旧人類の定義
蛍石スバルはただのサラリーマンではない。
びびあんは直感でそう思ったのだが、実際に資料を見ると自分の想像以上の人物だったことに驚きを隠せなかった。
「ジェノサイドスコールを生き延びた旧人類……しかも、リバーラ王と直接戦ったのは彼って本当?」
『パイゼルの信頼できる筋からの情報ですので、事実かと。しかも当時のS級指名手配犯です』
「それにしてはやけに堂々と外で活動してるけど」
『こう言ってはなんですが、あまり目立つ顔じゃありませんからな。民間人なんて、家族や友達を除けばテレビやネットでよく見る顔くらいしか覚えないでしょう』
「酷い言われようだけど、確かに冴えない顔をしてるわね」
資料を読む。
16歳で当時の新人類王国に徴兵されるも、反逆。
新型ブレイカーを奪取し、数々の特機に打ち勝ったとされていた。
「彼、本当に旧人類? 幾ら最新型でも成績が優秀すぎるわ」
『事実です。実際、彼の健康診断データを入手しましたが、そこでも変わりはありません。強いて言うのであれば、環境に恵まれていたのかもしれません』
「あの子にとって、それが幸せだったのかしら」
『さあ、それは本人にしかわかりませんから』
勿論、彼だけの力ではないのだが、それ以上の事情は資料に記載されていないのでびびあん達には知る由もない。
だが、問題なのは蛍石スバルは本当に只者ではなかったという事実だ。
『如何なさいますか』
「片方の子は犯罪に手を染めているわ。これだけは見逃すわけにはいかないわね」
『では、この蛍石氏については?』
「指名手配と言っても当時の話よ。今、こうして堂々としているってことは、きっとジェノサイドスコール時に手配が解除されたのでしょう」
スバルのような反逆者が旧人理連合に逃亡し、そこで活動していたというケースは決して珍しくなかった。
無論、彼の様に派手な戦績を残した者はいないわけだが。
「もう少し、彼を見極めたいわね」
『そうですか。貴方がそう仰るのであれば、従いましょう』
「ごめんなさいね、迷惑ばかりかけちゃって」
『いえいえ。迷惑なのは格好の時点でお察しなので』
「あら、お気に召さない?」
黒のボンテージが僅かに憤った。
『残念ですが、私は女の子が大好きでして』
「心は乙女のつもりだけども」
『少しはご自身の体格をご認識いただければ』
「失礼ね。このダイナマイトバディーにかかれば、どんな悪党だってイチコロよ!」
あまりの逞しさで窒息するんじゃないかな、と通話相手は思った。
思っただけで、口にはしない。
見知った相手でも言っていいことと悪いことがあるのだ。
「それで、アイアンゲームズの方の情報は何か進展はあった?」
『残念ですが、アイアンゲームズ社の尻尾を直接掴むことはでいませんでした』
そりゃあそうだ。
簡単に情報を入手出来たら、苦労はしない。
『ただ、気になることが』
「なにかしら」
『例の新作ゲームの体験をした後、意識不明になって行方がわからなくなった人物がるのはご存じですね?』
「ええ。確か、4人いたわね」
『そのうちの1人が、先日どういうわけかバブルガム公国の内戦地域で目撃されたのです』
バブルガム公国。
確か東南アジアの辺りで長い内戦を続けている国だったはずだ。
嘗ては新人類王国の敗北によってこの国も正式に独立したはずなのだが、長い間政権にしがみついていいる大統領と、彼を独裁者と罵る民衆との溝はどうしても埋まらないらしい。
内戦は完全に泥沼化しており、今もまだ緊張感漂う国なのだと聞いたことがある。
「どうしてそんな場所に。確か、行方不明者は全員日本人よね」
『ええ。ですが、こちらの動画をご覧ください』
動画サイトのURLが貼り付けられる。
びびあんは言葉に従って動画を開くと、瓦礫と砂塵の中から何かがとびかかってくる映像を見せつけられた。
最初はなにかの動物かと思ったが、よく見れば違う。
