戦闘力の差をひっくり返すカラクリ
スタミナを消費すれば疲労感を感じる。
リナの炎で熱を感じる。
空から急降下して寒気を感じる。
考えてもみればおかしな話だ。
必死すぎた1年間のせいか、感覚が麻痺していた。
これはただのゲームじゃない。
蛍石スバルはサンタイト・クエストの秘密に気付いた。
「ここではゲームの感覚が現実にリンクしている!」
ゆえに、ここでクロエを殺せば現実のプレイヤーも死亡するのでは。
辿り着いた持論を述べるも、リナは興味なさげにぼやく。
「それがどうした」
既に火球は放たれた。
止める気はない。
「敵なんだから、殺す気で撃つのは当たり前だ」
炎がクロエに着弾する。
だがその直前、倒れこんでいた彼の姿が消えた。
床に火球が命中し、飛び散る。
「逃げたな」
「今のは回避系のスキルだな。でも、足を負傷してるならそんなに移動できない筈だ。見つけたらできるだけ殺さないようにね!」
「なぜだ」
「なぜってそりゃあ」
「生かす理由がない」
敵なんだから当たり前だろう、と言われた気がした。
氷のような眼差しをスバルに送りつつも、リナの尻尾が蠢く。
別の生き物のように活動始めたそれは先端を鋭く尖らせると、まっすぐ飛んでいく。
「お前の知り合いなら諦めろ。そいつは敵だ」
尻尾がスバルの目の前でまきついていく。
同時に、嫌な音が鳴り響いた。
「あぐ!」
何時の間にか後ろに回り込んでいたクロエのスキルが解除され、透明になっていた姿が再び現れた。
巻きついた尾が継続的にダメージを与え続ける。
「後ろにいるお前を狙っての行動だな。ナイフも抜いている。明らかに敵だ」
遠回しに命を狙われていたのだと警告された。
だが、スバルは敢えて問う。
リナではなく、クロエにだ。
「……俺の予想は当たってるのか?」
「ああ。だから弱そうなアンタから狙ったんだけどね……」
「どうしてそんなゲームに乗ってるんだよ!?」
スバルには理解できなかった。
少なくともクロエはこのゲームシステムを理解したうえでドクトルに協力しているのだろう。
だが、なぜ協力するのかわからない。
「ゲームで人を殺すのが目的なのか!?」
「あ?」
何を言ってるんだこいつ、という顔で見られた。
同時に、スバルは理解する。
クロエは自分を見下している。
過去に何度も見たことがある、新人類軍が自分を下に見ている表情にそっくりだった。
故郷にやってきた大男の嫌な顔が、クロエとだぶる。
「雑魚のくせに説教する気かよ」
「今はお前が捕まっているがな」
締め上げの力が強くなる。
クロエにダメージが入るが、その表情にはまだ余裕があるように見えた。
疑問に思い、スバルはリナに尋ねる。
「リナ、手加減してる?」
「いや」
だが、リナも違和感を抱いたらしい。
殺す気で締め上げているが、クロエは全く抵抗する様子もなかった。
「貴様、なんのつもりだ。殺せないとでも思ってるのか?」
「少なくとも、背中のサハギンは抵抗感あるみたいだけど?」
「なら証明してみようか」
クロエを締め付ける力が更に強くなった。
激しい痛みと共にダメージが表示される。
「くく……」
だが、やはりクロエは笑っていた。
リナの記憶が正しければ『前のクロエ』はここまで頑丈ではなかった。
死なないにせよ、もう全身の骨は砕けているはずだ。
なのに、どうしてまだ笑っていられるのだ。
「いやぁ、つえぇつえぇ。聞いてた通り、マジで強いでやんの。まるで歯が立たないぜ」
「負けを認めて降参した方が身のためだよ」
一応勧めてみるが、それが通用しない相手なのは承知していた。
このゲームを始めてからずっと疑問に思っていたことへの答えが今、明かされようとしている。
そんな予感があった。
