桃太郎
有名なお伽噺に桃太郎と呼ばれる物語がある。
3匹のお供を連れ、悪い鬼を退治するというお話だ。
王道な物語だが、王道だからこそ多くの人に愛され、継承されている。
勇者シンドーもこれを愛読したひとりである。
彼は桃太郎を読み、主人公に自分を投影してきた人間である。
別に周囲に鬼がいたわけではない。
しかし、敵を次々と薙ぎ倒していきたいという願望は人一倍保持していた。
故に、思い続けた。
3人の仲間と共に大集団に立ち向かう、己の姿を。
そういう意味で言えば、今の状況はとてもよかった。
周りに3人の仲間がいて、自分は勇者の肩書を任されている。
同時に機会があれば外に出て、現実の悪党たちを一網打尽にできるのだ。
正に理想を叶えてくれるゲームである。
現実でも、ゲーム世界でも、同時に主役になれたような気がした。
ドクトルは最強の人間を育成する為にこのゲームを作ったと言っていたが、正解だ。
今、この世界に勇者シンドーの右に出る者はいない。
ある筈がないのだ。
仲間たちは負けたようだが、この勇者シンドーだけは負けるわけがない。
そんな自信が、内から無限に溢れていく。
「少し、いいかな」
「ん?」
今から敵を倒そうと急いでいたら、声をかけられた。
見れば、何かが正面から飛び掛かってくる。
凄まじい跳躍力だ。
「誰だ、お前」
男のキャラクターだ。
だが、戦闘力はなぜか見えない。
NPCの類ではなさそうだ。
彼ははっきりとこちらに向かって話しかけてきた。
だが、今はこの男の言うことを聞く義理はない。
「悪いが、こちらは用事がある」
「まあ、そういわず」
「え!?」
瞬間、男の顔が真正面に現れた。
まだ距離があったはずなのに、一気に詰め寄ってきたのだ。
驚き、足を止める。
「な、なんだ!? お前、敵なのか?」
「敵かどうかはあなたの態度次第かな」
高圧的な態度だった。
男は長い前髪を靡かせつつ、簡潔に用件を口にする。
「持ってるんだろう、変身するアイテム」
「なぜそのことを」
「ネフィアから知識として受け取っている」
ネフィアの仲間だろうか。
だが、あんな前髪がやたらと長い男など見たことがない。
かと言って、知識を持っているのなら下手なごまかしは通用しないだろう。
「確かに持っている」
「それ、くれないか」
「冗談は夢の中で言うものだ。これはドクトルから貰った貴重品だ。はいどうぞ、と渡せるようなものじゃない」
「まあ、それはそうだ」
男は納得し、頷く。
「じゃあ、力づくで」
変身アイテムのことを聞いてきた時点でこんな予感はした。
しかし、シンドーは絶対の自信を持って剣を抜く。
ゲームの『主役』として、負けることなど考えていないのだ。
「誰かは知らないが、敵だと判断する!」
「構わないよ」
男に向けて剣を振りぬいた。
先制攻撃。
しかし、男は動じることなく剣先を掴んで見せた。
「なに!?」
びくともしない。
男も微動だにしていない。
しかも涼しい表情だ。
「ふん!」
スキルを発動する。
剣から炎が引き出て、周辺に火炎のエフェクトが溢れだした。
炎は間違いなくシンドー周辺を生物に襲い掛かっている。
しかし、男に与えられたダメージは、
「2!? たったの、2ダメージ!?」
「もしかして、今ダメージを与えられているのかな、私は」
熱を受け、男はのんびりと尋ねる。
「そうだとしたら真面目にやった方がいい。私はこう見えて退屈なのは嫌いでね」
剣を掴んだ指先から光が溢れた。
直後、シンドーの剣が砕け散った。
「うわ!」
衝撃で吹っ飛ばされた。
受け身を取って起き上がると、シンドーは驚愕の表情で男を見る。
「なんだ。今、何をしたんだ!?」
「君、驚いてばかりだな。そんなに興奮しないでも、ほんの少し指先に力を入れただけだよ」
なんてこともないように言ってのけた。
だが、シンドーは知っている。
今、自分が使っていた剣は間違いなくこのゲームにおいて最も性能が高い『聖剣』だ。
こんな枝を折るような扱いを受けていい剣ではない。
「お前は誰だ!?」
「ゼッペル・アウルノート」
名乗ると、ゼッペルは改めて問う。
「それで、変身アイテムをくれる気にはなったかな? 大分驚いてくれたようだが」
「どうするつもりだ!」
「勿論、使ってもらうんだ。満足がいく勝負がしたいからね」
誰に、という疑問は口にできなかった。
だがそれ以上に、彼の中で葛藤があったのだ。
このゲームで己が負けるわけがないという、膨れ上がった自信である。
