイトを睨むシデン。
自分がホモ扱いされるのは抗議したいところだが、これ以上この話を引っ張っても状況はよくならないのは理解しているので、さっさと話しを次に進めることにする。
「状況から察するに、騒ぎの元凶は俺しか残っていないんだな」
「そうだな。少なくともお前以外に全裸はいない」
「服は後で取りに行く」
「ずっとその恰好で寒くないの?」
「お前に吹雪をかまされるよりはマシだ」
ともかく、この場に居ないのであればスバルを狙った犯人はわかりきっている。
「サイボーグだ」
「サイボーグ!?」
「シャオランみたいな奴がいるってこと?」
「そうだ。今回の件、予想はしていたが怪盗以外にも純正アルマガニウムを狙う勢力がいたようだな」
「つまり、そのサイボーグは全裸だったわけか」
「ああ。しかも厄介な事に、スバルの奴は純正アルマガニウムを飲み込んでしまった」
「はぁ!?」
新たな衝撃の新事実を突き付けられ、エイジとシデンは驚愕。
ほんの少しの間、美術館内の騒ぎを鎮めていた筈なのに、気付けば状況はまったく予想していない方向へと向かっているではないか。
「カイちゃんってやっぱり疫病神なんじゃない?」
「やかましい」
過去にカイトを別行動させたがために起きた様々なトラブルを処理してきたが、今回の騒動は群を抜いて酷い。
相手の詳細がよくわからず、しかもブレイカーがないとまったく戦力として数えることができないスバルが狙われ、既に連れ去られているのが状況の悪化に拍車をかけていた。
「で、スバルがどこに連れて行かれたのかはわかるか?」
「最後にあいつを見てたのはマリリスの筈だが……」
マリリスを改めて見る。
彼女はいまだに両手で顔を覆っており、赤面したままだった。
「アイツはなにも知らなそうだな」
「そうだな。知ってたら俺たちもお前をホモだとは思わなかったろうし」
「言っておくけど俺は至ってノーマルだからな」
「いや、それはどうだろうな」
親友として女好きだとは信じてやりたいが、いかんせんゲテモノにしかモテないカイトに言われても説得力が薄い。
過去、彼が恋した女性も自分たちから言わせてもらえば狂人だ。そんな奴にノーマルだとか言われても素直に『はいそうですか』とは頷けない。
「まあ、お前が将来どんな奴と幸せになるのかは個人的に興味はあるけど、今はスバルの方をなんとかしてやらないとやばそうだな」
「ああ。早く連れ戻してやらんと、全裸に尻から手を突っ込まれて純正アルマガニウムを奪われてしまう」
「聞いてるだけだと相当ハードなプレイだよね」
しかし、状況がある程度わかっても話は最初に戻ってしまう。
いかんせん、敵の正体もよくわからないうえに手掛かりがないのだ。
「仕方がない。ここは探し方を変えよう」
「なにか手掛かりがあるのか!?」
「ある」
腕を組み、カイトはガラスの破片が散らばったニューヨークの道路を見やる。
「あの場にはもうひとり、サイボーグと接触した奴がいる。少し奴と戦ったが、獲物に対する嗅覚は本物だ」
ゆえに、彼の鼻に頼ろうと思う。
「怪盗を見つけ出す。そっちには手掛かりを仕込んであるから、今すぐ追えば見つけるのは難しくない筈だ」
「それは良いけどお前、服は着ろよな」
真顔で道路を見るカイトだが、エイジたちは親友が再び変質者扱いされないか心配で仕方がなかった。




