蛍石スバルの災難
蛍石スバル、16歳。
怪盗シェルにまんまとお宝を奪われた少年は指示通りにエイジとシデンと合流。そのまま次の作戦に移る為に気合を入れていたのだが、偽物のアルマ・ペガサスを守っていたふたりからこんなことを言われてしまった。
『わかった。後は俺たちに任せて、お前たちは外で待機してくれ』
『カイちゃんの戦闘に巻き込まれたら大変だからね』
と、いう理由で美術館から放り出されてしまった。
言いたいことはわかる。
怪盗シェルに盗まれた瞬間、自分は盗まれた自覚がなかった。カイトが鼻で察知していなければ、今頃はまんまと逃げられていたことだろう。
また、生身のままではそのカイト達の足手纏いになるのも理解できる。
「でも俺たちだけ外ってのはなんか納得いかねぇ」
「仕方ないじゃないですか。こんなところで獄翼を呼び出したら騒ぎになりますし」
横からマリリスがソフトクリームを渡してくれたので、遠慮なく受け取る。
濃厚なバニラ味だった。
頭に上り始めた熱をバニラで中和しつつも、スバルは今の自分にできることはないかと懸命になって考え始める。
「美術館は大騒ぎだね」
「はい。恐らく、例の怪盗さんとカイトさんが接触したのではないかと」
屋上の一角がまるごと削られた、という騒ぎはあっと言う間に広がってしまった。
美術館は警戒態勢が敷かれ、一般人はすべて叩きだされている始末である。
「もしかして、こうなることを察知して私達を先に出してくれたのかもしれませんよ」
「誰でも予測できるよ。あの人らが暴れたらどうなるかなんて」
付き合いは長いのだ。
また、この半年近い戦いを間近で見てきているのである。彼らの戦闘を自分の常識の範囲で留めてはならないことなど、重々承知していた。
だが、いざ置いてけぼりにされると心苦しい。
「問題はカイトさんが怪盗シェルを捕まえられるか、無理だったかでしょ」
「それはそうですけど……スバルさん、怒ってます?」
「怒ってない」
自分に言い聞かせるようにして言い放つも、これでは怒っていると白状しているようなものだ。
どこか恥ずかしくなり、スバルはマリリスから顔を背ける。
と、そんな時だ。
「あ、スバルさん! あれを!」
「ん?」
マリリスに肩を叩かれ、スバルは指を刺された方角を見上げる。
ビルの屋上から屋上へと移動しながら戦っている3つの影があった。まるで映画のワンシーンのような光景だが、もう見慣れたもんである。
「怪盗シェルです! あそこで誰かに襲われてますよ!」
「マリリスってどっちの応援してるの?」
興奮気味に『頑張れ頑張れ怪盗さん!』と応援しはじめるマリリスを余所に、スバルは目を凝らす。
ビルの上で戦っている3人は揃って凄まじい動きを披露している。スバルやマリリスの目ではまともにとらえきれない。
問題なのはさっきから3つの影がお互いに攻撃しあっていることだ。
僅かながら件の怪盗の姿が見えるのは、彼が押されているからだろう。だが、彼を追い詰めている2人もまた戦いあっているようにも見える。あまりに速すぎるので姿を正確に捉えきれていないのだが、彼らも敵対しあっているのだろうか。
もしも片方がカイトだとすると、もう一方は何者なのだろう。
そんなことを考えつつもソフトクリームを舐めていると、上空できらん、と何かが光った。
「なんだ今の」
「どうしました?」
「いや、なんか光ったような気がして」
一瞬のことだ。ただのガラスの反射かと思いつつも、スバルはなんとか役に立てないかと3人の戦いを観察し続ける。
これが彼の災難の始まりだった。
時間をほんの少しだけ巻き戻す。
自身をサイボーグと名乗る男、ライトニングは全身を文字通り機械の皮膚で覆った『怪物』だった。
以前、カイトはアキハバラで機械人間ことシャオラン・ソル・エリシャルと激戦を繰り広げた経験がある。
ゆえに、彼はある心配を抱えながら戦っていた。
「おいお前」
「なんだ」
「お前は人を食うのか?」
「馬鹿を言うな。サイボーグになった今、俺は食べ物など不要だ。永遠に戦い続け、勝利できる身体を手に入れたんだからな」
