びびあん
真田アキナを巻き込んでやる。
決意した後の行動は速かった。
彼女が住むマンションまでトラックを走らせ、素早くメール送信。
『助けろ』
詳しい要件は伝えなかった。
まだリナとの情報交換が済んでいないのでわからない部分が多いのが理由なのだが、前回のドラゴン騒動に呼ばれなかったことを理由に殴られたのだから簡潔でもいいと判断する。
「よし、いくぞ!」
力強くマンションへ踏み出す。
あまりに力強すぎるため、隣を歩くリナは訝しんだ。
「なぜそんなに気合を入れている」
「なんかアイツの顔を思い浮かべるとムカついてきた!」
「……仲間なのか?」
「仲間だよ!」
ならば何故そんな発言が出てくるのだ。
心底不思議なのだが、リナは思う。
故郷にいたころの自分と主君も傍から見れば歪な関係だと思われていたことを。
きっと、彼らも似たような関係なのだろうと自己解釈すると、納得したように頷いた。
「確か、部屋番号が……」
ずかずかと階段を登るスバル。
記憶を頼りに進んでいき、やがてひとつの部屋の前へと到達した。
「返信なし。電話は?」
何コールかかけてみる。
案の定、出る気配はない。
「ノック」
「なぜ声に出す」
「きちんとやった証拠を残すためだ」
どうしてここまで念入りなのだろう。
リナは不思議そうに首を傾げるが、スバルは無言でドアをノック。
無反応。
しばし静寂が続く。
「なあ、君って力自慢だったりする?」
「それなりにはあると自負してるが」
「よし。じゃあドアをこじ開けてくれ!」
「え」
思わず聞き返してしまった。
だが、スバルは気にする素振りも見せないまま言う。
「大丈夫。弁償代は後で真田アキナが出す」
「誰だそれは」
「この部屋の主だよ。そのくらい乱暴にやっても罰は当たらないさ」
「……まあ、そこまで言うのなら」
言われるままにドアをこじ開けるのは気が進まないが、何時までも立ち往生してもいられない。
リナはため息をつきつつドアをこじ開ける。
金属の鈍い音が響き渡ると、スバルは堂々と中へ入っていった。
「アキナ、入るぞ。また酒飲んで寝てるのか?」
明かりはついていない。
訝しげに中に入るスバルと、ついていくリナ。
リビングへと足を踏み込むと、そこで音が鳴った。
何かが叩きつけられる音だ。
「何の音だ?」
「私が知るか。部屋主がなにか落としたんだろう」
「はっ! 酔っぱらって寝返りでもうったかな」
だが、それにしては音は鳴りやまない。
ぴしん、ぴしんと一定のリズムが刻まれていた。
「アキナ?」
いかに乱暴でだらしのないアキナでも何かがおかしい。
ようやく疑問に思い至ったスバルは、音のする方向に足を進める。
リビングの明かりをつけるべく、電気のスイッチを押した。
部屋に光が灯る。
瞬間、スバルは凍り付いた。
何故か全身マッチョなゴツイ男が肌の大部分を露出させて、蝶を彷彿とさせる眼鏡を付けた状態で鞭を振るいまくっているのである。
その矛先が向けられる先にいるのは同じく肌の大部分を露出して、何故か両手を手錠でロックされている男。
こちらは三角木馬に跨っていた。
「そんな事では好きな人が女王様だった時に対応できなくってよ!」
ぴしん。
鞭がしなる。
マッチョの服装はえぐいボンテージ衣装だった。
「は、はい先生! 僕、頑張ります! 頑張るから、もっとご褒美頂戴!」
対して三角木馬に跨っている男は恍惚の笑みを浮かべながら顔を赤らめている。
これを見たスバルは思う。
アキナ、しばらく見ないうちに危ない男になったかな、と。
「……あれがサナダ・アキナか? どっちがそうだ?」
「ごめん、多分部屋間違えたわ」
話しかけられたことでスバルの頭は冷静さを取り戻す。
大切なものを取り戻したら、今度は黙って回れ右。
リナの手を取って、そのまま退散しようとするが、
「そこなふたりの新入生! この子の調教が終わったら相手をしてあげるわ! それまでに大人しく縛られておきなさい!」
「お邪魔しました!」
猛烈な身の危険を感じた。
駆け出し、急いでこの場を離れようとする。
「待ちやがれこのド畜生がぁ!」
