頬袋ボッチ仮面の憂鬱
スナイプは孤独との闘いである。
身を潜め、目立たないようにして不意を突く。
タイマン勝負では絶対に成立しない戦いだ。
しかし、タイマン勝負しかやってきていないプリンセスと戦うなら、この戦い方が有効な筈。
そう考え、このバトルロイヤルに参加したプレイヤーがいる。
名を『頬袋ボッチ仮面』という。
「ずっと待機するの苦痛じゃないし。人間界ではボッチでも友達いるし」
レバーを握る手に近くでリスがたたずむ。
現実世界で息苦しい人間関係から逃れるため、森で動物同然の生活をしているときに得た唯一の仲間だった。
「リス君。今の動き、どう思う?」
「――――」
当然だがリスは人間の言葉を語らない。
だが、その意図は明確に理解できる。
だって長い付き合いなのだから。
「そうだね。明らかにボクのスナイプを利用して避けたよね」
虚ろな目で画面を見る。
先ほどは放ったスナイパーライフルの弾丸は、カジキ・ポセイドンと挟み込む形でメタルエンプレスの背中に命中する筈だった。
しかし、メタルエンプレスはそれを避け、そのままカジキ・ポセイドンに命中。
自分の弾丸を利用し、起点にしてしまった。
「つまり、こっちに気付いてるよね」
元々、11人しかいない決勝リーグなのだ。
数の把握ができれば、誰がどこにいるのかなんて一目瞭然である。
しかし、水中最強と呼ばれているカジキ・ポセイドンと激しい戦闘を繰り広げながら、状況を把握するのがどれだけ難しいのか理解できないボッチ仮面ではない。
「……嫌だな。自分より強い子を見るの」
もしも自分なら同じことができるだろうか。
想像し、ナンセンスだと悟る。
序盤でシグナル・ザンと殺戮ジェットに囲まれた段階で、きっと諦めた筈だ。
では、もしもそんな『格上』が自分を標的にしたらどうするか。
メタルエンプレスが振り返る。
スコープ越しで、目が合った。
『おっと、頬袋ボッチ仮面の『マジコドク・ジャケット』がライフルを構えている! これは次のターゲットになるのか!?』
実況の赤猿がいらんことを大声で語る。
辺に意識をさせるな。
集中力が乱れる。
だが、そんな文句もすべて口に出る前にかき消された。
メタルエンプレスがこちらに向かってきたのである。
「き、来た! 来たよリス君!」
リス君が画面を見上げ、呑気に種をむさぼり始めた。
「大丈夫。ボクはこれでも逃げに関しては定評があるプレイヤー!」
『しかしマジコドク・ジャケットは逃げにとても定評がある! ぼっちと追いかけっこをして届くことができるのか!?』
「うるさいな」
実況をミュートに変更。
同時に、マジコドク・ジャケットのマントが変形する。
加速ブースターだ。
これを使うことで一定時間、スピードを強化できるのである。
だが代償として、暫く使えなくなるのだが、使えるときに使わないと宝の持ち腐れとなってしまう。
三角形に変貌したマントから青い光が灯った。
直後、マジコドク・ジャケットが猛加速。
「知ってるよ。メタルエンプレスにはこういったオプションがついていないのを」
だから一度加速してしまえば、射程圏外に逃れることができる。
幸いにも海底ステージはそろそろ切り替わる。
これまで動きづらかった他のプレイヤーも、一斉に動き出してくるはずだ。
そこで体勢を整える。
考えていると、画面が切り替わった。
薄暗い青で埋め尽くされたフィールドが、更に黒へと塗り潰されていく。
切り替わったフィールドは、『宇宙』だ。
「素晴らしいよ、リス君。いい引きだ」
フィールド、宇宙には地面という概念がない。
だが、その分次から次へと障害物が飛んでくる。
スペースデブリや隕石の類だ。
これらは隠れるにはうってつけで、一度障害物が潰れてもまた次の隠れ蓑を探すことが容易なのである。
隠れてスナイプすることに特化したマジコドク・ジャケットにはもってこいの場所なのだ。
「じゃあ、早速スナイプできそうな場所に潜むかな。撒きつつ、だけど」
距離は離したが、メタルエンプレスはまだ追ってきている。
