ゼッペル・アウルノートの挑戦
1年間の地獄を走り抜け、蛍石スバルは様々な強敵と戦ってきた。
その中で誰が最も強かったかと問われれば、間違いなく『神鷹カイト』であると答えるだろう。
だが、もしも戦わずに終わった強敵も含めたら誰と戦いたくないか、と問われたら。
『ゼッペル・アウルノート』
あまりにも強すぎた新人類。
戦うことに特化されすぎて、自力では誰も敵わなかった。
だが、そんな彼に自分は救われたのだ。
「私を覚えていてくれたか」
『あの時の意識は、ぼんやりとだけどあるよ』
「そうか。なら私が、君に何を望んでいるのかはわかるな?」
真剣勝負。
聞けば、ゼッペル・アウルノートはあの神鷹カイトですらまともな勝負にならなかったらしい。
それだけの強さを持っている男が、ただの旧人類である自分に勝負を挑もうとしている。
「受けてくれるな。その為に私はきた」
『嫌だ』
嘗てない恐ろしい強敵の登場に怯んだスバルは、反射的にそう呟いていた。
思わずずっこけるゼッペル。
「な、なぜだ!?」
『だって、アンタおっかないんだもん!』
「うむ、確かに」
戦ったことがあるアーガスも納得して頷いている。
「そもそも、我々を30分で叩き潰して山田君をも圧倒した君が、今更なぜスバル君に拘るというのだね。というか、どうして生きているのだね」
根本的な話だ。
ゼッペル・アウルノートは故人である。
誰も敵わないような強い戦士だった彼だが、最後には未来を守るためにその身を犠牲にした。
その痕跡は、強く目にこびり付いている。
「死んでいるとも。偶々、彼女が死者蘇生の術を使えたから、頼らせてもらったのだ」
「あくまでゲーム内のスキルだけど」
ゼッペルはあっさりと言ってのけた。
生き返ったわけではない。
あくまでネフィアのスキルで蘇っただけであり、死んだ事実には変わりないのだ。
「本当はこのスキル、ゲーム内で死んだ人間しか生き返れないスキルなの。でも、今日になってから誰かが呼びかけてきたのがわかった」
「それが私というわけだ」
「君は、彼女と知り合いなのかね?」
「いいや」
ゼッペルとネフィアは他人だ。
なんだったらまともに話をしたのは今日が初めてである。
「ただ、私は常に少年を見守っていた」
『げ』
「そんな嫌そうな声をしないでも」
とても残念そうな顔でゼッペルが恨めし気に呟く。
どうやら死んだ後の彼は、彼なりにスバルを案じていたようだ。
「余計なお世話なのは重々承知していた。だが、不可抗力とはいえ、君が私のことで気にしていないという確信がなかった」
『……なかったって言ったら嘘になるかな』
「だから心配だった。君には、未来を掴んでほかったから」
だが、ゼッペルが倒れた後の戦いは過酷だった。
多くの仲間たちが倒れていき、極限状態にまで追い込まれたリバーラ王との決戦。
そしてボロボロになって生還し、神鷹カイトとの決戦を経て今に至る。
「正直に言えば、あの人が羨ましかった。私も君と戦ってみたかった」
『なんでアンタが俺なんかと』
「あの人が私に言ったのだ。一番強いのは君だ、と」
そしてその言葉は、あながち間違いじゃないかもしれないとゼッペルは思っている。
事実として彼は王を倒し、今もこうして生き延びている。
立派だ。
始めて会ったときは贅肉の塊としか考えずに、見下していたのだが、考え方が変われば見方も変わるものである。
「だから、私も君と戦ってみたい。そこで、ゲーム内で蘇生術を使える彼女に頼んで蘇らせてもらったわけだ」
『すっごい簡単に言ってのけたけど、そんなことが可能なのか!?』
「多分、彼だけよ」
ネフィアが補足を入れた。
「私も信じ難いけど、ずっと貴方を見守っていたのでしょう? だったら、ログインした瞬間にその魂もゲームプレイヤーとしてカウントされても不思議じゃないんじゃない?」
『十分不思議ですけど!』
「ええ、私も馬鹿なことを言ってると思うけど、そう考えないと納得できないから」
『ていうか、そもそもの話さ。アンタはそんなことをしていいの? ドクトルはこのことを承知してるのか?』
「承知してるわけないじゃない」
仕事を請け負った以上、契約は守るつもりだった。
だが、このゲームはキルされたらそのまま死に繋がる。
