プリンセスは勢いがお好き
エリアル・ブルーミーは人間が好きではない。
お話をしたりするのは好きだ。
しかし、視線を感じるとどうしても恐怖を感じてしまう。
その視線の先に自分がいて、且つ自分の話題をしていると尚更。
ゾーンに突入した時に聞こえる声は感情や距離によって違ってくる。
間近に人がいると、どうしても大声で怒鳴られたり、負の感情が大きく反映されてしまうのだ。
ゆえに、彼女は直接人と触れる機会を減らすことにした。
こうやって配信を中心に収益を稼ぐことで、なんとか心のバランスを保ちながら活動できている。
「ひぃ、――――」
しかし。
この日、遂にその壁を突破して悍ましい感情をぶつけてくる相手に出会った。
殺戮ジェット。
斬撃姫なるプレイヤーが駆る、高機動ブレイカーだ。
フィールドを猛スピードで駆け抜けるこの機体から発せられる感情の波は、今まで感じたどのプレイヤーよりも深く、濁っている。
『あら、どこに行くのかしら』
逃げようとする動作も読まれている。
シグナル・ザンは純粋に勝負を挑んでくる相手だった。
しかし、この殺戮ジェットは明らかに違う。
逃げ惑う相手を追いかけ、踏み潰すのを快楽にできる相手だ。
自分のような『弱者』を蹂躙する、もっとも忌むべき存在。
「おぷ!」
不意に、喉から嗚咽が漏れた。
配信中にも関わらずに出てしまったノイズをとっさに抑え込みつつも、エリアルはレバーを操作。
殺戮ジェットに怯えつつも、その対応を迫られる。
「大丈夫……接近戦しかないのは、わかってるから」
様子がおかしくなったのを心配するリスナーと、自分に言い聞かせる。
「速度はすごいけど、全部さばければ、問題ないから」
殺戮ジェットが迫る。
片手に刀を構え、こちらに止めを刺すつもりだ。
凍えるような心の声を受け止めつつ、エリアルは思う。
信じろ、自分自身を。
飲まれるな。
ここまでエリアル・ブルーミーとして戦い続けた。
その経験と結果が体に染みついているはずだろう。
己の本名を脳に表示させ、それに×をつける。
上書きされた『エリアル・ブルーミー』の文字が明るく点滅すると、彼女は切り替わった。
「じゃあ、やろうか!」
嗚咽から漏れていた唾液が流れるが、気にしない。
体勢を立て直そうといていた撤退行動を中止し、メタルエンプレスは殺戮ジェットへと挑む。
『あら、来てくれるのね。ようやく私と遊んでくれるのかしら』
「自信があるんだね。それって勢いにもなるから、とてもいいと思うな」
シグナル・ザンの動きを視界に収めつつ、狙いは殺戮ジェットへ。
双方ともにこちらをターゲットにしているようだ。
「すー……」
深呼吸。
直後、殺戮ジェットの刀とメタルエンプレスのエネルギーソードがぶつかり合った。
『凌いだ! だが、殺戮ジェットの真骨頂はここからだ!』
赤猿が吠える。
これまでプリンセスだとちやほやされた女王が、早くも撃墜されるのかと興奮気味だ。
「まだ落ちてあげないよ」
意地悪っぽく笑う。
自然と出た笑みに内心驚きつつも、彼女は『エリアル・ブルーミー』が積み重ねてきた自信を改めて実感した。
「そこから離れて連撃でしょ」
殺戮ジェットが素早く離脱。
バーニアを利かせて四方八方からの格闘戦に持ち込もうとするが、
『え!?』
そこで初めて斬撃姫から困惑の声が漏れた。
メタルエンプレスのもう片方の腕に握られているマシンガンが、ずっと殺戮ジェットを補足してたのだ。
『嘘!』
照準から逃れようと、自慢の速度を走らせる。
時にはチェンジ・オブ・ペースを交えつつ、なんとか銃口から逃れようとするが、
