美しさは剣よりも強し
なぜアーガス・ダートシルヴィーの戦闘力は群を抜いて高いのか。
蛍石スバルは数年前に共に戦った仲だから知っているが、この英雄は口だけではない。
確かに実力はある。
しかし、リナと比べて圧倒的に強いかと言われたら首を傾げてしまうだろう。
「アーガスさん、この数年で強くなった?」
『はははははははは! 確かに美しい私は故郷を守るために鍛えなおしたとも! 強くなってはいるだろうが、それ以上に気づく点があるだろう?」
「なにそれ」
『美しさだとも!』
力説するアーガスを見て、スバルは脂汗を流し始めた。
「まさか」
リナを通じてアーガス・ダートシルヴィーのステータスを確認する。
戦闘力は明らかに相手を超越しているが、ステータスの詳細を確認した限り、力や防御、素早さといった項目はリナと引けを取らない程度だった。
だが、その中で明らかに数値がおかしいことになっているステータスが存在していた。
美しさである。
「76000000って数値が見えるんだけど」
『何がだね?』
「アンタの……美しさ」
『ほう! ほうほうほう!』
途端に上機嫌になった。
ちょっと得意げなのが口調で伝わってくるから少しむかつく。
『念のために聞いておくがスバル君。私の美しさが高いのは、私自身が美しいからだ。そう認識していいかな?』
「開発者側の話をそのまま鵜呑みにするなら」
『いやっほい!』
初めて聞く嬉しい声が炸裂した。
やたらとテンションが高くなっているのが伝わってくるので、スバルはがっくりと項垂れる。
『美しさ76000000! 現実のあなたを反映しての数値なのか!?』
そして今回の相手であるサイラスはその数値を聞き、驚愕していた。
心なしか腰を抜かして倒れこんでいる。
『あわわわ……こんなことがあるのか。現実にこんな綺麗な人がいるのか!?』
『何を言う! ここに美しく君臨しているではないか! 美しくて美しくて美しいこの私が、目の前に!』
お決まりの天井指突き付けポーズ。
サイラスは『ほんげぇ』と間抜けな声をあげつつ転げ落ちた。
『なんて美しいんだ! こんなに美しい人がいるなんて……僕は、僕はどうにかなっちゃう!』
「どうにかなってくれないかな」
顔を覆いつくして今にも泣きだしかねないサイラスに向け、スバルは冷たい口調で言い放った。
『教えてください! どうしたら貴方のように綺麗になれるんでしょうか!? アーガスさん……いいえ、アーガス美神様!』
とうとう神扱いされてしまった。
これを聞いた当の本人はと言うと、
『君は自分自身が美しいと思うことはあるかな?』
『いいえ!』
真面目に質問に答えていた。
『僕なんか、現実だとデブだし、かっこよくもないし、少しも綺麗じゃない……牧場で解体されるのを待つだけの豚なんです!』
「あの。流石にもう少し自分を大切にしてあげたほうがいいと思いますよ」
『その通りだ!』
ガックリと項垂れて涙するサイラスの肩を掴み、アーガスは語る。
『君は理想の美しい自分という物を持っているかね!?』
『はい! 僕は、綺麗なサイラスになりたい!』
綺麗なサイラスってなんだろう。
サイラスをよく知らないスバルは眼を細くしつつ、リナへと語りかけた。
「リナ、綺麗なサイラスってなに?」
『知るか。私に聞くな。というか、これはなんだ』
「金髪の人って面倒くさいんだよ」
全国の金髪の人間を敵に回しかねない発言を残しつつも、スバルは付け足した。
「一応、この間に休憩しておいてね」
『馬鹿を言うな。これはチャンスだ』
「そうだね。君が体力を回復する好機だ」
『……分かってて言ってるだろう』
リナが言いたいことは理解している。
勿論、サイラスが敵として登録されているのだから、戦いは避けられないとも認識していた。
だがそれ以上にスバルはアーガス・ダートシルヴィーという男を信頼したいと思っている。
「大丈夫。ここはあの人に任せてほしい」
『あいつは何者だ』
「ナルシストで金髪で迷惑な奴」
でも、
「信頼はできる人だよ。今は、だけど」
それを聞いて、リナは不満げに顔をそむけた。