「そうか。その目を見るに、まだ分かってもらえないようだ」
ゼッペルは残念そうに俯くと、目を細める。
「言っておくが、私は手加減があまり得意じゃないらしい」
だから、
「中途半端な実力で向かってくるなら、死ぬぞ」
「嘗めるな!」
剣がなくても、まだスキルがある。
このゲームにおける最大スキルを、油断しきっているあの男にぶつけてやる。
大きく手を広げ、魔法力を両手に貯め始めた。
「食らってあげてもいいのだが、そんな隙だらけの姿勢を見ているとつい反撃したくなるな」
またしても目の前に猛突進。
そしてボディアッパー。
「おぐぅ!」
一気に体力を7割近く削られた。
最高の防具で身を守っているのに、ただのボディブローでこのダメージ。
膝をつき、震えながらシンドーは問う。
「なんだ……本当になんなんだ、お前」
「しつこいな。私はゼッペル・アウルノートだと言っているだろう」
違う。
聞きたいのはそんなことじゃない。
「どうしてこのゲームで、ここまで俺を圧倒できるんだ……現実でも敵なんかいなかったのに」
「それは君が、君よりも強い敵に出会わなかっただけの話だ」
ゼッペルは思う。
あの運命の日までの自分も、同じだったと。
「まだ世の中には凄いことが沢山ある。なんでもひとりで出来ると思っていても、空の果てに輝く星までは掴めないようにね。明日にはもっといいことがあるかもしれないと考えると、いい気分になれる」
「俺はちっともいい気分じゃないな!」
己に回復魔法をかける。
削れた体力を回復すると、ゼッペルから離れていく。
「……まだやるのかな。これ以上は無駄だと思うが」
「いや、やってみないとわからないさ」
「ほう」
まだシンドーの瞳は諦めていない。
実力は完全にゼッペルが圧倒しているのだが、まだなにか作戦でもあるのだろうか。
そうだとしたら、それをへし折ってやりたい。
ゼッペルは心の底からそう思った。
「何をしてくれるのかな」
「確かにアンタは強いみたいだ。でも、俺はまだまだ強くなれる」
アイテムウィンドウを展開。
そこに表示されているアイテムをドラッグし、自分に使用した。
「これは、自分のステータスを増強する薬品アイテム。中でもドクトルから勇者権限で手に入れ、勇者権限で命名が許された最高のドーピング! その名もキビダンゴ!」
手持ちにあった大量のキビダンゴを摂取する。
チャットログに、シンドーの能力値が上昇した旨が表示されていく。
「強く!」
まだ食べる。
「強く!」
まだ摂取する。
「強く!」
まだ膨れ上がる。
「強く!」
まだ最強でいたい。
「強くぅ、なった!」
己の戦闘力の桁数が跳ね上がっていることに満足しつつ、シンドーは自身の身体を眺める。
全身が締め上げられたかのようにシェイプアップされているではないか。
美しい。
鋼のような身体、と漫画のキャラを表現することがあるが、まさに自分の今の姿がそうではないか。
「おめでとう」
満足げに己の身体を見るシンドーに、ゼッペルは拍手を送る。
歓喜している彼に対し、祝福を送っているのだ。
「でも、私の方がまだ強いな」
「なに?」
「試してみるか?」
ただし、
「人を待たせているからね。これ以上君と遊んでいると怒られそうだ。だから、一撃で行くよ」
目が真剣。
シンドーは僅かにたじろぐが、改めて自分のステータスを見る。
今までやってきたどのゲームでも確認できないステータスだ。
変身した後よりも強いのは間違いない。
だから、シンドーがこのゲームで最も強いのは間違いない。
「やってみろ。最強は俺だ!」
「言ったな」
ゼッペルがにやりと笑う。
「だったら本当に殺しに行くよ。忠告は何度もするものではないからね」
ゼッペルの掌から輝く何かが出現する。
それが剣なのだと理解するのに、そうは時間がかからなかった。
問題なのはその直後。
「あれ」
シンドーの視界が半分になる。
再び半分に。
更にまた半分になる。
「え?」
ゼッペルはその場で剣をふるっているだけだ。
空を切っているだけなのに、どうして自分の視界が、切断されているのだろう。
シンドーは気づかない。
ゼッペルの太刀筋が見えない刃となって己の身体を割いているのを。
ログに『シンドーが死亡しました』と記されたことを。
「倒されたら、少しの間はアイテムが所持品が転がるんだったな。じゃあ、遠慮なくもらっていくぞ」
シンドーは何も言えない。
自分の身に何が起きたかを理解できないまま、彼はゲームの中で切断されてしまったのだから。




