レインコートがはだけるとき
心の中で安堵しつつ、怪盗シェルは夜の街を駆けていく。
デタラメ警備員が追ってきていないのを確認し、彼は一旦危機を脱したことを察した。
「……」
だが、油断はできない。
途中に感じた物凄い殺気は彼の物ではなかった可能性もある。早く隠れ家に戻って、純正アルマガニウムを排除しなければ。
屋上を蹴り上げてビルを飛び移り、シェルは周囲を見やる。
今のところ、追手が来ている様子はない。
「!」
だが、シェルが移動した先。
ビルをふたつほど挟んだ位置に佇んでいる、レインコートの男がいた。雨など降ってはいない。
レインコートは気怠そうに組を回すと、コートの中に両手をつっこむ。
「いいっ!?」
直後、コートが取りだしたのは刀だった。
左右に握られた刀を構え、レインコートはシェルに向かって突撃していく。
「ちょっと今回は相手の殺意高すぎないかな、本当に!」
誰に向かって言う訳でもなく、虚空に向けて文句を言う。
さも当然のように飛びかかってきたレインコートとぶつかる前に回れ右。一旦美術館に引き返す。
それを見たレインコートはシェルを睨みつけると、迷うことなく彼を追いかけだした。一瞬、頭の中にノイズが走る。
『ライトニング。首尾の方はいかがかな?』
「美術館から逃走を図っていた男を確認」
『純正アルマガニウムの反応は?』
「アルマガニウム反応有り。それも極めて高い濃度だ」
『では、それが目標だな。やはり、誰かが手を出してきたわけか』
「待ち伏せなんぞしないでも、俺が直接向かえばいいだろう」
『それはダメだ。言っただろう、あの美術館に勤務しているのは警備員だ。つまり、正義のために働いているわけだよ』
ゆえに、
『君が奪いに行くとなると、どうしても血は避けられない。血を浴びせるのは悪党だけで十分だ。いや、寧ろ本来はそうあるべきものなんだよ。正しい世界ってのは、そういうものだ』
「俺はアンタのいう正義の世界に興味はない」
『今はそれでいい。だがな、ライトニング。だからと言って、誰でも斬っていいわけじゃないんだ』
「そうだな。俺だって殺人鬼になった覚えはない」
『だろう。だからライトニング、悪党を斬れ。アメリカをうろつく薄汚いネズミを駆除して、純正アルマガニウムを入手するんだ』
「了解」
頭の中で行われた会話を切断する。
脳がすっきりした気分になった。冷えた夜の空気を吸い、灰に溜め込む。
「はぁ!」
空気を吐きだし、ライトニングは力強く跳躍した。そのジャンプ力はシェルを追い越し、彼の目の前で見事に着陸してみせる。
「くっ!」
「行き止まりだ、泥棒」
「ただの泥棒じゃないぞ。今世紀最高の怪盗、シェルだ。そこんところ、間違えるなよ」
「どっちにしたって同じだ」
両手の刀をちらつかせる。
「参る!」
「話し合う余地は!?」
「渡す気がないのは知っている。泥棒とはそういうものだ」
酷い偏見だけど合ってるからシェルは文句が言えなかった。
「ゆえに殺して奪い取る!」
「酷いな、生き物は大事にしろよ」
オケラだってミミズだってアメンボだって怪盗だって、みんなみんな生きてるんだ。トモダチなんだ。
「ていうか、お前どこの誰!?」
「喋る必要はない」
淡々と刃を振るい、ライトニングはシェルに切りかかる。
が、それらの斬撃はシェルに命中しない。
「ほう」
華麗なステップで躱すシェルを目の当たりにし、ライトニングは目を丸くした。
「ただのネズミではないな。新人類王国からも逃げ延びた、とは過大広告かと思ったが、まさか本当か?」
「俺は本物しか認めない怪盗だけどね」
「結構」
刀を交差させる。
混じりあった刀の点の位置に、紫色の発光が見えた。
