ファイア・ボール
2時間かけてサンタイト大陸へと移動したスバルは、素直に思ったことを口にする。
「こうしている間でも、リアルでは同じ時間経過してるのかな」
お腹を擦って考える。
そろそろ空腹を感じる時間のはずだ。
だが、今のところその気配はない。
「ここまでノンストップで行動してるけど、身体の方は大丈夫なのかな」
「さあな」
「さあなって」
「私は奴らを根絶やしにできればそれでいい」
「そうだとしても、身体は資本だぞ」
社会人になって一層強く認識したことである。
生きるためには稼がなければならない。
稼ぐためには働かなければならない。
働くためには健康でなければならない。
蛍石スバルが認識する労働三原則だ。
「ちゃんと食べて、身体を動かしておかないといざという時に不健康だろう」
「ずっと背負わされてるんだが、それはいいのか?」
「多分よくないと思う」
思うのだがしかし、スバルがお荷物なのは事実だし、それを受け入れたうえで背負わされているので強く否定できない現実があった。
「とはいえ、ログアウトできるようにっていうのはこちらから出した要望だからな。ちゃんと休憩の権利は守ってもらわないと困るぜ」
「だが、精霊が約束を守る理由はない」
とても今更な突っ込みだった。
リナとしては精霊をこの手で殺せればなんでもいいので拘らなかったのだが、ここまで手段を選ばずに自分の好きなことをしてきた女が、今更約束を守るだろうか。
ありない話だ。
「いや、やるよ」
「なぜ言い切れる」
「最強の人間を作るのがあいつの夢だから」
確かにドクトルは嫌いだ。
嫌いな奴を信用しろというのは難しい話である。
しかし、同時にスバルは彼女をひとりの技術者としてみていた。
それも拘りが大きく肥大化した秘術者である。
「自分の美学を大事にする奴は、ある意味では信頼できるんだよ」
「……貴様がそう思いたいなら、それでいい」
それ以上の問答は無駄だと考えたのだろう。
リナは白けた表用のまま、新たな問いを出す。
「だが、このまま探すのは変わらない。なにか策はあるか?」
当面の目的はドクトル陣営の4人のプレイヤーを探し出して、これを倒すことだ。
恐らくNPCが言ってた勇者一行がこれに当てはまるのだと思われるが、彼らをどうやって見つけるのかが難題である。
「サンタイトは広い。当てがないと、こちらは動きようがないが」
実際にサンタイト大陸を体験したことがあるリナに言われたら説得力がある。
だが、スバルも馬鹿ではない。
この2時間、背負わされている間にこのゲームのルールと仕組みを勉強していたのだ。
「大丈夫。まだこのゲームは一般では出回ってない」
「どういうことだ」
「普通に参加しているプレイヤーは俺とリナ、そしてドクトル陣営だけだ。つまり、それ以外に参加者がいるはずがないんだ。まだ参加のしようがない」
だからNPCじゃないプレイヤーを探す術さえあれば、簡単に見つかる。
その逆も然りだ。
「向こうは俺たち以上にゲームに詳しい。ひとりは首謀者な上に開発にも関わってるわけだから、当然俺たちがどこにいるのかは理解してるはずだ。誰が一番近いのかも、な」
「勿体ぶらずに言え。どこに誰がいる」
「流石に特定まではできないよ。でも、誰かがどこかにいるのは確認できる」
スバルは地図を開く。
図面を大きくし、サンタイト大陸そのものを確認した。
ここで彼はあるセレクトボックスを注目する。
人口、と書かれた項目だ。
「これを切り替えれば、現時点でどの地域にどの程度のプレイヤーがいるのわかる」
人口を『プレイヤー』に切り替える。
各地にいるプレイヤーの位置が表示された。
自分たちが重なっているため、小さな点で表示されているが、他の地域にも小さな点が4つほどある。
「多分、本来ならどこが一番流行な場所なのかを表示するための機能なんだろうけど、今は俺たち以外にプレイヤーがいない。だから、この点を追っていけば自然とそいつ等と当たるってわけだ」
「近いのは?」
「サンタイト王国。一番大きな町でもあるな」
リナは目を凝らす。
遠い山々の向こう。
雲でうっすらと透けて見えるが、間違いなくあそこには城がある。
自分が過去に燃やした記憶もある場所だ。
もし、あの時と同じ配置なのだとすると、
「ネフィアがいるのか」
「誰かはわからないよ。そこは肉眼で確認するしか……」
「行くぞ」
リナが走り出す。
これまでにない力を背中越しから感じ、スバルは僅かに震えた。
「ちょ、待て! 揺れてるって!」
「我慢しろ。そいつを殺すまでだ」
「殺すまでって……」
「場所だけ言え。後は自分でやる」
城が見える方角へ真っすぐ走り出す。
途中、飛翔しながらもリナは勢いを止めることなく突撃していった。
スバルはプレイヤーの影に注目しながら、指示を出す。
「動かない! 向こうにもこっちは見えてる筈なのに!」
「自信があるのか?」
「そうでないと動かないってことはないだるな!」
空の上を飛んでいるためか、スバルは強めに発言する。
だが、彼のことを気遣うことなくリナは飛翔を続ける。
いよいよ城が真下に迫るという時点で、スバルが叫んだ。
「真下だ! 丁度俺たちの位置と重なってる」
「わかった」
空中で静止。
右腕に炎を纏いながら、それを地面へと突き出した。
急降下!