「それとも、まだ戦う力があるから、ここからが本気ってことかな」
「なんだ。お見通しなのかよ」
「それだけ追いつめられて余裕面してたら誰でもそう思うよ」
それに、他ならぬドクトルがリナの戦闘力に脅威を感じていないのだから、当然何かあるとは思っていた。
戦闘力の差を埋めるカラクリだ。
「んじゃあ、浅慮なく使うとしますか」
「そうは――――」
「発動条件は、ゲーム内で致命傷を負った場合だ」
ゆえに、ここで力を籠めることで発動条件は見たされる。
力強く巻き付いた尾が、強烈なパワーに弾かれた。
「くっ!?」
同時に、クロエの身体が輝きだす。
彼を中心にして、凄まじい風が唸りを上げた。
真正面からクロエを見ていたスバルは、徐々に変化していくその姿を観察していて呟く。
「大きくなってる!」
「巨大化の類か!」
「いや!」
単純に大きくなっているのではない。
姿も歪になり、翼のようなものも生えている。
眩い中で見えていくそのシルエットは、スバルのよく知るものだった。
「ブレイカーになってる!」
「ぶれい、か?」
ゲーム内で致命傷を受けると、そのダメージをキャンセルして強制的にブレイカーの身体を得るシステムだ。
これが彼の切り札。
スバルは即座にクロエのステータスを確認する。
「戦闘力130000!?」
先ほどの10倍。
リナの戦闘力すら大きく超える数値を叩きだしている。
『そりゃあ人がブレイカーに乗るんだ。重量がある方が強いに決まってるだろ!』
変身が終わったのか、クロエだった物が動き出す。
見上げた感じ、全長は嘗ての愛機達と大差がない。
外見から判別したところ、ミラージュタイプの特機なのだろう。
背中に取り付けられた飛行ユニットから小さな穴が展開され、そこから何かが飛び出していく。
「なんだ、あれは」
見慣れぬ物体を見て、リナは首を傾げる。
だが、スバルは青ざめつつも叫んだ。
「逃げて! ミサイルだ!」
しかも完全に対人を想定したタイプ。
1発だけ発射されたミサイルだが、それは空中に弾けることで、中から更に小さな小型ミサイルが射出される。
「人を殺すことに特化した武装だぞ! アイツ、そこまで再現されてるのか!?」
『当然だ。その方が遊びやすいしな』
しかも敵は完全に遊び感覚でこの兵器を使ってきている。
与えたダメージがそのまま人体に影響を与えると理解したうえで、だ。
「こいつ……!」
『何を許さないって顔をしてるんだサハギン野郎! お前が何を言いたくても、俺には届かないよ。雑魚の言葉なんてな!』
ミサイルが弾ける。
弾けた中から、更に小さなミサイルがばら撒かれた。
周囲に着弾すると、爆発。
リナの周りを爆炎が包み込んでいく。
「強烈な威力だな……」
「回復アイテムはいる!?」
「まだ必要ない。ところで、お前はいいのか。もう手加減とか言っている余裕はないが」
「話し合いが通用しないなら、仕方ない。諦める!」
本当は良くない。
気分がよくないが、しかし。
今は倫理とか言っている場合ではない。
クロエは本気でこの遊びを遊びつくすつもりでいる。
雑魚だからと言って、そのまま遊ばれるつもりはない。
その迷いは、あの地獄の中で捨てた――――筈だ。
「リナ、とにかくここから離れた方がいい! 一撃でも受けたら、殺されるかもしれない!」
『そうはいくかよ! さっきのお返しをさせてもらうぜ!』
クロエが跳躍する。
手にナイフを握りしめ、刃先を地面に向けた状態で飛びかかってきた。
『余波だけで死んだら、その時は諦めろよ』
刃先が大地に叩きつけられた。
衝撃が生まれると同時、それは波状に広がっては破壊を生んでいく。
リナにダメージが初めて発生した瞬間でもあった。