上手くデブリを何度も移動しながら隠れ、身を潜めるのがベストだろう。
近づかれたら、マジコドク・ジャケットは一瞬で倒されてしまう。
「あれ」
だがその瞬間、頬袋ボッチ仮面にとって予想外のことが起きた。
周辺で浮かぶデブリが一気に爆発したのである。
「え!? 嘘!」
アラートはない。
こちらを狙った攻撃ではないのは確かだ。
『逃がさないかな』
「リス君?」
誰かの声が聞こえる。
この場にいるのは自分と親友のリス君だけなのだが、一体誰の声だろう。
チャット機能はオフ。
実況もミュートにしている。
誰の声も聞こえない筈なのだ。
『これで隠れ蓑はないよ』
「え?」
自分の考えを見透かすような声。
背後を見る。
こちらに迫るメタルエンプレスの姿があった。
背中に装填されているミサイルから発射されている痕跡がある。
「まさか、デブリや隕石の場所を全部破壊したの?」
そんな馬鹿な話があってたまるか。
最初から宇宙のステージが出ているのなら話は分かる。
だが、このバトルロイヤルはランダムステージ。
しかも、今先ほど宇宙になったばかりなのだ。
タイミングから察するに、切り替わった直後にミサイルを発射して障害物を破壊していると思われるが、それにしては速すぎる。
「最初から宇宙ステージを読んでいた!?」
『だって、スナイプ装備を相手にして、一番嫌なのが宇宙だもの』
答えが頭に直接響いてくる。
不気味すぎる現象に直面した頬袋ボッチ仮面は混乱のあまり、取り乱した。
「止めて! ボッチには幻聴はシャレにならないからやめてええええええええええええええええええええええええええええええ!」
力の限り叫ぶ。
だが、当の本人は呑気にこうぼやく。
『そういわないで。さっきの狙撃、狙いは良かったし。だからあなたの全力を見せて。一緒に遊ぼう!』
「それを華麗に避けてるし、ボッチの隠れ蓑を潰した鬼畜のいう事か!」
他の隠れ蓑に移動する時間はない。
距離もある。
ならば、迎撃しかない。
「当たるわけないじゃん! 背中のままでも避けれるような化物に!」
声をかけられたから、気軽に参加してみた。
最初は本当にそれだけの理由でここに来たのだ。
上手く陰キャプレイで勝つことができれば儲かるな、程度の安っぽい思考。
だが、蓋を開ければそこには化物がいた。
ブレイカーズ・オンラインに潜む魔物である。
以前、ネットで聞いたことがある。
プリンセスは普通じゃない、と。
その通りだ。
千里眼か何かを持っているとしか思えないプレイスキルに、迷いのない動作。
なにより純粋さに満ちている。
勝てない。
ぼっちには眩しすぎる。
ライフルをこちらに構えるメタルエンプレスを直視することができない。
「ひぃ! やられる!」
怯える頬袋ボッチ仮面。
だが弾丸が命中するまさにその瞬間、奇跡が起きた。
頬袋ボッチ仮面がレバーから手を離した瞬間、マジコドク・ジャケットが頭に被っていたテンガンロンハットを手に取る。
それを構えると、シールドが展開。
エネルギーライフルの弾丸の弾き飛ばした。
『凄い! あれ、シールドになってるんだ。アニメのロボットみたい』
「え、ええ……?」
だが、これに困惑するのは外ならぬ頬袋ボッチ仮面である。
自他ともに認める陰キャであるこのプレイヤーは、遠距離攻撃に特化した装備と機動性を重視している。
ゆえに、余計な武装は好まない。
特に使う機会が少なそうなシールド発生装置など尚更だ。
こんな酔狂なカスタムで胡麻化すようなお洒落な感性もないと自覚している。
一体いつの間にこんな武装を組み込んでいたのか。
記憶を呼び起こすも、その答えは出てこない。
代わりに応えたのは、頬袋ボッチ仮面のコントローラーを起用に操作する親友だった。
「り、リスさん?」
「――――」
リスは何も語らない。
だが、どういうわけか彼はブレイカーズ・オンラインの操作をしていた。
怪奇現象に怯える頬袋ボッチ仮面を見かねてか。
それとも自分も単純に参戦したかったからなのかはわからない。
しかし、今マジコドク・ジャケットを操作していたのは間違いなくリスさんだった。