だが、マッチョはその場でくるくると回転しながらスバルの前に回り込んだ。
アーガス顔負けの回転である。
彼は目立つために、常日頃から無駄な努力をしているのはよく知っている。
だが、今の動きはそのアーガスにも引けを取らない。
「つ、強い……! 今まで出会った、どんな変な奴よりも」
本能でスバルはそう感じた。
後ろでリナが『そうなのか?』と不思議そうにジト目で見つめてくるが、マッチョのボンテージが目の前に迫っているので対応できない。
「人様の部屋に入ってきて、無断で明かりをつけておきながら、謝りもしないっていうのはどういう了見かしら」
腕を組み、マッチョのボンテージはため息をつく。
余談だが、彼の右胸にはピンクの名札で『びびあん』とあった。
「すみませんでした! 何分急いでいたものでして!」
蛍石スバル、21歳。
人生で最も力強い土下座を披露した瞬間だった。
「お前がサナダ・アキナでいいのか?」
一方のリナはマイペースにびびあんへと話しかける。
スバルは額に汗を貯めつつ、彼女の腕を引いた。
「馬鹿、こいつは違う! いや、ゴリラなのは似てるけど、少なくとも網タイツにボンテージはない!」
本人が聞けば全力で殴り倒されそうなセリフを吐き出し、スバルはリナに説明する。
「急ぎにしては物騒じゃない。人様の部屋のドアを外しておいて、すみませんで済むと思ってるのかしら」
とても痛いところを突かれた。
どうやって言い訳をしようと考えるスバルだったが、その前にリナが指をさし、言う。
「あいつがドアをこじ開けていいって言ったからやった」
「あら、そうなの」
「リナあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
事実だけど、そんなにあっさりと売らないでいいじゃないか。
スバルは心の底からそう思った。
「弁償はサナダ・アキナが払うとも言ってたぞ」
「あら、そうなの」
「オーケー、リナ。よく言ってくれた」
責任の矛先がアキナに向かったことでスバルは元気を取り戻した。
時として、図々しくなければ社会人はやっていけないのだ。
磨け、鋼メンタル。
「じゃあ、請求はその人にお願いすることにするわ。それで、あなた達は結局なに?」
「あー……ちょっと、わけあって逃げてる最中なんですけど」
「先生」
後ろから声がかかる。
三角木馬の男だ。
彼は手足を縛られたまま、訴える。
「窓から音が聞こえます。後、僕を褒めてください」
「音?」
セリフの後半を完全に無視し、びびあんはカーテンを開ける。
すると、窓には金属のマネキンがびっしりと張り付いていた。
「いやだ、なによこれ!」
「ランナーズ!」
「次の追手か」
リナが掌をかざす。
ランナーズは窓ガラスを殴り壊すと、勢いよく部屋の中へと侵入してきた。
これを迎撃せんと炎を生成。
「私の教室で何を暴れてるんじゃてめぇらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
野太い声が響き渡った。
びびあんの鞭が縦横無尽に伸びていく。
鞭は正確にスバル達を避け、押し寄せてきたランナーズを弾き飛ばしていく。
「窓ガラス代金、弁償しなさい!」
鞭が一閃された。
ランナーズたちがまとめて弾き飛ばされる。
さながらギャグマンガのごとく、夜空の星となって吹っ飛ばされたのである。
この光景を見たスバルは、唖然としながら思った。
「……意外とこの人の方が話が分かる上に、安全な気がしてきたぞ」
「え。サナダ・アキナはいいのか?」
間近で見せつけられた超人技に心強さを覚え始めているスバルに、リナは問う。
「冷静に考えたんだけど、アキナは話を聞かないうえに乱暴なんだよな。あの人は間違いなく変態の類だけど、話は聞いてくれるし……」
「……よくわからないが、サナダ・アキナより安心できる、という事でいいのか?」
「うん」
本人が聞けば絶対に蹴り殺されるであろうセリフを吐き、スバルは力強く頷いた。
蛍石スバル、21歳。
アーガスをはじめとした数々の変態たちによって、新たな変態に対して抵抗力ができていた。