ゆえに、自分よりも強いゼッペルを蘇らせてしまった時点で彼についていくしかないのだ。
「彼に殺されるか、契約主に殺されるか。どっちの方が生き残る確率が高いかって話よ」
「ひとつ、抜けている」
ここでリナが一歩、前に踏み出した。
「ここで、私に殺されることだ」
『リナ!』
「リナ君、美しく待ちたまえ!」
殺意剥き出しで前進するリナだが、アーガスはその前に出て停止を促す。
「どけ」
「いや、ここで強行するのは美しくない」
以前戦ったから知っている。
このゼッペルを、戦いで倒すことなど絶対に不可能だ。
無謀な戦いは、無駄な死を量産するだけである。
「どけ」
だが、リナの瞳にアーガスは映っていない。
ゼッペルもいない。
「私は、あいつを殺さなきゃいけないんだ」
アーガスを無理やり押しのけ、リナは猛突進。
そのままネフィアの顔面を殴ろうと襲い掛かるが、
「待て、まだ彼女は必要だ」
間にゼッペルが割って入る。
拳を難なく掴むと、力任せに押し倒し、そのまま足で背中を踏みつけた。
「あがっ!」
ダメージが表示される。
既に彼女の体力は瀕死寸前だった。
『ただの足蹴りでこれかよ!』
「どうやら、美しいことに蘇った後でも力は変わらないようだね。しかも、恐らくは手加減している」
『手加減!?』
「そうでなければ、足蹴りなどせずに美しく止めを刺しに行くとも。彼はそれができる」
「そういうわけだ。申し訳ないが、私は手段を選ばない方でね。満足のいく勝負ができるなら、なんだってするよ」
生粋の戦闘狂。
これまで出会ってきたどんな相手よりも、戦いに飢えている。
しかも勝利を求めているのではない。
ただ負けも含め、戦いを求めている。
故に、その勝負にたどり着くまでに躊躇いがないのだ。
「だから敢えて言うよ。この娘の背骨をこのままへし折られたくなったら、私と勝負をしろ、とね」
ほんのわずかしか残っていない体力が減少していく。
リナの苦悶の表情を見て、スバルは暫し沈黙。
やがて、口を開く。
『戦いって、具体的には?』
「先程も言ったように、オセロあたりで勝負といこうではないか」
『俺、オセロ苦手なんだけど』
蛍石スバル、21歳。
彼は子供の時、父とオセロをやって勝てた事がなかった。
「では、ブレイカーに乗って戦うのが一番それっぽいのではないかな」
『そっちは変身できるだろうけど、俺はできないよ』
「なに、できないのか?」
『そっちがシステムを隠してるからわかんねぇんだよ!』
「そうなのか?」
ネフィアを見つめ、尋ねる。
「説明はドクトルがやったって、聞いてるから」
「なるほど。しかし困った。私は君がいるからいいとして、スバル君に変身してもらうには……」
そこで、ゼッペルは何か考えついたのか。
にやりと笑った。
「ネフィア。確か君たちは全員が変身アイテムを持ってたんだったな」
「ええ……ちょっと待って。もしかして」
「既にふたり倒されてるなら、残るはあとひとつ」
理想の自分に変身するためには特殊なアイテムが必要だ。
クロエは既に倒され、サイラスはログアウト。
残るはネフィアとシンドーのみ。
「少し、待っていてくれ。今から変身アイテムを貰ってくる。それを使って私と勝負してくれ」
『そのアイテムって素直に渡してくれるものなの?』
「無理よ。私たちだってドクトルから貰ったアイテムだもの。普通に考えたら、そんな貴重なものを渡す筈がないわ」
「いや、渡してもらうよ」
リナから足を退ける。
少女は苦しげにもがくも、ゼッペルは気にする素振りも見せぬまま空を見つめた。
「丁度、向こうもこちらに来てくれているようだ。少し話してくるとも。だが、その間に彼女を殺されたらたまったものではない」
『アーガスさん』
「わかってる。私はそんな美しくないことはしない」
「結構。だが、この血気盛んな彼女はよく繋いでおかないと」
目を背けたまま指を鳴らす。
直後、透き通った鎖が地面から飛び出した。
鎖はリナの身体に巻き付いたかと思うと、そのまま彼女を締め上げる。
「あぐっ!」
「そのまま大人しくしておいてくれ。そうしていれば痛みはない」
それだけ言うとゼッペルは跳躍。
勇者が来る方角へとまっすぐ飛んで行った。