「うわ――――!」
「衝撃が来るぞ。堪えろ」
無茶な事を言う。
だが、文句を言ったところで彼女が止まらないであろうことはよく理解していた。
ゆえに、衝撃に備える。
「見えた!」
遂にリナが標的を肉眼で捉えたようだ。
後ろで背負わされているスバルにも情報が届く。
プレイヤー名、クロエ。
戦闘力は13000。
「盗賊の奴だ!」
「そうか」
炎の勢いが強くなる。
スバル自身もやや焦げつつ、炎がリナを覆った。
「熱い! あっちい!」
「我慢しろ。このまま焼き尽くす」
火球が城に激突する。
奇麗なグラフィックで再現された壁が崩壊し、床を貫通。
建築物にダメージが発生したのをトリガーとし、NPCたちが戦闘体勢に入った。
「纏わりつくな!」
1階に着地した瞬間、リナを覆っていた炎が爆散した。
散った炎は熱を放射し、周りの人間兵を一瞬で焼き尽くす。
経験値がリナに入ったのを確認しつつも、スバルはログを追った。
「リナ、盗賊はノーダメージだ」
「躱したか」
燃えていく城。
周囲を見渡すも、もう兵隊はいない。
人影らしきものは、どこにもなかった。
「表示も消えてる。これは姿を消すスキルだな」
「見つける方法は?」
「辞書を検索した感じだと、ダメージを与えるか魔法無効化の類しかないな」
だが、先ほどの熱線は周囲の兵隊たちを焼き払っている。
真下にいた筈の盗賊が躱しているとなると、かなりの回避能力なのではないだろうか。
いかに戦闘力に倍の余裕があると言っても、油断していたらやられるかもしれない。
そう考えていた時だった。
「もうひとつあるようだ」
「え?」
「匂い」
「におい?」
どこぞの金髪を思い出すのであまりいい単語の印象ではない。
だが、リナは間違いなく匂いで敵を追跡しようとしていた。
「ゲームで匂いを感じるの?」
「現にある。だから問題ない」
尻尾が伸びた。
あのテイルマンのように即座に伸びた尻尾は、蛇のようにうねうねと動きながら柱の陰に隠れていた敵を捕まえた。
「うお!」
男の声が聞こえた。
これを当たりと考えたリナは、思いっきり尻尾で捻り上げる。
クロエの名前が表示された。
同時に、彼の体力ゲージが大きく削られる。
柱の陰から、男が倒れこんだ。
「……お前がクロエか」
「痛っ……クリティカル無しでこれとか、どうなってんだよこのボス!」
足を抑えながらクロエが睨みつけてくる。
同時に、スバルは疑問を抱く。
何故彼はこんなにも痛がっているのだ、と。
これはゲームだ。
ダメージを受けて悔しがるのはわかる。
だが、あの表情と動作は本当に足にダメージを負った者の仕草ではないか。
「まさか」
「死ね」
巨大な火球が放たれた。
スバルが待て、と口にするよりも前に、クロエの身体が火球に飲まれていく。




