勝者と敗者のはざまで
『ひ、引き分け!? 引き分けだ!』
赤猿が驚愕しながらも実況する。
当然だ。
このバトルロイヤル形式の乱闘で、まさか引き分けになるとは思いもしなかったのだ。
それは試合を見ていたリスナーや、参加していた選手たちも同様である。
特に殺戮ジェットを駆っていたペルゼニアは、憤慨していた。
「引き分け!? どこが引き分けなの!?」
新たに取り寄せた筐体に手を叩きつけ、叫ぶ。
「ポンコツゲームが! 先にアイツの胴体を切り刻んだのは私よ! なのに、どうして引き分けなの!? アンハッピーよ!」
眼に血が走る。
今にも爆発してしまいそうな感情を目の当たりにして、従者であるローグエール姉弟は慌てふためく。
「おいおいやべぇぞ。姉ちゃん、俺たち死ぬんじゃね?」
「確かにな。だが、ペルゼニア様がそう望まれるのであれば仕方がない」
「足、めっちゃ震えてるけど」
「何の話かな」
「姉ちゃん、クール顔で言えばなんでも誤魔化せると思わない方がいいぞ」
「うるさい」
緊張感のないやり取りだ。
だが、そんな従者たちの言葉を聞いたからだろうか。
ペルゼニアは徐々に落ち着きを取り戻していく。
「いいえ。いいえ。それはないわ。まだ私にはふたりとも必要よ。怯えさせてしまうのはアンハッピーだわ。ごめんなさい」
淑女の様に涼しげな顔に戻る。
ぴりぴりとしていた空気は落ち着きを取り戻したが、ゼクティスとジャオウは知っている。
内に秘めた暗い炎が全然収まっていないことに、だ。
「結果は残念だったわ。でも、それなりに楽しかったから良しとしましょう。それに、例のプリンセスともまた遊んでいいわ」
だが、屈辱を二度も味合わせてくれたあのシグナル・ザン。
アイツだけは絶対に許すことができない。
蛍石スバルと同様に、この手で血塗れにしてやって、ありたらゆる絶望を与えてやらねばならぬ。
この屈辱を晴らすにはそうするしかない。
「ところで、このシグナル・ザンとかいう機体だけど、どこの誰かはわかっているのかしら?」
「いいえ。残念ながら今回が初出場の無名プレイヤーです。少なくとも、プロプレイヤーではないそうですね」
プロを擁する団体に問い合わせ、このシグナル・ザンの調査を進めたがいずれも手掛かりはなかった。
だが、団体も注目する選手だったようだ。
可能なら引き抜いてみたいというコメントを何度か聞いている。
しかし、残念なことにシグナル・ザンの手掛かりはないもなかった。
IPアドレスを辿ればどこからプレイしているのかは追えるのだろうが、ゼクティスはそこまでする気にはなれなかった。
「ペルゼニア様。いかがなさいましょう」
「そうね。息抜きにはなったから、そろそろ仕事に戻るわ。ジャオウも、元の仕事に戻ってくれていいわよ」
「はっ!」
これはあくまでペルゼニアの息抜きの一環だ。
蛍石スバルと戦うために訓練を始めたブレイカー戦の、第一歩に過ぎない。
そこで変な寄り道をする必要などないと判断していたのだ。
例えこのシグナル・ザンが本当に蛍石スバルだったとしても、だ。
物事には順序がある。
その順序を辿れば、おのずと蛍石スバルは絶望を味わうことになるだろう。
だから、今は変なスキップを入れるべきではない。
「ゼクティス。私、戦えていたかしら」
「結果だけ言えば、十分な戦果かと」
「そうね。初心者ながらよくやれたと思うわ」
だが、望んでいる答えが違うことはお互いに理解している。
だからゼクティスは頷きつつも続けた。
「しかし、ペルゼニア様が支配者となるためにはまだ足りないかと」
「ありがとう、ゼクティス。お前は本当によくできているわ」