「では本物の敵として始末をしよう」
「ちょっと待った!」
「む?」
鋭い待ったの声がかかる。
シェルは身震いした。あの人間ダンプカーが追いかけてきたのだ。爆走の気配がなかったので追ってきていないのだと思っていたが、甘かった。あの男は自分と同じように素早い走法も可能なのか。
「ちっ、面倒なのが」
僅かに振り返るシェル。
接近してきた声を見るライトニング。
が、彼らは呆然とした顔で自分たちと同じ屋上に君臨した男の姿を見ることとなった。
「どうやら純正アルマガニウムを狙うのは怪盗だけじゃないようだな。貴様、どこの誰だ」
ライトニングを睨み、腕を組む神鷹カイト。
とても挑発的な態度だったが、どういうわけか彼は全裸だった。文字通り、なにも身に纏っていない。靴さえも、だ。
「……お前こそ誰だ」
「山田・ゴンザレスだ」
「ウソつけ!」
シェルが力の限り突っ込んだ。
彼の記憶違いでなければ、少年から『カイトさん』とか言われていた気がする。どこにも山田が無ければゴンザレスもない。
「山田・ゴンザレス……山田・ゴンザレス……データにない。ただの変態か」
「誰が変態だ。こんないい天気にレインコートなんて着込んでる不審者め」
「いや、どう見てもお前の方が危ないよ! 映せないよ!」
「なにをいう。貴様の対策を考えれば、必然的にこの格好になる」
シェルを睨み、山田は当然と言わんばかりの口調で続けた。
「貴様は物を盗むことが強みだ。小さな隙さえできれば、その間に潜り抜ける素早さも兼ね揃えている。それだったら最初から盗むものがなければいい」
手を広げ、生まれたままの姿を披露するカイト。
「どうだ。間違ってはいまい」
「……」
尚、当の怪盗シェルは絶句していた。
なぜか向こうは勝ち誇ったような顔をしているのだから性質が悪い。もしかすると自分は馬鹿と戦わなければならないのだろうか。
そんなことを考えていると、ライトニングが先に動く。
「なるほど。物を盗む、か。確かにやられては困る」
「え」
納得しちゃったライトニング。
シェルは猛烈に嫌な予感を感じた。
「貴様の戦法、真似させてもらおう!」
ライトニングがレインコートを脱ぎ捨てた。
同時に、ズボンと上着もその場であっという間に脱ぎ捨てる。
「どわあああああああああああああああああああああああっ! ちょっと待て。なんでアンタまでその理論で来るの!?」
「盗まれたら敵わんからな」
「そういうことだ」
前後を全裸超人に挟まれたシェル。
じりじりと歩み寄る全裸超人ふたり。
「む」
が、互いに全裸になっても決して味方ではない。
カイトはライトニングが構えていた日本刀が、彼本人の手首から伸びているのを認識した。
さっきまでは手にしたと思っていたのだが、彼はこういう新人類なのだろうか。
「もう一度聞く。貴様、誰だ」
「誰でもない。俺は邪魔する奴は斬るだけだ」
刀に電流が帯びていく。己の部下と同じ様な扱い方だが、シルヴェリア姉妹とは違う箇所がはっきりとあった。
彼の足から火が出ているのだ。
まるで獄翼に装着されているブースターのように加速するのではないかと思うような、精密機械が身体に取り付けられている。
「サイボーグ!?」
ライトニングの正体を察し、カイトは呟く。
文字通り、機械と人間を融合させた人口戦士の呼称だ。新人類王国にいた頃、旧人類が新人類に対抗する為の手段として機械と融合することを考えていると聞いたこともある。
しかし、どうしてそれが今になって姿を現したのか。
「邪魔をするなら、お前も死ねぇ!」
ライトニングが加速する。
両腕から伸びた刀を回転させつつ、彼はカイトとシェルに向かって飛び込んできた。




