我ら、数字に縛られし者
21歳になり、社会人として勤めていると、数字というものがどれだけ強い武器なのかを嫌でも理解してしまう。
営業職なら尚更だ。
売り上げの数字で明日の未来が決まると言っても過言ではない。
学生の時はテストの点数で精一杯だったというのに、今では『数字』という文字を見ただけで首を垂れたくなる。
『詳細ステータスを見れるのはあくまでフレンドになったプレイヤーだけだ。他のプレイヤーやエネミーのステータスについては戦闘力として数字に表示される。これを参考にして戦うか逃げるか決めるといいだろう』
つまり、これから戦わなければならない相手には嫌でも見えてしまうわけだ。
120の雑魚サラリーマンサハギンと、26000の激強復讐ドラゴニュート娘の、どちらがお荷物かを。
「……俺、ゲームでも数字に悩まされるとは思わなかったな」
『詳細は触れる気はないけど、あまり数字だけに惑わされるのはよくないな。このゲームは数字も大事だが、プレイの自由度も大切にしている。直接の戦闘だけじゃなく、商売や物作りにチャレンジしてみるのもいいよ』
「でも、これってプレイヤー同士のバトルなんだよね」
『そうだよ』
「つまり、俺は嫌でもアンタらから標的にされるわけだよね」
『そうだね』
「殴り合い以外で戦える?」
『勿論、殴るとも』
これ以上にってくらい清々しく答えられた。
だが、同時にハッキリしたことがある。
ドクトルたちとの勝負は純粋な戦闘によるものだ。
彼らはその分野において、絶対的な自信があるのだろう。
「その戦闘力の向上は、どうすれば見込めるんだ?」
『お、その気になった?』
「大事な要素だろうが。なにもしないでゲームオーバーになるよりか、やることをやっておいた方がいいだろう」
『それもそうだ。死んだ時の言い訳はみっともないからね』
直後、スバル達のMAPに赤い点が表示された。
『さっきも説明したが、この赤い点が敵対キャラクターだ。今回は序盤ということもあるし、特別に一番弱いモンスターを用意させてもらったよ』
「要するに、勝負して勝て、と」
『そういうことだ。このゲームで戦闘力を上げる手段な装備品を手に入れることと、戦闘による経験値収集になる。RPGの基本すぎて、君には退屈かな?』
「流石に自分でやる経験はないかな」
赤い点とスバル達の青い点が重なる。
直後、彼らの前に青い液体のようなものが降り注いだ。
「退いてろ」
「ぐえ」
リナがスバルの首根っこを捕まえ、後ろに下がらせる。
思わず唸るスバルだったが、抗議の声までは出なかった。
先ほどまで彼が立っていた場所に、攻撃の痕跡が残っていたのだ。
「悪い、助かった!」
「簡単に死ぬな。お前は精霊のわけのわからない言葉を理解できる貴重な存在だ」
ゆえに、リナは前に出る。
「戦いは私がやる」
弱小モンスターの青い液体の前にリナが君臨した。
怯えるようにして震え上がる液体の前に、掌を翳した。
火球が飛び出す。
それは大地を抉り、液体を一瞬で蒸発した後に空の彼方へと消え去っていった。
モンスターに与えたダメージ量を、スバルは見逃さなかった。
「5桁くらいのダメージ出てたんだけど、このゲームの一般的なダメージ量ってどのくらい?」
『……テストの段階だと4桁に届くのが理想なんだけど、ちょっと出鱈目が過ぎるね』
出身地でラスボスを超えた扱いをされた娘は、早速ゲームの支配者を呆れさせていた。
だが、やはり余裕さは失っていない。
ドクトルの声色はあくまで冷静そのものだ。
『さて、今の敵を倒したことで君たちに経験値が入った。一定の値に到達すれば、ステータスはどんどん伸びていく』
「レベルがあがるってこと?」
『いや、あくまで伸びるのはステータスさ。レベルは上がらない』
サンタイト・クエストはプレイヤーの飽くなき向上心を満たすため、やりこみ要素を徹底的に磨き上げる方針だ。
ゆえに、制限がかかるであろうレベルシステムは廃止。