「安心した」
「なに?」
機械人間はてっきり全員カニバリズム主義者なのかと思ったので、カイトは内心冷や汗をかいていたのだ。
だが、食わないのであれば問題ない。
なんたって今の自分は盗めるものがなにひとつない状態なのだ。服さえも捨てて怪盗に挑んで、カニバリズム主義者と出会ったらたまったもんではない。
「食ってこないなら安全だ」
「なんだと。貴様、なにをいっている」
「邪魔だ。誰にも純正アルマガニウムを奪わせん」
同じく服を脱ぎ捨てて機械の肌を露わにしたライトニングに肘打ちをお見舞いする。両手にセットされた刀は防御の姿勢を取っていたのだが、カイトの一撃はそれらの隙間を潜り抜け、見事にライトニングの顔面にクリーンヒットした。
「おごっ!」
機械で強化された神経にノイズが走る。
とても生身の人間が放つ一撃ではない。そう思いながらもライトニングはあらぬ方向へと吹っ飛ばされた。
「次はお前だ」
「誰にも俺を捕まえられないぜ!」
言いつつも怪盗シェルはカイトを意識せざるを得ない。
サイボーグですら生身で相手をする、恐ろしい人間だ。どちらがサイボーグなのか、一瞬本気でわからなくなってしまった。
だが、足の速さだけでは自分には追いつけない。
「アンタも足の速さに自信があるようだけどな。こっちも逃げ続けることについては自身があるんだよ」
「確かに」
カイトは認める。
怪盗シェルはかなり足の速い新人類だ。同時に、なにか秘密がある。不可思議な盗みを可能にする技、あるいは能力がまだ隠されているに違いない。
だが、こちらにも技がある。
秘策がある。
誰にもわからないであろう、腕がある。
「このままだと俺はお前に届かないだろう」
それはとても困る。
だから、
「腕を伸ばすだけだ」
右腕を前へと突き出す。
直後、右腕が飛びだした。
「え」
あまりに突然の出来事に、怪盗シェルは呆然。
カイトから突如放たれたロケットパンチは爪を突き出しつつ、まっすぐ自分に向かってくるではないか。
「え!? え!? なにそれお前、すっげぇ!」
なぜだかとても嬉しそうだった。
興奮冷めやらぬ様子の怪盗だったが、迫る右腕に回避が精一杯だ。
「よ!」
空中で身体を捻り、シェルは右腕をかわす。
が、同時に。カイトもまた右腕を動かしていた。人差し指が怪盗のポケットを抉ったのである。
「なに!?」
ポケットから零れる小さな光。純正アルマガニウムが、ニューヨークの街に落下していく。
「しまった!」
急ぎ、怪盗がビルを駆けていく。壁を垂直に下るという常人離れした技だった。
「間に合え」
カイトも精一杯右腕を伸ばし、純正アルマガニウムを握ろうと駆けだした。
だが、そんなふたりをひとつの声が遮る。
「お前たちに渡すわけにはいかん」
ライトニングだ。
ふとカイトが振り返れば、先程吹っ飛ばしたばかりのライトニングが何時の間にか背後まで迫ってきている。
「うお!」
背中を斬られた。
カイトは痛みを堪えつつもビルから落下していく。
「スーパーブースト、起動!」
ライトニングの下半身から青い炎が噴き出した。足の裏から飛びだした勢いをその身に宿し、機械人間が純正アルマガニウムへと突っ込んでいく。
「ネズミめ、お前にもわたさん!」
「はや――――!」
猛烈な勢いで接近してくるライトニング。
空を切って迫る刃。怪盗はその刃を睨みつけた。
直後、ライトニングの刃が怪盗の腕を斬った。ほんの僅か、皮を斬る程度の一撃だったが。
「む?」
手応えが薄い。
確かに腕を丸ごと持っていくつもりで迫ったのだが、どういうわけか狙いが逸れてしまった。
あのネズミの能力だろうか。
まあ、いい。
邪魔者はふたりとも始末できた。
後はゆっくりと地面に落ちた純正アルマガニウムを回収すればいい。
そう思い、ライトニングは輝きの落ちた先を見つめる。
純正アルマガニウムは地面に転がってなどいなかった。
ビー玉のような小さな輝きは、どういうわけか美術館の周りにいた少年――――蛍石スバルのソフトクリームにダイブし、そのまま飲み込まれてしまったのだから。