「これ、人間ね」
『ええ。次に、この人物を拡大して映したのを用意しました』
次に送られてきた動画を開く。
スローモーションで見やすくなった謎の人物が、大きく映し出されていた。
まるでアクション映画に出てくる忍者のような服装を身にまとい、ナイフを握りながら飛びかかっていた。
「間違いないわ」
資料で送られた人物と一致する。
彼は行方不明者だ。
「でもおかしいわね。行方不明者がこんな内戦地域にいるのもそうだけど、こんな高い戦闘能力を有しているとは考えづらいわ」
鍛えぬいた新人類は、極めるとブレイカーですら破壊すると言われている。
だが、資料を見ている限り彼らは全員『旧人類』だった。
特にこれまでの人生で優れた運動神経を持っていたという記載もない。
「行方不明になってから短期間で、ここまでの動きができるようになったというの?」
『そう考えざるを得ません。しかも、彼は喜んで戦っているように見えます』
喜んで戦い、そして躊躇うことなくナイフで敵兵の喉を切り裂いている。
何があれば人はこんな変貌ができるのだろう。
元々凶暴な性格だったと仮定しても、この身体能力だけはどうしても解せない。
『気になるのは、やはりアイアンゲームズ社で行方不明になっていた彼が、新人類を超えるような強さの兵として働いていることでしょうな』
「そうね。バブルガム公国はなんと言っているの?」
『特には何も』
「でしょうね。わざわざ宣伝する必要もないし」
あるいは自分たちの戦力をアピールできない事情があるのだろうか。
どちらにせよ、先に突入した彼らの身が心配になってくる。
「予定を変更するわ。私もアイアンゲームズ社に突入するわよ」
『しかし、件の蛍石スバルに留守を任されているのでは?』
「ないがしろにする気はないわ。勿論、いざという時に動けるように脱出ルートの確保はやっておく。それに、あなたに依頼した応援もそろそろ駆けつけてくれる時間よ」
それに、先にスバルから送られてきたメール内容がどうしても気になる。
ゲーム対決で勝負する。
簡潔にそう記されていたが、あんな動画を見てはただのゲームではないと察してしまう。
具体的なことはなにもわからないのだが、漠然とした嫌な予感がするのだ。
既にスバル達が突入して2時間が経とうとしている。
「誰かが言ってあげないといけないでしょ。ゲームは1日1時間にしておきなさいってね」
『ほほほ。健康を考えたら確かに』
だが、突入するともう連絡が取れない可能性がある。
最悪の事態を想定して、びびあんはある依頼を出すことにした。
「もうひとつ、お願いを聞いてもらっていい?」
『なんでしょうか』
「蛍石スバルは新人類に競り勝ったブレイカー乗り。その情報は確かだと信じていいのね?」
『はい。先ほども言いましたが、信頼できる情報です』
「なら、いざという時の為に用意しておきましょう。ブレイカーを」
『……正気ですか?』
珍しく通話相手がぎこちない対応をした。
当然だ。
相手は元指名手配犯。
仮に潔白だったとしても、その証拠はまだない。
「勿論、この目で見極めてから使うかを決めるわ。でも、念の為に使えるようにしておいてちょうだい。もしかすると、私が彼とやりあう可能性もあるから」
『……かしこまりました。ご注文はいかがなさいますか?』
「彼とやりあう可能性があると、最新型であるのが望ましいと思わない?」
『わかりました。例の機体ですね』
「無茶ばかり言ってごめんなさい」
『いいえ、これも仕事ですから。それに、悪人はこちらの都合で待ってはくれないでしょう』
「それもそうね。じゃあ、生きていたらまた会いましょう」
通話を切ると、びびあんはトラックから降りる。
高層ビルを見上げた後、突撃していった。
不審者として警備員に取り押さえられたが、筋力に物を言わせて強行突破していった。