ここでこちらの調子をうかがうような誉め言葉を投げかけたら殺してやったところだ。
自分の押してはならないスイッチというものを、この従者はよく理解してくれている。
「もっともっと得る必要があるわ。力も知恵も、まだ足りない。でも時間も余ってないわ。ゼクティス、もっと効率をよくしたいのだけど」
遠回しに、これから忙しくなるぞと言っているのが理解できた。
「かしこまりました。では、訓練の時間を増やしましょう。ペルゼニア様が望まない業務はすべて我らが」
「助かるわ」
最後に、ペルゼニアは筐体に指をあてる。
「さようなら。今日はとても楽しかったわ。でも、とてもつまらなかったの。だから、じゃあね」
直後、筐体が破裂した。
暴風が内部から膨れ上がり、唸りを上げる。
至近距離で飛び散った部品に対し、ペルゼニアは微動だにしない。
寧ろ、傷ついた肌から流れる血に歓喜し、拭い舐めとる。
染みわたる鉄の味が、彼女にアドレナリンを送り続けていった。
「絶対におかしいです! スバルさんが勝ってました!」
「でも結果は結果だからな」
大健闘。
これが蛍石スバルの感想だった。
「そもそも、メタルエンプレスを倒せた時点で目的は達成できたんだからさ」
「でも、直接対決じゃなかったです!」
少なくとも、バトルロイヤルルールでなければ勝利はあり得なかった。
他のプレイヤーたちの奮闘を、運よくスバルが引き継いだに過ぎないのだ。
「わかってるよ。それも含めて、俺はまだまだってことだな」
「必要以上に自惚れないのはいいことだぞ。足元をすくわれかねないからな」
「カイトさんとの件で嫌って程思い知ったよ」
自嘲気味に笑うも、ここでスバルは気付く。
「あれ、そういえばカイトさんは?」
「そういえばまだ帰ってこないな」
「連絡もないよ」
全員の表情がどんどん青ざめていく。
まさかあの男に限って途中で死んだとは考えづらいが、ここまで音信不通だと不安になる。
何と言っても疫病神だ。
単独行動させている間にどれだけのトラブルを作り出しているか、想像するだけで怖い。
「ただいま」
そんな時だ。
背後からタイミングを見計らったように知っている声が響いた。
神鷹カイト23歳、久しぶりすぎる帰宅だった。
「カイトさん!?」
「お前、今までどうしてたんだよ!?」
「心配してたんだよ!」
「悪い。今まで電波が届かないところにいてな」
「にしても、いきなり帰ってくることはねぇだろ。今まで何してたんだ?」
怒涛の勢いで押し寄せてくる仲間たちに対し、カイトは心底疲れ切った表情で指を上に向ける。
「宇宙」
「は?」
「いや、いい。忘れてくれ」
肩を落とし、カイトは担いでいた籠を机の上に置く。
なぜかヘラクレスオオカブトがいた。
「どうしたのこれ」
「お土産」
「なにしてたんだよお前は」
「地球の平和を守ってきた」
本当に何をしてたんだ、こいつは。
しかも当初の目的から大きく外れている気がする。
「結局、プリンセスにこっちを探らせないって件はどうなったんだ?」
「そこはなんとかした」
「本当かよ」
「本当だ。証拠は何も用意できないが、仕事はこなしている」
本人がそういうのであれば、納得するしかない。
元より行動で証明する男だ。
それに、これまでの実績を考えたら、こんなところで変な嘘はつかないだろう。
「ていうか、世界の平和と本来の仕事こなして、どうしてお土産がヘラクレス……?」
「かっこいいだろ」
「好きなの?」
「うん」
すんなりと頷いた。
あまりにもすっきりとした『仕事をこなした表情』なので何も言えなかったが、スバル達は訝しげに虫籠の中のヘラクレスを見つめるだけだった。




