脆い倫理観
クロエの大きさはリナの10倍以上にまで膨れ上がっている。
同時に、戦闘力も大きく増した。
それによりリナとの間にあった大きな溝は一気に解消されたようにも見えるのだが、弱点もあった。
本人はまだ気づいていないようだが、体格差がありすぎて大振りとなってしまっているのだ。
『くそ! くそくそくそ!』
ナイフを乱舞。
その刃先は周辺の岩を砕き、バターの様にスライスしてみせるが、悉くがリナに命中しない。
『すばしっこい奴だな! いい加減にくたばりやがれ雑魚野郎!』
加えて、クロエ本人に忍耐力がない。
少し挑発しただけでバリアを解き、再びナイフで攻撃してきたのだ。
「戦闘力は確かにアンタの方が上だ。それは認める」
でも、
「強いだけの奴なら、幾らでも見てきた」
これまで出会った数々の強敵がスバルを強くした。
望んで得た力ではない。
しかし、経験は確かな実力となり、少年だった凡人の中に積み重なっている。
「お前はその中でも、特に大したことがない奴だよ」
『なんだと!?』
半分挑発。
半分本気で口にした。
クロエはナイフを放り捨てると、今度は上空へと飛翔。
何もないところから光を形成すると、それが集ってひとつの武器を作り出した。
バズーカ砲だ。
『だったら、これでぶっ殺してやる!』
バズーカの銃口から光が射出される。
光は大地に命中すると、そのまま炎の柱を噴出させた。
柱を中心として爆炎が巻き上がり、周囲の物を容赦なくなぎ倒していく。
『これなら逃げられないだろ!』
森は全焼。
サンタイト王国は消し飛び、海と平原も荒野となってしまった。
これだけ広範囲に影響を与える武器なのだから、絶対に余波を浴びて死んでいるはずだ。
確信がクロエにはある。
「生身の人間がブレイカーをぶっ壊せると思うか?」
『え?』
声が聞こえた。
すぐ耳元で聞こえてきた『雑魚』の声に反応すると、クロエは反射的に振り向いてしまう。
手を広げ、こちらを冷め切った表情で見るリナの姿がった。
「教えてやるよ」
掌から炎が放たれた。
炎はクロエの顔面を焼き、首を切断する。
『ひ―――――』
絶叫する暇もなく、クロエの肉体が光となって霧散していく。
完全に敵の存在が消失したのを確認すると、スバルはコントローラーの設定を元に戻した。
「ふぅ」
『良かったのか』
「なにが?」
身体を勝手に操作したことに文句を言われるかと思ったが、意外なことにリナからは気遣いの言葉が飛んできた。
『アイツ、死んだんだろう?』
「このゲームシステムが俺の想像通りなら、そうなるな」
『お前、人を殺すのは抵抗があるんじゃないのか』
「あるさ。今だって心臓がバクバク言ってる」
自分の大切な何かが壊れていくのを感じる。
少年の頃に何度も味わった感覚だ。
昔、同居人はこの感覚を『慣れ』で押し通したと言っていたが、その意味がなんとなく理解できた気がする。
「でも、昔と比べてあまり抵抗がなくなってる。だから大丈夫」
『……』
リナは何も言わない。
だが、それがありがたかった。
自分でも反吐が出るようなセリフを吐いてしまった自覚があるからだ。
己に対する嫌悪感で胸が締め付けられてしまう。
『お前は、強いんだな』
「雑魚だよ、俺は。アイツが言ったように」
『いや、お前は強い。私が想像していた以上に』
「そんなことはないよ。俺には君みたいに強い意思はないさ」
脆くなった自分の倫理観に嫌悪を抱きつつも、時計を確認。
「リナ、今確認したけど、こっちの時間も2時間近く経ってる。そっちと同じように行動できるなら、俺はこっちから援護するけど、いいか?」
『わかった。だが、そこから分かることはあるのか?』
「少なくとも荷物は減る」
『確かに』
言われて少し悲しくなった。
だが、先ほどの己の発言で感じた嫌悪感と比べたら、なんてことはない。
「俺のところからはログオフしてるから情報は見えない。でも、今はリナの筐体にマイクと筐体を接続してるから声を届けられてる状態だな。だから、あくまでリナの視界から判断してアドバイスをすることになるけど」
『言っておくが、何度もメニュー画面を開くのは御免だぞ』
「大丈夫。大事な要素は一通り抑えてある」
幸い、今回の戦いはあくまでプレイヤー戦だ。
ブレイカーになったクロエがリナの火力で倒せると証明できただけでも収穫なのである。
