頑張れ警部さん!
「ふははははははは! 見たかジョン、この俺によるこの俺の恐るべき超ウルトラミラクルスーパーデリシャスデンジャラススペクタルな勘の鋭さ!」
「……警部、いまいち凄さが伝わってきません。つーか意味わかりません。更に突っ込ませていただくならメイドは宇宙人じゃありません」
「ジョン。ならばここでお前に質問だ。メイドって何だ?」
「後でインターネットか辞典でも使って調べてください」
「あー、すまん。インターネットって何だ?」
「……もういいです。自分で調べてください」
ジョンは思った。何故こんな人が警部になれたのだろうか、と。
今時はインターネットくらいは小学生を飛び越えて幼稚園児もやろうと思えばやっている時代だ。それなのに大の大人が何故に知らないのか。
本当にこの人の下で働いてて大丈夫なのかな。
いや、とジョンは先ほどの思考に付け加えた。そもそもこの人を自由行動にさせていいものなのだろうか、と。
「この人、絶対に自由にさせちゃいけないよ」
カフェで相席になったシデンが怒り気味にオレンジジュースを啜る。
結局のところ、誤解はあっさりと解けた。
あのままだとシデンとネルソンによる戦いが勃発するところだったのだが、こんなところで変な戦いを起こしたくないカイトが渋い顔をしながらすべて説明してしまったのである。
コイツは正義の宇宙人で、俺たちと一緒に怪盗を追っているのだ、と。
ネルソンはとても嬉しそうに同志を迎え入れた。
シデンはとても嫌そうな顔でカイトを睨みつけた。
後で氷漬けにされることを覚悟しての発言だったのだが、カイトはシデンの睨みを受けて怯んでいる。
なので、カフェではエイジとスバルが中心になって話を進めていた。
マリリスはシデンの睨みを見て怯んでいたので、会話に入っていこうとしない。当然ながら彼女に向けられたものではないのだが、彼の異様な迫力に気圧されてしまったようだ。見れば、ジョン・ハイマン刑事も居辛そうにしている。
余程慣れているか、空気を読めない人間でなければシデンの氷のような視線に耐えられないのだろう。
「で、貴様らは怪盗シェルの予告状を受け取ったわけか!」
そんな空気を読めないお巡りさん、ネルソン・サンダーソンは身を乗り出してエイジとスバルに詰め寄った。とてもむさ苦しい。警察官でなければ今すぐつまみ出したいところだ。
「ああ。今は偽物と取り換えてるけどな」
「では、本物は貴様らが管理しているわけか」
「どうだろうな。アンタが怪盗じゃないって確信してるわけじゃないんで、こっちは全部喋るつもりはないぜ」
「なにをいう!」
ネルソンの鉄拳がテーブルに叩きつけられた。
どしん、と音が鳴り響く。
カフェが揺れた瞬間だった。
「アメリカがこのスーパーウルトラダイナミックスペクタクルアルティメットライジングジャスティスなネルソンを生んだのだ! 正義と友情、努力と勝利を信条とし、やましいことなどこの40年間で一度もない!」
「それ、神様に誓って言い切れる?」
「言える!」
断言した。
凄いオッサンだ、とスバルは心の底から思った。
「怪盗シェルを追いかけて2年! 確かに奴を捕まえられていないのは俺のミスだ!」
うるさいオッサンだが、自分の非は素直に認めている。
スバルとエイジの好感度がやや上がった瞬間だった。
「そして、このジョンが俺の部下になってから給料がまともに上がっていないのも、一重に俺のミスのせいだ!」
「け、警部止めてくださいよ! こんな人が多いところで!」
テーブルに押し付けるように頭を下げる。
「しかし、自慢にもならないが! そのぶん、誰よりもあの怪盗について詳しいつもりだ。適うことなら、この俺の手で捕まえたい!」
「わ、わかったからちょっと落ち着け」
遂にはエイジもネルソンを止めに入った。このまま頭を押し付けたらテーブルが割れかねない。よく見れば、既にひびが入っている。
「アンタが怪盗に対して執念を抱いているのはわかった。でも、肝心の怪盗の情報がないんだろ?」
お互いの立場は理解しているつもりだ。
自分たちは怪盗から狙われた側。
ネルソンたちは怪盗を追う側。
偶然の産物にしてはありがたい出会いだ。
だが、出会いをなんでもかんでもいい方向で受け入れるのは危険である。
特にこのネルソンは強烈な個性の持ち主だ。こっちが引いてしまう程に。あのアーガス・ダートシルヴィーがある意味かわいく思える。
ある種、純正アルマガニウム以上の核弾頭を迎え入れるのはとても躊躇われてしまう。
「だが、奴に対する秘密兵器は用意している! 今度怪盗が出て来たら、必ず逮捕してみせる!」
「秘密兵器ぃ?」
うさんくさい単語が飛びだした。
訝しげに顔をしかめ、スバルが問う。
「怪盗シェルは銃弾も避けるって聞いてるけど、本当にそんなの通用するの?」
「俺の目的は奴を逮捕することであって、銃殺することではない。そんな野蛮な真似は正義に誓ってしない!」
この発言を聞き、スバルは感心した。思わず『おお』と唸ったほどである。
「じゃあ、どんな秘密兵器なんだ?」
「奴の最大の武器は幾つかある。その中のひとつが変装だ!」
