ランナーズ
※注意書き
この章からは本編の後日談となるため、多大なネタバレが発生します。
もし本編をまだご覧になられていない場合は先にそちらから読むことを推奨します。
また、『コイン1枚から始めるリアル課金兵』と『マリスレギオン』も履修しておくといいかもしれません。
特に前者。
蛍石スバル、21歳。
この日、彼は何度目かになるであろう人生のターニングポイントと向き合っていた。
「お茶、どうぞ」
テーブルの上にお茶を出す。
席に座っているのは、ひとりの少女。
ただ、風貌が明らかに異質だった。
頭から伸びている角。
背中からは蝙蝠のような羽。
そして極めつけはヘリオンを彷彿とさせる尻尾。
RPGゲームなどで見かけるような、クリーチャーと人間を融合したような少女が彼の目の前にいた。
「……どうして私の隠れ家なのに、お前が飲み物の場所を把握している?」
「だって他にやることないもん」
サイ・ゲルパと呼ばれる世界から来訪した友人達を見送った後、スバルは彼らの助けになるために独自の調査を行っていたのだが、そこで手掛かりとなりそうな人物を火葬してしまったこの少女と出会った。
名は確かリナといったか。
彼女の風貌については今更驚きはしない。
これまで何度もギミックたっぷりな新人類の相手をしてきたのだ。
寧ろ、変に慣れてしまったせいで度胸は無駄についたといえよう。
「有給消化で会社にも連絡してるから、もう1週間くらいはいても大丈夫だよ。夜ご飯の調達はどうする?」
「1週間経てば帰れると思ってるのか?」
「いいや」
どう考えても無理だろう。
彼女の力をもってすれば、自分を殺すくらいわけないことだ。
「でも、俺の連絡が1週間後に届かなくなったら会社の人は警察に連絡すると思うな」
「ケーサツ……?」
「あ、法律を守る人ね」
どうやらこのリナという少女。
アルフレッドたちと同様に一般知識が欠けているようだ。
ならば、彼女もサイ・ゲルパから来た人間なのだろうか。
「脅すつもりか。私はそんなものに屈するつもりはない」
「話は最後まで聞こうぜ。俺としては協力するのもいいかなって思ってるんだから」
「協力?」
リナに見つかり、隠れ家と称される廃工場に連れてこられて早3日。
最初は警戒心が強いと感じ、少しずつ会話をしていくことでコミュニケーションをとっていったのだが、彼女から会話のトリガーを引き出せたら一気に攻め入るチャンスだ。
社会人デビューしてから会得した営業スキルである。
「なぜ、お前が私に協力する。メリットがない」
ほら、きた。
元より、彼女は自分が何者なのか知りたがっている。
興味の引き金が引かれるのは、時間の問題だった。
「メリットならあるよ。俺がすっきりする」
「意味が分からない」
「実は、少し前にサイ・ゲルパからきたっていう友人ができてな。そいつらは元の世界に帰ったが、まだその世界をめぐる謎が隠されているのが現状だ。少しでも助けになったらいいなって思ってるわけなんだが」
隠す必要もないので、ここで自分の目的を紹介する。
少なくとも敵意がないのは伝わるはずだ。
だが、スバルの予想に反してリナは渋い表情を作った。
「なんだ、そのサイ・ゲルパというのは」
「あれ、知らないの!?」
これは予想外だった。
大星と天野を狙っていたのだから、てっきりサイ・ゲルパに関係した人間だと思ってたのに。
「でも、大星を殺したのは君だろ!?」
「そうだ」
「天野は!?」
「それも私だ」
「なんで!?」
思わず詰め寄ってしまった。
さっきまで非力アピールをしてたはずの男が、急に勢いよく飛び出してきたのでリナも驚いている。
「幸せのために」
「幸せ?」
「お前は私が知らない情報を持っているようだな」
リナはその情報に興味を示し始めた。
彼女は立ち上がり、ぼろぼろになった服の中から1枚の写真を取り出す。
「この世界で、最初に手に入れたものだ」
スバルに見せつける。
その光景は、彼も知るものだった。
「天野に大星。これは、例の研究室の写真!」
サイ・ゲルパからの来訪者と共に見つけた、異世界作成研究の写真である。
大学のHPに掲載されているものと全く同じものだった。
「サイ・ゲルパとはなんだ。答えろ。私はそこにいる人間をひとりとして逃がすつもりはない。どこまでも追い続けて、必ず燃やし尽くす」
「それが、君の幸せ?」
「そうだ」
断言された。
その眼差しには、強い憎しみが宿っている。
嘗ての戦いの中、何度も見てきた輝きだ。
ある時は自分も背負った、どす黒い輝き。
スバルは思う。
彼女は、怒りにとらわれた時の自分と同じなのだと。
そして、それに追いつくための手掛かりを持っている。
だったら後は辿り着くだけだ。
きっと、どれだけの犠牲や時間を払っても辿り着く。
「……わかった。俺の知ってる情報を話そう」
彼女は真剣だ。
倫理的ではどうあれ、強い信念を持っている。
大星や天野のような犠牲者を出しているのは許せることじゃないかもしれないが、その強すぎる信念の前に誤魔化しはできない。
自分が彼女の立場だった経験があるからこそ、同情してしまっているのかもしれないが。
だが、どこから話すべきだろう。
いかんせんサイ・ゲルパの話は複雑すぎて、どこから話すべきなのか整理がつかない。
悩むスバルの前で、リナは静かに目を尖らせた。
「待て」
「どうした」
「何か音がする」
耳を澄ませる。
確かに音が聞こえた。
車の音だ。
近くで止まった音が聞こえる。
「ここ、誰か使ってるのか?」
「いいや。それなら隠れ家にしない」
確かに。
この3日間、まったく人が近づく気配はなかった。
スバルは周囲を見渡す。
「念ため聞いておく。お前、何もしてないだろうな」
「聞いてどうするんだ。こっちは証拠出せないぞ」
「……どうしてそんなに肝が据わっているんだ?」
「ピンチには多少慣れてるよ。ピンチすぎると怖いけどね」
我ながら悲しい慣れだと思う。
命がけで守ってくれた仲間たちが聞いたら怒られてしまいそうだ。
彼らの顔を思い返していると、がつん、という音が聞こえた。
「何かが来る」
「何が来るって!?」
閉鎖されたシャッターがこじ開けられる。
押し寄せるようにして中に突入してきたのは、金属のマネキンだった。
「何だあれは」
各々が武器を持ち、金属のマネキンが一斉にリナとスバルへと押し寄せる。
首を傾げるリナだが、その一方でスバルは彼らを知っていた。
「ランナーズ!」
「なんだそれは」
「そういうゲームに出てくるキャラクターだよ。他人数バトルロイヤル方式で、標的を捕まえた奴が勝ちっていう鬼ごっこ形式ゲーム。オンライン対戦もできる。後、運営ががめついから課金制度もある」
いらない情報も付け足されたせいか、リナは余計に混乱していた。
だが、『捕まえた奴が勝ち』というキーワードに焦点を当て、結論を出す。
「つまり、あれはこちらを捕まえようとしている?」
「ゲームのキャラクターだぞ」
言ったところでスバルは気付く。
先頭のマネキンがチェーンソーを手にしており、その刃が激しく回転していることに。
「やばい! 早く逃げないと殺されるぞ!」
「全員殺せば早い」
そう結論付けると、リナは掌をランナーズに向ける。
肌から焼けつくような熱気と共に火球が生成されていった。
火球が放たれる。
ランナーズに命中したそれは、大きくはじけ飛ぶと同時、工場に大きな爆炎を灯した。




