マリスレギオンの後継者
ここが自分の知る世界とは異なる場所なのだとは理解している。
だが、不安はない。
仲間はいないけど、この命が尽きるまで戦いきってみせると決めたのだ。
自分には敬愛する主君がいた。
その主君を弄び、生命を踏みにじった連中を絶対に許すことはできない。
あの方は『幸せになれ』と呪いの言葉をくれた。
でも、自分にとっての幸せは彼が幸福に満ちていることだった。
「燃えろ!」
何度目になるかもわからない炎が炸裂する。
己に立ち込める憎しみが、具現化しては新たに灯っていく。
これは無限に迸る恨みの炎そのものなのだ。
「なにがランナーズだ。お前たちもどうせ、精霊の仲間だろう!」
どこまでその勢力があるのかわからない。
だが、どこまでも燃やし尽くす。
例えこの世界を丸ごと焼き払ってでも。
自分にはそれができる。
マリスレギオンという、呪いを受けついだ自分になら。
「……っ!」
腕に痛みが走る。
この世界にたどり着いてからずっと走り回り、怪我をしながら行動していたため、身体のあらゆる場所にダメージが蓄積していた。
だが、リナは敢えて己自身に呪いをかける。
「痛みなど、ない!」
瞳が緑色に輝く。
マリスレギオンと呼ばれる呪いの力が、竜の子であるリナの言霊に反応し、その力を具現化した。
体に走る痛みが、瞬時に消えていく。
こうやって何度も己の体を誤魔化して、戦い続けてきたのだ。
「痛いなら言えよ」
だが、今回ばかりは茶々が入った。
情報源として拉致したはずの蛍石スバルが、ぼやいてきたのだ。
「お前があいつ等をどうにかできるのか」
「無理!」
あっさりと言ってのけた。
あまりにあっさりと言われたので、蹴り飛ばしてやろうかと思った。
「無理だけど、考えることはできるかな。アンタの負担を減らせるような」
言うと、スバルは走り出す。
「あ、待て! 逃げるな!」
唐突に走り出したスバルを逃すまいと、リナもこれを追った。
ランナーズたちが押し寄せてくる方とは直角に位置する扉を開け、ふたりは外に出る。
スバルは周囲を見渡すと、目的の物を発見する。
「あった!」
「貴様、逃げる気か!」
意外と足が速いのに驚きつつ、リナは問う。
だが、本人は首を横に振る。
「ランナーズはコンテニュー可能だ。ゲーム通りなら、無暗に戦ったらいけない」
「こんてにゅう?」
「復活するってこと」
リナは驚き、工場の中で渦巻く炎を見る。
確かに焼き払ったはずのランナーズたちが起き上がり、また走り出そうとしていた。
幸いにも炎がこびりついてすぐにまた転倒しているが、金属が物凄い勢いで溶けてはまた具現化している。
「だから、あいつらが乗ってきた車で逃げるのが一番手っ取り早い」
トラックを指さし、スバルは提案する。
搭乗していたランナーズは全員突入してしまったからか、誰も残ってはいなかった。
「……」
「ほら、急げ! ここに留まってもいいことはないぞ!」
訝しげに見るも、スバルはやはりどこ吹く風である。
刺しっぱなしになっているキーを見て、にやりと笑みを浮かべる。
「やっぱり。これなら動かせそうだ」
「最初からこれを狙っていたのか」
「思い出したんだよ。ランナーズのゲーム開始画面だと、トラックに大量のランナーズを積んで始まるけど、運転手は乱暴に運転席から飛び出すだけだ。律義に鍵を取り出すようなことまでしてなかった」
「お前もランナーズという奴なのか?」
「やった経験があるだけだよ。今動いてるあの連中とは別」
言われても、リナはまったく理解できていない。
ただ、この世界を観察して『トラック』なるものが移動するのに便利な物なのだと知っていた。
「動かせるのか」
「任せろ。俺の免許は大型もカバーできる」
「では、早くしろ。それと、」
「なに?」
「どうして私を助けるようなことをする」
