海底の覇者
殺戮ジェットとシグナル・ザンがダウンした瞬間、他の参加者たちは動揺した。
間違いなくこの戦いで1,2を争う速度を持ったコンビだ。
だが、彼らを相手にしてプリンセスは見事に撃退して見せた。
『すごい』
中継を見ているリスナーたちがコメントを残す。
彼らと同様の感想を、同じ舞台に立つ参加者たちも抱いてしまう。
もしも自分がプリンセスの立場なら、あの2機をあんなに鮮やかにかわすことができただろうか。
「……武者震いがするってぇのはこういうことかい」
ステージは海底に切り替わった。
こうなるとこの場で一番優位になるのは自分であると、イカロス漁師は認識する。
彼は予選でシグナル・ザンと戦っていた。
そのうえで、性能とパイロットの技術。
更に決勝リーグに残しておいた分離戦法には称賛を抱いていたのだ。
だが、そんなシグナル・ザンでもプリンセスには勝てない。
「じゃがのう。だからと言って、ここで引き下がる気はないんじゃい!」
カジキ・ポセイドンが加速する。
『カジキ・ポセイドンが動き出した! 海底ステージはこの機体の性能を120パーセント引き出してくれるぅ!』
解説の通り。
水中でこそカジキ・ポセイドンのポテンシャルは最大にまで発揮される。
その最大に発揮されたパワーで狙うのは、何時だって大物だ。
「次はワシと戦わんかい!」
『いいよ』
不意に、声が聞こえた。
背筋が凍る。
周囲を見渡してみるが、自分以外に誰もいなかった。
「誰じゃあ! ワシの船に誰か乗っ取るんかい!?」
『そんなことはどうでもいいじゃん。今は遊びましょう』
カジキ・ポセイドンの補足を受けたメタルエンプレスがこちらに向かってくる。
この時、イカロス漁師は直感めいたものを感じた。
「まさか、プリンセスが喋っとるんか!」
『集中!』
不気味に感じるが、当の本人は楽しんでいる。
それだけは伝わってきた。
「ええじゃろう。幽霊かプリンセスかは知らんけど、海の中でカジキ・ポセイドンに勝てるとは思わんことじゃ!」
幸いにもメタルエンプレスの装備は海底ではそこまで脅威ではない。
先ほどのようにマシンガンを連射しようにも、海底では弾の速度が遅くなる。
「最初はこれを食らってみぃ!」
カジキ・ポセイドンが回転。
同時に、側面に装備されていた魚雷が展開された。
ばら撒かれた魚雷はメタルエンプレスを補足すると、そのまままっすぐ向かっていく。
『そうはいかないかな』
既にメタルエンプレスはシグナル・ザンから手痛い一撃を受けている。
他にも参加者がいる手前、被弾は避けたかった。
ゆえに、プリンセスは回避行動を選択する。
「見え見えじゃあ!」
しかし、その回避ルートは既にイカロス漁師には見えていた。
長年培ってきた経験で、敵がどう魚雷を潜り抜けていくのかを熟知しているのである。
同時に、そこを通る敵を射抜くために加速も行っていた。
カジキ・ポセイドンの先端に取り付けられた槍が光る。
魚雷を潜り抜けたメタルエンプレスの腹部めがけて、まっすぐ突撃していった。
『いい勢いだね。じゃあ、私も乗せてよ』
「あ?」
メタルエンプレスの足が浮く。
右足がカジキ・ポセイドンの槍の刃を蹴った。
同時に、メタルエンプレスは跳躍。
「な、なんじゃと!?」
『なんだ今のは!』
実況席から赤猿の驚きの声が響く。
『今、海底で最大速度のまま突っ込んできたカジキ・ポセイドンの体当たりに合わせて、ジャンプした! いや、槍を踏み台にしてかわした!』
「そ、そんな馬鹿な!」
今まで色んな敵と戦ってきた。
だが、こんな神がかり的なタイミングで合わせてくる奴なんていない。
いる筈がない。
慌てるイカロス漁師に、メタルエンプレスからマシンガンが放たれる。
海底で弾速は落ちるが、至近距離でほぼ全弾が命中。
高速移動していた機械の魚影は姿勢を崩し、ダウンしてしまう。
「こんな……こんなことが」
呆然。
やりこみにしたって、常識を逸していた。
狙って合わせられるようなタイミングではない。
それはこれまで幾多の敵を海で屠ってきたイカロス漁師が一番よく知っていた。
