怪盗のポリシー
怪盗とは常に優雅であるべし。
怪盗とは常に目的を見失わぬべし。
怪盗とは常に派手ににあるべし。
亡き師匠から教わった教えを忠実に守り、ここまできた。経験値は十分すぎる程に積んだといっていいと思う。なにせあの弱肉強食の新人類王国からも盗みを成功させたのだから。
だから本番は絶対に成功させなければならない。
アルマ・ペガサス。正確にいえばその中に『隠された』純性アルマガニウムをいちはやく回収し、廃棄せねば。これを実行できるのは教えを受けた自分だけなのだ。
シェルは己に強く言い聞かせた。
また、絶対に失敗してはならないという緊張感もそれを後押ししている。
昔からシェルは本番に強いとよく褒められた。予告状は己の緊張感を高めるためのカンフル剤のような物だ。
心配事があるとすれば、今回の相手はあのお馬鹿なネルソンではなく、アメリカ政府である点だろう。
実際、予告状をだしたというのに警備の数が少ないどころかパトカーの数もなかった。偽装している可能性は勿論あるのだが、己の目は常に本物を見分ける。
この世界には2種類の人間がいる。
優れた才能に特化された新人類と、そうではない旧人類だ。
亡き師は自分にこう言った。お前には才能がある、と。
『いいか。もしも私になにかあった時は、お前がアルマ・ペガサスを処理するんだ。あれは誰の手にも渡してはならない』
思わず問うたのは今でも覚えている。
あなたはその為に俺を泥棒にしたてあげたのですか、と。
『お前には才能があった。新人類は才能を伸ばせば、それだけ明るい未来が約束される。こんな世の中だからな』
泥棒の才能に、明るい未来もなにもないとは思いますがね。
『いうな。どんな時代でも必要なんだ、汚れ役というやつが』
わかりました。それならやってやりましょう。
あなたから受け継いだすべてを使って、この国が作った業を盗んでみせます。
『頼むぞ。必ずあれを処理してくれ。できれば、お前が手を出す前に私の方で処理しておきたいんだが』
――――だが、残念なことに。
師はことを為す前に死んでしまった。暗殺されたのだ。犯人が誰なのかは知らないが、師の仇を野放しにはできない。必ず今日、姿を現すはずだ。
観客に紛れ、シェルは美術館を歩き回る。既に地図は頭に叩き込んでいるのだが、展示されたアルマ・ペガサスが偽物なのは一発で見分けがついた。
「あれがアルマ・ペガサスか」
「天馬の型なのね」
「中にはアルマガニウムが使われているそうじゃないか。綺麗に輝くと思ったら、あれがそうか」
率直な感想をいう人間たちの間を横切り、シェルは思う。
確かによく作られた偽物だ、と。
アルマ・ペガサスの輝きは確かにアルマガニウムの物だ。だが、輝きは全くの偽物である。シェルは本物を知っていた。ゆえに、偽物の輝きには騙されない。
なにせ怪盗の目を抜きにしても、あれを作ったのは自分でもあるのだから。
しかし、展示されているのが偽物なら、本物はどこだろう。
普通に考えたら予告状を送っているのだから展示していないという考え方が濃厚である。だが、怪盗の鼻は敏感だ。特に自分の獲物なら、とてもうまそうな匂いがするものである。
だからそっちの方向に行けば、必ず獲物はある筈だ。
「カイトさん、交代時間はそろそろじゃない?」
「そうだな。一度戻るか」
匂いの方向に東洋人がいた。少年と、青年。それから友人と思われる西洋人の少女。
その中の少年に、アルマ・ペガサスの匂いを感じた。
シェルは何気ない動作で彼らに近づいていく。
少年はソフトクリームを舐めていた。すれ違いざま、シェルは少年の顔を確認する。ほんの少しだけ目を向けただけだ。滅多に見ない外国人の顔を眺める程度の、わけもない動作である。
ところが、だ。