「困ったときはお互い様っていうのが我が家のポリシーなの」
それに、スバルは知っている。
痛みを堪えて、誤魔化して戦う人間が、苦しみを抱えているのを。
きっとその重さは『彼ら』とは違うだろうが、多少は理解できるつもりだ。
だから、きっと同情してしまっている。
先ほど話したように、乗り掛かった舟に残った疑問に決着をつけたい気持ちもあるが、これが本音だ。
気難しそうなので、そこまでは説明するつもりはないが。
「シートベルトはちゃんとつけてね!」
助手席に座らせ、リナの席にシートベルトを巻く。
始めてのシートベルトに、竜の娘は不愉快そうに顔を歪めた。
「我慢してよ。これがここのルールだから」
「……早く出せ」
「仰せのままに!」
アクセル。
トラックが動き出すと、リナは静かにつぶやく。
「離れるなら、いいか」
「は?」
指をぱちん、と鳴らす。
先ほどまでいた廃工場が大きく爆発した。
激しい轟音と、バックミラーから見える火炎柱を目撃し、スバルは背筋が凍える。
「あの。何をやられたので?」
「焼きつくした。復活し続けるなら、消し飛ばした方が手っ取り早い」
「理屈はわかるけど、乱暴じゃないですかね」
「奴らは明らかに襲い掛かってきた。悪意を持っているということだ。情けをくれてやるつもりはない」
確かに、ランナーズの武器はすべて本物だった。
なぜわざわざゲームを模した襲撃者がやってきたのかはわからないが、明確に敵意をもって襲い掛かってきたのは事実である。
「ランナーズというのはゲームだといったな。ゲームとはなんだ。組織の規模は?」
「ゲームはシミュレートの遊び。要するに、玩具だよ。子供から大人が遊べる奴ね」
「あんな玩具があってたまるか」
「それがあるんだよ! いや、あんな物騒な本物みたいなランナーズは俺も初めて見たけど!」
ランナーズはあくまでテレビゲームだ。
あんなリアルな造形な玩具が発売されたなんて聞いたことがないし、あったとしても本物の武器を持つなんてことがあったら大騒ぎである。
制作会社の責任問題だ。
「それがどうして私たちを狙う」
「……考えられるのは、俺たちが邪魔だから?」
これまでの経験を活かして考える。
昔はどんくさかったが、今は立派な社会人だ。
給料だって上げてもらった。
自信を持ち、知恵を働かせよう。
「君はさっき、精霊の仲間だと言ったね。俺が追ってるのも、もしかしたらその一味で、そいつらの手先なのかも」
一番シンプルに考え付くのはこれだ。
精霊と呼ばれるものがなんなのかは分からないが、自分が追う『天使』も似たようなものなので、名前に疑問を抱くのは止めることにした。
だが、やはり疑問が残る。
もしも仮設通りだとして、ランナーズを使ってくる理由がわからないのだ。
この辺りを調べるには、手助けが欲しい。
「さっきやりかけた情報の交換だけど、場所を変えてやろう。連中が追ってきても、少しは安全な場所で」
「私はこの世界について殆ど知らない。場所は任せるが、大丈夫なのか?」
聞けば、スバルは戦えないという。
みっともなく逃げ惑う男ではないようだが、そんな奴が言う安全な場所など、あまり信用がならない。
「またあの連中が来たら、私はお前を助けないぞ」
「大丈夫。強い味方がいるからな! 電話には出てくれなかったけど!」
笑顔だったが、どういうわけかスバルの額には青筋が立っていた。
そのままぶつぶつと恨み言をぼやき始める。
「覚悟しやがれあの野郎……さんざん蹴り飛ばしやがって。連絡入れろって言うなら、電話じゃなくて直接乗り込んでやる」
「……お前の味方、でいいんだな?」
「ああ、そうだよ馬鹿野郎!」
どうして怒られなきゃいけないんだろう。
なぜか急に怒り始めたスバルに気圧されつつも、リナは戸惑いを隠せなかった。




