着ろ! カンチョーだ!
突然の出来事だった。
上空からなにかが光ったのを認識し、スバルはソフトクリームを舐めながらもそれを見つめた。
「あれ、なんだろ」
季節はずれの雪などではない。
怪盗がなにかを落としたのだ。怪盗らしく宝石かとも思ったが、もっと近づいてみないとわからない。
「マリリス、あの光がなにかわかる?」
隣の新生物系少女に問いかける。
マリリスは目を凝らし、落下してくる光を観察した。
「見えました!」
「どんなのだった?」
「ビー玉ですね!」
「ビー玉? あのラムネとかに入ってそうな……」
「はい。あのビー玉です!」
見えて報告できたことがそんなに嬉しいのか、マリリスはガッツポーズをとりながら笑顔で報告してくる。
瞳がまた七色に輝いて虫みたいになっているのだが、そこに触れたらまた彼女のトラウマを刺激しそうだったので触れないでおく。
「ビー玉、ねぇ」
もしかすると純正アルマガニウムを落としたのではないかと期待したが、とんだ期待外れだ。
呑気にそんなことを考えながら、スバルは興味を失くしてまたバニラ味を堪能する。
「あの、スバルさん」
「ん?」
「逃げなくてもいいんですか?」
マリリスが素朴な疑問を投げかける。
確かに外で戦闘が開始されたのなら、巻き込まれないようにした方が賢明だろう。エイジとシデンもそう考えて自分たちを美術館の外に出したのだ。
だが、スバルとしてはそこまでされる必要はないと考える。
「問題ないでしょ。いざとなったら獄翼を呼ぶし」
「でも」
「大体、無責任だと思うんだよな。勝手に俺に押し付けておいて、いざ怪盗が出てきたら外に出てろって。俺は囮かっていうの!」
「あの」
「なんだよ」
「ビー玉、こっちに落ちてきますけど」
直後、ビー玉はスバルが貪っていたソフトクリームに直撃した。
激しく飛び散るバニラの白。
真っ白になる蛍石スバル、16歳。
隣にいた為にもろに被害を受ける羽目になったマリリス・キュロ。
共に大参事だった。
「うへっ、げほっ!」
咳き込むスバルだが、彼は直前までビー玉の接近に気付けなかった為か、まだソフトクリームを手放していなかった。
奇跡的に残った部分を見やり、苛立ちを収めるように残りを口に詰め込む。
もったいないの精神だった。
「んぐ……」
思わぬ被害を受けたが、ソフトクリームを平らげて一旦手が自由になったところで口の中のバニラを飲み込んだ。
なにか堅い物があったような気がしたが、コーンまで一気に口に入れたからだろうと判断し、急いでハンカチを取り出した。
「マリリス、大丈夫?」
「私は大丈夫です。それよりスバルさん」
「なんだよ」
「さっきのビー玉、どうしたんですか?」
「え?」
「だって今、スバルさんのソフトクリームに落ちてきましたよね?」
言われ、スバルは戦慄する。
喉に感じた堅い物の感触は、鮮明に覚えていた。
「まさか……」
「スバルさん、もしかして……」
スバルとマリリスは同時に嫌な結論に辿り着いてしまう。
同時に、落とし主とそれを追う者たちも同じ理論に辿り着く。
「これは面倒なことになったな……」
まず最初に接近してきたのはカイトとシェルを退けたライトニングだ。彼はサイボーグながらも全身を露わにしており、異様な風圧を放ちながら足のブースターを加速。
刀を収めた後、スバルの前に君臨した。
「うわ!」
突如目の前に躍り出た全裸のサイボーグを目の当たりにし、困惑するスバル。
両手で目を覆い隠すマリリス。
自身の恰好や周りの悲鳴などまるで気にせず、堂々と歩き出すサイボーグ・ライトニング。
「少年」
「は、はい!」
凄く真面目な顔で接近してくる全裸のライトニング。いかつい顔に気圧されつつも、スバルは彼の次の言葉を待つ。
「今すぐにカンチョーをするぞ」
「は?」
「君が呑み込んだものは吐き出してもらわないといけない。もっとも安全な放出手段はカンチョーであると俺のスーパーコンピュータが結論付けている」
「よくわかんないけど、それ壊れてるんじゃない?」
「だとすると、俺は君を両断しなければならない」
刀を抜き、少年を脅しにかかるライトニング。
が、そんな彼に待ったの声がかかった。
「待て、安全サイボーグ野郎。そいつに勝手に手出しはさせん」