しかも、戦闘力に差があっても一撃で倒せた。
「多分、弱点に至近距離で攻撃をあてた時にクリティカルダメージが出たんだ。クリティカルはステータスに比例して大きく伸びる上に、リナの炎は首から顔にかけて全体に多段でヒットしてる。だから体力に差があっても倒しきることができたんだ」
『つまり、どういうことだ?』
「首を狙えば能力差はなくなる。これはリナがやられた場合でも同じだと思う」
『じゃあ敵が大きければその分有利になるということだな』
「向こうの攻撃を受けないことが大前提だけどね」
その為にスバルはよく注視して敵を見切る必要がある。
だが、ここは得意分野だ。
そんなに問題ではない。
危惧しなければならないのは、他の勇者一行の動きだ。
「リナ、他の連中に動きはある?」
『今画面を拡大する』
マップが拡大された。
敵のいる場所を示す点は、先ほどから動いていない。
「動きは全然ないな」
『なら、このまま順番に潰していくだけだ。他に案はあるか?』
「いや」
クロエがやられたのは、倒された瞬間に伝わったはずだ。
実際、リナのログにはクロエをキルしたと出ている。
これが仲間達にも伝わっていない筈がない。
では、なぜ動かないのだろう。
クロエが倒されても尚余裕があるのだろうか。
だとしたら、このままひとりずつ倒そうとするのは危険なのでは。
負の思考が止まらなくなる。
そんな思考に待ったがかかった。
スマホが鳴り響いているのだ。
「リナ、俺の方に連絡がきた。話しておくから、先に向かってくれ」
『わかった』
移動を開始したと同時に、ヘッドセットを外す。
そのまま振動する携帯を手に取り、通話相手を確認した。
アーガス・ダートシルヴィー、と表示されている。
「げ」
反射的に漏れた言葉を抑え込み、通話を開始。
「もしもし」
『ふははははははははははははは! 美しく元気かなスバル君! そして美しく久しぶりだね! 私を覚えているかな!? 天と地と海の狭間から産み落とされた、この世の神秘であり天然記念美貌! 美しき美の狩人、アーガス・ダートシル』
煩かったのでミュートにした。
通話を切らなかっただけ自分を褒めてあげようと心に言い聞かせる。
やや経った後にミュートを解除。
「久しぶりアーガスさん」
『スバル君、やや反応に遅れがあるようだが、その環境は美しく電波が弱いのではないかね?』
「いや、単に音量調整してただけだから気にしないで」
『ふははははははは! なぁんだそうなのかぁ!』
言葉を交わすのは久しぶりなのだが、全く変わっていない様子だった。
そのことにちょっとした疲労を感じつつも、尋ねる。
「それでどうしたの? アーガスさんから連絡くれるのは珍しいじゃん」
『何を言う。我々に美しき助けを求めたのは君ではないか』
「え?」
確かに仲間たちにメールは送った。
びびあんに状況を連携するついでに、嘗ての仲間達にも転送したのだ。
『安心した前。君がどんな苦境に立たされたとしても、この美しくて美しい私が来たからにはもう安心だ』
「いや、安心って……国は!?」
そもそもの話。
アーガス・ダートシルヴィーは故郷の復興に務めている筈だ。
外交にも積極的に参加しているとも聞いている。
自分とは比べ物にならないほど、忙しいのえはないのか。
『トラセットも心配はいらない。私には美しくて優秀な部下がいるからね。君には随分と世話になったようだが』
「無理やりダンスさせられた思い出しかないけど」
『はははははは! 照れるな照れるな! それに、彼女たちにも言われたのだよ。君に迷惑をかけた以上、助けには応えたい、とね』
「それはありがたいけど、トラセットから日本までかなりかかるんじゃ……」
『もう日本だよ』
言われ、スバルは絶句する。
『君のメールの内容もとてもよかった。丁寧に概要が纏められていたから、私も迷うことなく来れたよ。会社で上手くやれていると聞いて美しく安堵していたが、実に喜ばしい』
「え? 嘘、日本にいるの!?」
『そうだとも。飛行機に優雅に乗っては君の助けに遅れてしまうからね。全力で走ってきたさ!』
唖然とした。
この男も超人だと認識していたが、ここまで出鱈目だったのか。
『もうビルの前まで来ている。遠慮せずに美しき私に頼りたまえよ。美しく解決して見せようではないか!』




