プリンセス、宇宙人と出会う
話は数刻前に遡る。
この日、社内には衝撃が走っていた。
絶対に負けないとされていたプリンセスの敗北。
普段とは異なる戦いとはいえ、この出来事は衝撃だった。
「……」
そして、当の本人は呆然としていた。
集中力は途切れ、シグナル・ザンと殺戮ジェットの戦いを眺めている。
表情には感情がまったく浮かんでいなかった。
「あの。あれ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫に見えるか?」
「見えないですけど……」
明らかに沈んでいるのは目に見えている。
だが、誰もフォローすることができなかった。
これまでそんな機会が全くなかったからだ。
だから何といえばいいのかわからない。
これが普通の人間だったらまだ言葉をかけられたのかもしれないが、いかんせん彼女の機嫌を損ねた人間の末路を知っているだけに、迂闊なことを口にすることはできないのである。
「た、大変です!」
すると、そこに慌てた様子のスタッフが入ってくる。
その場にいた全員が訝しげに視線を向けるが、スタッフは気にすることなく口にした。
「宇宙人が来ました!」
「は?」
静寂が訪れる。
プリンセスが流しているゲーム音が空しく響いた。
「宇宙人が来ました!」
「二回言わなくていいよ」
白けた顔で言われてしまった。
「いや、本当なんですって! 冗談ならもっとまともなことを言いますから!」
「大体、今はタイミングが悪いぞ。夢の報告なら休み時間にでも聞いてやるから」
「失礼するぞ」
直後、スタッフが開け放った扉から男の声が聞こえた。
知らない声だ。
他のスタッフたちが振り向くと、そこにはなぜか頭にヘラクレスオオカブトを乗せた、全身泥だらけの男がいた。
「だ、誰だ君は!?」
「警備員はどうした!?」
「警察に電話だ! 早く!」
突然現れた不審者に動揺するスタッフたち。
「落ち着け。慌てたところで、今起きてしまったことはどうにもならない」
不審者がなんかほざいてきた。
落ち着くように手で制してくる。
「あ、あなたは一体?」
とりあえず疑問を口にしてみた。
泥だらけの不審者はやや間を置いた後、こう告げる。
「山田・ゴンザレスだ」
「山田」
「ゴンザレス」
聞いたことがない名前だった。
少なくとも関係者ではない。
「別に危害を加える気はない。ただ、警告しに来ただけだ」
「警告!?」
「おい、あのヘドロ人間は何を言ってるんだ!?」
「静かに。落ち着け」
やはり手で落ち着くよう指示しだす泥人間。
なぜこんなにも偉そうなのかわからないが、妙な迫力があったので全員従ってしまう。
尚、頭にいたヘラクレスは角を振り上げていた。
今のところ、飛翔する様子はない。
「いいか。俺の用はプリンセスだけだ。どうしても伝えなきゃいけないことがあるから宇宙から帰ってきたんだ。あまり手間取らせるな」
「宇宙人だ!」
「宇宙から来たって言った!」
「ほら、やっぱり宇宙人でしょう!」
「宇宙人って泥被ってるんだ」
「頭にヘラクレス乗せてるんだ」
おかしい。
帰ってきたと言っている筈なのにどうして『宇宙人』と扱われているのだろう。
山田は首を傾げたが、これ以上詳細を話すと必要以上に拗れそうなので何も言わないことにする。
「ともかく、失礼するぞ」
ずかずかと中に入る山田。
誰かが止めようとするが、頭の上にいたヘラクレスが羽を大きく伸ばすと、その動きは静止する。
威嚇行動だった。
「貴様がエリアルか」
ずかずかと収録スタジオに入り込んでくる山田。
幸い、今は負けた後でライブは終了している。
現在行われているのは赤猿の主催目線放送だけだった。
「……」
呆然としたまま山田を見上げるエリアル。
突然現れた泥だらけの男を目の当たりにして驚きはするものの、徐々にまた生気のない表情に戻っていった。
「面白いな。そんなにころころと表情が変わるのか」
「あなたは?」
「山田・ゴンザレス」
やはり知らない名前だった。
「どうして頭の上にカブトムシがいるの?」
「宇宙帰りだからな」
説明になっちゃいなかった。
「む」
山田が画面を見やる。
しばし考えた後、彼は尋ねた。
「もう戦いは終わったのか」
「ええ。負けてしまったけどね」
「それで落ち込んでいるのか」
「……」
返答は返ってこない。
「わからないの」
「は?」
「何も聞こえないし、なにも響かなくなっちゃった。こんなの初めてだから、自分でもどうなってるのかわからない」
なんのことかまったくわからなかった。
だが、山田にはひとつだけ言っておかねばならないことがある。
「心の整理がついたらでいいが、あまり引退した奴に執着するなよ。お前がそのまま続けるにせよ、終わらせるにせよだ」
「終わりはないよ」
きっぱりと、そう告げた。
「エリアル・ブルーミーは最強のプリンセスだから、終わらない。私が終わらせない」
「無敗のプリンセスなのが売りだと聞いていたが」
「負けたことがあるって言える方が素敵じゃない?」
自分の中で何かが変わったのは確かだろう。
そこに戸惑いを感じているのは事実だ。
「それに、好きなの。エリアル・ブルーミーが」
「そうか」
「言いたいことはそれだけかしら」
「ああ。だが忠告は一度だけだ。二度目があるときは、俺の頭にいるヘラクレスが火を噴くぞ」
それはそれで見てみたい気がする。
だが同時に嫌な予感もしたので、大人しく従っておくことにした。
彼が何を危惧してここに現れたのかはまったくわからないのだが、ここは話を合わせておいた方がいいだろう。
「話は終わりだな。俺は帰る」
「気になるのだけど、シャワーは浴びないでいいのかしら」
「宇宙船に完備されてたからいい」
宇宙船ってなんだ。
しかも完備されているのか。
「それに宇宙からなら地球の裏側でもすぐに行ける。乗船全員殴り倒して正解だった」
なにやら物騒な単語が聞こえてくる。
「あ、そういえばもうひとつ聞いておきたいんだが」
「なに?」
「宇宙船って、目立つかな」
「目立つと思う」
スタッフ全員が首を縦に振った。
それを見て、山田は苦し気に考え込む。
「……お前ら。今日見たことは忘れろ。宇宙船なんてない。いいな」
「そんな無茶な」
「やるんだ。さもなくばヘラクレスが火を噴くぞ」
そもそもスタッフたちは宇宙船を見ていないので、その要求は無茶というものである。
だが、言いたい放題言った後、山田は上を見上げて言い放った。
「今度こそ用事は終わりだ。じゃあ秘密は守れよ!」
直後、山田の体が光に包まれる。
光はそのまま天井を突き抜けていくと、どこかへと消え去ってしまった。
後に残されたのは山田にこびりついていた泥だけである。
「何だったんだ、今の」
「さあ」
困惑するスタッフとエリアル。
だが、また変なのに絡まれても困るので忠告は守ろうと心に決意した。
同時に、彼らは深く心に刻み込む。
宇宙人って本当にいるんだな、と。
そして宇宙人は頭にヘラクレスオオカブトを乗せているんだな、と。