怪盗シェルはどこから調達してくるのか、あらゆる手段を使って姿を偽る。
盗みに入る際、あるいは盗み終わって逃走を図る時もこれで逃げられてしまう。
「ある時は学生。ある時は警察官。ある時は有名な女優にまで変装して我々の目を欺いてきた! しかし、俺は考えた! 姿を誤魔化しても、中身までは誤魔化せない!」
ゆえに、突破口はひとつ。
「我が警察が誇る最強の番犬、ポチの鼻で奴のにおいを追うのだ!」
「……なるほど」
意外とまともな方法だった。
だが、決め手に欠ける。
「でも、それって香水とかかけられたら無意味なんじゃない?」
「そうでもない。我が警察署のポチは最高の警察犬なのだ! 一度怪盗の匂いを覚えたら必ず追い詰めるだろう」
ゆえに、
「だから! どうか俺にチャンスを!」
ネルソン・サンダーソン警部。御年40歳。
度重なる失敗で警察からの信用も下がっていた。一部では『超熱血警部』として根強いファンがいるが、結果が出せない警察官は無能の烙印を押されてしまうのだ。実力主義のアメリカでは結果がすべてなのである。
「この情報って警察も知ってるのか?」
「どうだろうな。イルマもそこまでは言ってなかったが……」
怪盗シェルの予告状は、毎回警察署にも届けられている。
ショー感覚なのかはわからないが、大量の警察をわざわざ集めては、盗みを成功させるのだ。
だが、今回の予告状はホワイトハウスに直接送られててきたものだ。警察がどのように動いているのか、カイトもわからない。
「少し連絡をとってみるか」
カイトが動く。立ち上がり、携帯の電源を入れた。
ややあった後、電子音が繋がる。
『ボスですか?』
「イルマか。例の泥棒の件で確認しておきたいことが――――」
そこまでいった瞬間、カイトの携帯が横からひったくられる。
ネルソンだ。彼は上半身の逞しい筋肉を膨らませ、己のペースで語り始める。
「はじめまして!」
『はぁ?』
唐突な知らない人間のご挨拶。イルマ・クリムゾンは不機嫌そうな声を漏らしつつも問う。
『どなたですか、あなたは』
「俺は正義に生きる男! 愛と勇気と平和の為に降臨した!」
『……ボスに代わっていただけませんか?』
うんざり、といった口調だった。
普段は感情を表に出さない少女だけに、とても貴重な場面である。
「それはできん! なぜならば、正義に生きる男児なる者! 交渉は直接せねばなるまい!」
『交渉?』
「怪盗シェルの件は聞かせてもらった! 相手が怪盗ならば、このネルソン・サンダーソンが――――」
『あなたがネルソン警部ですか。警察からは異常者として有名だそうですね』
はっきりと言われ、ネルソンは言葉に詰まる。
これを好機と見たのか、イルマは淡々と語り続けた。
『2年間の成果はこちらでも把握しています。確かに怪盗シェルについては情報をお持ちかも知れませんが、残念ながら戦力としては期待できません』
「俺の腹筋を見てくれ。努力の証が垣間見れる」
『見苦しい肉体は無用です』
「そもそも、戦力とはどういう意味だ。お前さんは戦争でも始めるつもりか?」
『必要ならば』
純正アルマガニウムはそれだけの価値がある。
新人類王国などに手渡すくらいなら、その場で戦争だ。こちらにはその覚悟がある。
『警部。失礼ですが、今回の件は警察に協力を仰ぐつもりは毛頭ございません』
「なぜだ! そんな正義があってたまるか!?」
『正義か悪化の話ではないのです。奪われるか、否かの話なのです。もしも今度失敗すれば、警部は減給どころではすみません。ご家族を国家に殺されたいのですか?』
言われ、ネルソンは押し黙る。
いかに自らを猿と断言する男であっても、イルマの発言が冗談ではないことは理解できた。
『いかなる経緯でその方々と知り合ったのかはわかりませんが、守りの人員はこちらで決めます。くれぐれも勝手な行動を起こさないよう、お願いします。それともうひとつ』
「なんだ」
『今後、ボスの電話を勝手に奪い取るような真似はしないでください。あらゆる手段を使い、あなたを消さなければなりません』
「覚えておけ小娘。努力とは腹筋にあり、正義とは志にあり、根性とは筋肉にあるのだ」
『……だからなんだというのです』
「怪盗を逮捕するのはこの俺だということだ!」
負け犬の遠吠え、と言い返されない内にネルソンは携帯の電源を切る。
それを本人には返さずに窓へと放り投げた。ガラスをぶち破り、カイトの携帯電話は星となって消え去っていく。
「……おい、賠償金は警察に請求してもいいか?」
「勝手にしろ。ジョン、いくぞ!」
「え、でも警部。いいんですか?」
「行くったら行くんだ。迷惑をかけたな、宇宙人ども。また後でな」
それだけいうと、ネルソンはジョンを連れてその場を去って行った。
残されたスバル達は終始呆然としたまま、彼らの後姿を見守っている。
「なに言われたのかな」
「さあな。だが、どうも警察との協力は無しにしたいようだ」
ならばイルマが用意した人員がすべてなのだろう。
カイトはそう理解すると、いかにして怪盗を捕まえるかを考え始めた。