泥棒の新人類として特化されたシェルは、この動作の内に『仕事』を終えている。傍から見ればただすれ違っただけにしか見えないだろう。
だが、シェルは確かにアルマ・ペガサスを少年の鞄の中から抜き取っていた。監視カメラや少年本人でさえも気づかぬ超早業。これが特化され過ぎた泥棒による神業である。
「……へっ」
少年が持っているのは予想外だったが、これでアルマ・ペガサスは頂いた。
後は中にある純正アルマガニウムさえ抜き取ればこちらの仕事は終わりである。シェルは男子トイレへと向かうと、迷うことなく個室の中へと潜り込んでいった。
「盗られたか?」
カイトが問う。
スバルは背負っていたリュックサックを開き、アルマ・ペガサスが入っていた箱をちらりと覗き見た。
「……ない!」
驚き、戸惑いつつもスバルは言う。当然だ。彼自身はリュックに手を付けていないし、常に背後に気を配っていた。にも拘らず、アルマ・ペガサスは抜き取られていた。しかも展示されている偽物には全く手を付けられていない。
「私、ずっとスバルさんの背中を見てました! でも、誰も手を付けてませんよ!」
マリリスも訴える。
が、カイトはあくまで冷静な表情で腕を組んでいた。
「まだ慌てるな。問題はアルマ・ペガサスじゃない」
盗まれて困るのはアルマ・ペガサスではない。その中に仕込まれた純正アルマガニウムだ。
それに、盗まれること事態は問題ではない。
「わかってただろう。怪盗シェルは只者じゃない。例の警部が2年間でなんの成果もあげれなかったんだ。かなり修練された新人類の泥棒なのは確かだ」
ほんの少し追いかけられて理解した。
ネルソン・サンダーソン警部はとても優秀な身体能力を有している。新人類王国でもトップクラスの運動能力を持っていたXXXに迫ったのだ。その彼から2年間も逃げてきたのだから、自分の目でも追い切れないような早業など想定の範囲内である。
だからこそ、実際にその現場に一度立ち合いたかった。
「スバル。マリリスと一緒にシデンとエイジのところに行け。後はふたりの指示に従ってくれ」
「カイトさん?」
「打ち合わせ通り、怪盗を追いかける。後はスピード勝負だ」
「でも、大丈夫なんですか? さっき、盗まれた瞬間も見えませんでしたけど」
「確かに盗まれ場面は俺も見えなかった」
「ダメじゃん!」
神鷹カイトはこの中でも最高の運動能力と動体視力の持ち主だ。
その彼ですら盗みの現場を目撃できないのであれば、もう打つ手がない。
「案ずるな。あの警部は良い作戦を思いついてくれた」
「どういうこと?」
「さっきすれ違った奴の匂いを覚えた。アルマ・ペガサスの匂いと一緒に移動してるから、まだ近くにいる」
追記しよう。
神鷹カイトは最高の運動能力と動体視力、そして嗅覚を保持している。
最強の人間となるために施された五感の強化によって敏感になっている鼻は、標的を確かにとらえていた。
「中身を回収される前に取り終えさえる。お前たちは早めにシデンたちと合流して、安全な場所に居ろ」
「わかった。でも、殺したりしないでよ」
「穏便にいくならそうするさ」
カイトは回れ右。
先程の男の匂いとアルマ・ペガサスの匂いを追って走り出した。
まだ美術館内にいるのは間違いない。このふたつの匂いが別れる前に怪盗を捕まえないと、こちらの作戦はすべて終わりだ。
僅かな焦りを感じつつも、カイトは全力で走る。
あまりの力強さに床の底が抜けているのに気付かぬまま、彼は走った。
「……カイトさん、また靴をダメにした」
「毎回こうなんですか?」
「少なくとも、あの人が暴れたら毎回衣服がボロボロになってるよ」
今回はどんな格好で帰ってくるのだろう。
スバルは変な不安感を抱きつつも、同居人の帰還を心待ちにしていた。