勿論、偶然上手くいっただけの可能性がある。
しかし、周囲から聞こえる声から溢れ出る自信が、それはないと断定させた。
「プリンセスはコンマのタイミングでも、合わせることができるっちゅうか……これじゃあ精密な機械じゃ」
本当にあの機体を動かしているのは人間なのだろうか。
人間の側だけを配信に映して、本当は高性能すぎる超反応AIでも組み込んでいるのではないかと邪推する。
『機械じゃないよ』
すると、またしても声が響く。
「嘘じゃ! あれを海底でかわすことができる人間なんて……」
『でも、不可能じゃない。それはあなたも知ってるはず』
確かにその通りだ。
しかし、狙ってやって、確実に成功するなら話は別になる。
「お前は何者じゃい!」
『私はエリアル・ブルーミー』
「そんなつまらんことはどうでもええ!」
興味を抱いたのは、エリアル・ブルーミーは本当に倒せる存在なのかということ。
バーチャル配信者で、雑談もやっている程度の情報しか持ち合わせていないが、こうも人間離れの技を披露されると疑問に思えてくる。
「お前は人なんか!?」
『勿論。あなたと同じで、ゲームが大好きな、ただの人間』
ふと、指に違和感を感じた。
思わずイカロス漁師は指を見る。
「い――――!」
なにかがいた。
ブレイカーをデフォルメにしたような、小さい何かがイカロス漁師の指先でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「いや、なんじゃこりゃ!」
謎の小さな生物は何も語らない。
そいつはこちらに手を小さく降ったかと思うと、よじ登るようにして画面の中へと消え去ってしまった。
「なにがどうなっとるんじゃ! もうわけわからん!」
唾を吐き出すような大声で叫ぶ。
混乱した頭を冷静にするのに、集中したいくらいだ。
しかし、メタルエンプレスはすぐそこまで迫ってきている。
「海でワシを落とせると思うな!」
『でも、それができたら私はもっと勢いに乗れる』
そう都合よくいってたまるか。
これ以上、このゲームを彼女に支配されてはずっとプリンセスの独断場になってしまう。
「ここで勢いを叩く! それができるのはワシじゃい!」
『そうだね。きっと皆が似たようなことを思ってるよ』
カジキ・ポセイドンが再起動。
再度魚雷をばら撒き、メタルエンプレスの回避ルートを計算。
一度通用しなかった突撃技をもう一度仕掛けるつもりだった。
だが、これ以上の必勝パターンはカジキ・ポセイドンにはない。
プリンセスが『本物』なのかどうかを、この目で確かめたかった気持ちもある。
しかし、メタルエンプレスを葬れるチャンスはこの体当たりしかないのも事実だった。
「大物を釣り上げるチャンスは何時だって大勝負。勝つか負けるか勝負じゃい!」
メタルエンプレスが予想通りの回避ルートを通った。
カジキ・ポセイドンはそのルートを貫通るすようにして、まっすぐ加速していく。
このままいけば、相手は同じような手段を取らない限りは防御できない筈だ。
「後は正面からぶち抜ければ!」
『じゃあ、最初に君を倒すよ』
直後、正面にとらえていたメタルエンプレスが横に移動する。
その動きを読み取り、イカロス漁師は即座に舵を取った。
「甘いわ! ワシとカジキ・ポセイドンからはそんな動きでは逃げられん!」
次の瞬間、カジキ・ポセイドンが怯んだ。
頭部に弾丸を受けたのである。
「なに!? どこから攻撃を!」
レーダーでは反応なし。
特に補足をされたわけでもない。
『私を背後から狙ってた人がいたの。だからその勢いも、貰うね』
背後からスナイプされるであろうことを予測して、その弾丸を正面から向かってきた自分に押し付けた。
この事実に、イカロス漁師は戦慄する。
「こりゃあ、プリンセスよりかは支配者じゃのぅ」
怯んだ隙に、メタルエンプレスがマシンガンとミサイルを乱射した。
すべてを至近距離で浴びてしまったカジキ・ポセイドンは爆発。
決勝リーグ、初の敗退者となった。