代わりに結果を出せばそれだけ有利になる、ステータス成長システムが導入されている。
『例えば、今はリナが魔法を使ってモンスターを倒した。この場合、リナの魔法力のステータスに対して経験値が入っていく。つまり、魔法を使えば使うたびに威力が上がっていくというわけさ』
「じゃあ、今の場合の俺はどうなるの?」
『ちょっとだけ首が頑丈になったんじゃない?』
とても投げやりに言われてしまった。
だが事実なので、言い返す気力もない。
『さて、基本はこんなところだね。では、私たちと君たちとの間で行われる戦いについて改めて説明しておこう』
がっかりとしていたスバルだが、顔を上げてドクトルの説明を聞く。
『君たちふたりは、この世界のどこかにいる私たちと戦うことになる。誰から挑むのもいいが、基本的に私たちは気まぐれだ。だから探し出して、勝負を挑んでほしい。あまり手間のかからないようにね』
「そんなこと」
「待って、リナ。続けて」
文句を言いたげにリナが前に出るが、スバルはそれを制してドクトルに説明を求める。
『さっきも言ったが、私たちはガチの勝負をするつもりだ。つまり、互いの陣営に属する人間の体力をすべて0にした方が勝ち』
「そっちの人数は?」
『私を入れて5人さ。どれもこの世界で戦闘力が最も高い人間として設定されているから、探す際には戦闘力を気にしながら進んでいくと良い』
それと、
『参考なまでに、私の戦闘力は15000くらいかな』
「え」
言われ、スバルは唖然とした。
リナの方が圧倒的に戦闘力が高い。
悠然とした態度だったので、てっきり戦闘力は向こうが高いものだと思っていたのだが。
『だから、殴り合ったら絶対にリナが勝つだろうね。怖い怖い』
「……ふん」
馬鹿にするような言葉遣いに苛立ちを隠すことなく、リナはそっぽを向く。
『それと、こっちは5人いるわけだから、後3人までの助っ人なら特別に許可しよう。だけど、それ以上の参加は許さないさ。とはいえ、あんな啖呵を切ったんだ。できれば君たちだけで頑張ってほしいけど』
「そのつもりだよ」
スバルは自信に満ちた顔でそう言い切った。
ドクトルは満足げに『いいだろう』と続ける。
『では、これでお互いの通話は最後にしよう。後は君たちが私たちを探し出した時のお楽しみ、という事にしようじゃないか』
「わかった。首を洗って待ってろ」
『楽しみにしておくよ、戦闘力120君』
「120を馬鹿にするなよ馬鹿野郎! 駄菓子がいくつ買えると思ってやがる!」
現在最も気にしていることを指摘され、スバルは荒れた。
そんなサハギンに半眼を向けつつ、リナは問う。
「それで、どうするつもりだ。探すのは良いが、街に行く気か?」
「最終的にはそうするだろうね。でも、できればもう少しこのゲームを知っておきたい」
「さっき学んだだろう」
「あれは表面上の最低限なものだけさ」
それこそ、ゲームをある程度やったことがあるような人間には足り前すぎる知識である。
「それに、リナは多分、単純な戦闘力だけならこのゲームで一番高いと思う」
「精霊が15000だったか」
「ああ。でも、あいつはリナとの差をそこまで真剣に考えていないようだった。だから、多分戦闘力の差をカバーできる何かしらの戦術があるんだと思う」
だが、これは好機でもある。
彼らがどんな手段でこの差を埋める気なのかは知らないが、手段さえ知ることができれば戦闘力120のサラリーマンサハギンでも精霊に勝てるかもしれない。
淡い希望を抱きつつも、スバルはMAPに目を向けた。
「まずは近くの街に向かおう。そこで情報を集めて、これからどうするかを決めようぜ。多分、色々と試してみたいこともできるだろうし」
「いいだろう。お前の方が詳しそうだから、お前に任せる」
北の方角にそれらしき街の絵が表示されているのを確認し、ふたりは歩き始めた。
道中の戦闘はすべてリナが処理してしまったので、スバルには一切経験値が入ってこなかった。