だが同時に、回復速度が高まっていくのをスバルは見逃さない。
どうやらここは回復に専念してくれるようだ。
後はアーガスがサイラスをなんとかしてくれると信じ、スバルはモニターを見つめる。
『サイラス君、君は美しい私のように美しくありたいと言ったね』
『はい! 美神様!』
『残念だが、私はまだ自分を真の意味で美しい男だとは思っていない』
『え?』
『確かに毎日の肌のお手入れや体調管理を欠かしたことはない。外見の美しさを保つためにはメンテナンスが美しく必須だからね』
しかし、いくら外見を綺麗に見せても、心が汚れていたらあっという間に醜くなってしまう。
アーガスはそれを痛感した。
『サイラス君。君は美しい者とはどういう者だと思うかな? 私は常に美しくありたいと思っているが、その為に必要なのは美しい身体づくりと美しい心の在り方だと思っている! そして同時に、それらを見失わない美しい心がけだと思っているが、君はどうなりたい!?』
『僕は……綺麗になりたい!』
『ならば美しさに妥協を求めるな! 自らの美しさを掴むために、美しくないことはしてはならん! 心は身体に現れるのだよ!』
『心は身体に!』
なんだか激しく共感し始めた。
心なしかサイラスの体力が激しく消耗している気がする。
「なんでアイツの体力ゲージが減ってるんだろう……」
『知るか。私に聞くな』
白い目を向けるスバルとリナだが、アーガスはまっすぐサイラスを見つめたまま叫んだ。
『そう! 今日から君は美しい者だ! その心をどれだけ強く保てるかが、その人間の美しさを表すと私は思っている。綺麗になりたいのであれば、それに見合う美しい精神を持ち続けたまえよ!』
『はい、美神様!』
サイラスは静かに立ち上がる。
『僕は綺麗になります! そしてあなたの美しさに迫るステータスを引っさげて必ず帰ってきます!』
直後、サイラスは光と共に消え去った。
ログアウトしたのだ。
過去ログにもそう記録されている。
明らかにクロエをキルした時と内容が異なっているので、死んでいないと考えていいだろう。
「……えっと、この場合どうなるの?」
状況を呑み込めないまま立ち尽くしているスバルが呟く。
ドクトルからの返答は返ってこない。
だが、恐らくこの事態は向こうにとっても計算外の筈だ。
案外チャンスかもしれない。
「リナ、アーガスさん!」
ふたりに呼びかける。
「後の敵はふたりだ。位置はどうなってるか確認できる!?」
『待ってろ』
リナが画面を開く。
マップに表示されている敵の位置は、いまだに変化なし。
「まだ動かないのか」
『ふむ、確か情報によれば相手は4人だったね。先ほどのサイラス君は現実で己と美しく向き合っているだろうから、しばらくは戻らないと考えていいだろう』
「流石に呑気ってことはないけど」
特にアーガスの参戦で敵は脅威を抱くはずだ。
美しさだけが異常に際立ちすぎてサイラスを無力化させた程である。
傍から見れば、彼の存在は脅威以外の何物でもない。
勿論、戦闘力という意味でだが。
「でも、それにしては悠長すぎる気がするんだよな。少なくともクロエがやられてるのは知ってるはずなのに、どうして他の連中は攻めてこないんだろう」
『ふむ、心配するのはもっともだ。美しく推理するなら、切り札があるから自分たちのスタンスを崩さない、というのが考えられるが』
だが、彼らの切り札はすでに分かっている。
戦闘力を大幅に上昇させる変身だ。
しかも既にクロエ戦でこれを破っている。
『あるいは、動けない理由が彼らにあるのか』
『どうでもいい。あいつらがどうなろうが知ったことか。どうせ倒すんだから、早いか遅いかの違いだ』
『ふっ、美しく行動力のあるお嬢さんだね。スバル君、彼女が例の子かな?』
「うん。できれば突っ込みすぎないよう注意してあげてくれない? さっきみたいに目を離したすきに殺されかけたりしてると洒落にならないから」
言われ、リナは無言で睨みつけてきた。
大笑いしながら頷く美しい男は、全く怯える様子もなく快諾していた。
変なのが増えた。
大雑把にそう認識すると、彼女は大きくため息をついた。