「む!」
「カイトさん!」
神鷹カイトだ。
彼はライトニングに背中を斬られつつも、持ち前の超再生能力で早くも戦線復帰。背後から猛ダッシュでライトニングに迫ってきた。
「安心しろ、スバル! 今すぐ俺がそっちにいってそいつを破壊してやる!」
――――ただし、彼は全裸だった。
唖然とするスバル。
ちょっと安心して目を開けた途端、顔を真っ赤にしてまた両手で覆い隠すマリリス。
「なんであんたは服を着ないんだよ!」
「服を着ないんじゃない。怪盗対策で身に纏ってないだけだ!」
「脱いでるんじゃねぇか!」
「問題ない!」
「問題しかねぇよ!」
読者諸君に思い出していただきたい。
場面はニューヨークの街中である。夜で視界は悪いとはいえ、公然の場のど真ん中に全裸がふたり。片方はサイボーグで刀を持っているが、もう一方は見たところ丸出しである。
「きゃあああああああああああああああああああ!」
「変態だ!」
「あいつすっぽんぽんで凄い走ってるぞ!」
「テレビの企画か!?」
「ママー。あの人たちどうしてお洋服を着てないの?」
「しっ! 見ちゃいけません!」
お子様に悪い影響を与えかねない状態だった。
偶然通りかかった親子に心の中で詫びつつ、スバルはカイトから距離を取った。
「待てスバル! なぜ後ずさる」
「名前呼ばないで! 関係者だと思われるだろうが!」
「なにをいう。俺と前は共犯者だろう!」
共犯者。
その単語がその場に響き渡り、人々の眼差しはスバルにも向けられる。
「共犯者だってよ」
「あの子、見た目によらずにそういう趣味が」
「筋肉はなさそうなのにねぇ」
「ママー。あの人はどうして服を脱がないの?」
「しっ! 見ちゃいけません!」
おいおいお子様よ。摘発する人を間違えているよ。
心の中で突っ込みつつも、スバルはライトニング達から後ずさっていく。
が、旧人類である彼の忍び足にも近い緩い動きで彼らから逃げ切れるわけがない。
「斬られても生きている人間がいるのか。面白いが、埒が明かないな」
ライトニングが気怠そうに言うと、彼はカイトに背を向ける。
「待て!」
「お前から逃げるのは大変だろうが、丁度いい壁が来てくれたようだな」
サイレンの音が激しく鳴り響く。騒ぎを聞きつけた警察が突入してきたのだ。
「警察か。丁度いい、怪盗とサイボーグがいる。強力をしろ」
命令口調で警察に言うカイトだったが、パトカーから降りた警官たちは一斉にカイトへと襲いかかってきた。
「変質者を確保しろー!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「なに、なぜだ!」
「当たり前だろ!」
心の底から不思議そうに脅くカイトに、警察官たちが一斉に飛びかかった。
大量に飛びかかる警察の山。あっという間に下敷きになってしまうカイト。
「さて、向こうに手が回っている隙に行くとするか」
「え」
腰を持ち上げられるスバル。
ライトニングに担がれているのだと察すると、彼は思わず叫んだ。
「わ! 待てって! どこに連れていくつもりだよ!」
「ここでカンチョーをするわけにはいかん。警察に捕まる前に俺たちのアジトに連れて行く」
「そうはいくか! マリリス!」
最後の頼みの綱である新生物系少女に助けを乞う。
彼女はやはり目を隠しながら力強く頷いた。
「はい、安心してくださいスバルさん! 例えスバルさんがここでお尻を出しても私は見ませんから!」
「そっちじゃねぇよ!」
力の限り叫んだが、スバルの叫びが少女に届くよりも前にライトニングは跳躍。
スバルは美術館からあっという間に連れ去られてしまった。
「スバル!」
「こら、大人しくしていろ!」
警察官に怪我をさせるわけにもいかず、カイトは苛立つ。
その一方で、カイトと同じようにライトニングの影を睨みつける影があった。
「……失敗か」
ビルにもたれかかり、怪盗シェルは静かに呟く。
これまで一度も盗みに失敗していない怪盗が、始めて獲物を取り逃した瞬間でもあった。師の無念さを考えると、やるせない。
だが、このまま終わらせるつもりはない。
シェルはその場から背を向けると、近くのマンホールを持ち上げた。