『そんな! どうしてずっと追いかけてこれるの!?』
「怖くないよ。怖くないよ!」
悍ましい悪意のような声を振り払いながら、メタルエンプレスが引き金を引く。
弾丸は正確に。
それでいて無駄なく殺戮ジェットに命中。
連続してヒットするそれは、瞬く間に殺戮ジェットの体力を削いでいく。
『あれを見切ってるのか!?』
予選で殺戮ジェットと激しい死闘を演じたシグナル・ザンから困惑の声が聞こえる。
だが、その声に対してはっきりと意見を述べた。
「いいえ。わかるわけない」
『え』
「でも、エリアル・ブルーミーは無敵のブレイカー乗りだもの。相手が勢いづいてきたら、その勢いに乗って羽ばたいていけるんだもの!」
自然と会話してしまっていることに気づいてはいない。
しかし、勢いは確かについている。
「あなたが作った勢いをそのままに!」
全弾命中し、バランスを失う殺戮ジェット。
だが、メタルエンプレスは止めを刺そうとはしない。
標的を変えたのだ。
こちらに迫ってくる、分離したシグナル・ザンにへと。
「私もそれに乗る。勢いは好きだから!」
『こいつ!』
3つに分離していたシグナル・ザンが陣形を崩す。
先ほど滅多切りにしてきた縦の陣形を崩して、こちらを取り囲んできた。
「そういうフォーメーション攻撃もできるの?」
『これならどうだ!』
上半身がライフルを構え、下半身と飛行ユニットが突撃。
膝から延びるレーザーと、光の翼がそれぞれ襲い掛かってくる。
「確かに逃げ場はないね。でも、ないなら作ればいいんだよ」
メタルエンプレスががその場で回転。
マシンガンを乱射しつつ、周囲に浮かぶシグナル・ザンに弾丸を打ち込む。
『げぇ!』
「分離したら、飛行ユニット以外に防御する手段はないよね」
上半身はライフルを構えている。
シールドを発生させるような時間は、もうない。
上半身と下半身は乱射された弾丸を受け、ダメージを受ける。
同時に、怯んでしまった。
『でも、飛行ユニットの突撃ならまだ届く!』
「他のユニットがないなら、そんなの!」
範囲は大きいが、所詮は体当たり。
避けることなど造作もない。
それに本体である上半身が怯んだ手前、飛行ユニットも下半身も自動的に合体してダウンせざるを得ない。
突撃しに来た飛行ユニットはメタルエンプレスの直前で停止し、上半身の元へと帰っていった。
『くそ、タイミング完璧で崩された!』
「君にはおまけもあげちゃう」
ミサイルが発射される。
ダウン追撃だ。
森に墜落するより前に、バランスを失ったままのシグナル・ザンにミサイルが命中。
爆発と共に、大きく多力を削がれてしまう。
『メタルエンプレス、強い! 体力を3分の1まで削られて大ピンチだったにも関わらず、逆にシグナル・ザンと殺戮ジェットをダウンさせた! しかも体力も大きく削っている!』
リスナーによるコメントが次々と流れていく。
残念だが、今はそれを読み上げて余韻に浸る暇はなかった。
しかし、ゾーンを通じてエリアルを称賛する声が聞こえてくる。
『すげぇ! あそこを完璧に崩しやがった!』
『どういう反射神経してるんだ!?』
『もうシグナル・ザンの弱手を見抜いているぞ!』
もっとだ。
もっと褒めてくれ。
あなたたちが称賛してくれたおかげで、自信がついた。
あなたたちが応援してくれたおかげで、まだまだ強くなれる。
そして対戦者たち。
もっともっと挑みかかってくれ。
あなたたちの勢いに引っ張られて、私はもっと強くなれる。
『予選を騒がせたシグナル・ザンと殺戮ジェットでも勝てないのか!? 誰かこのプリンセスを倒せるのか!?』
赤猿の実況直後、ステージが切り替わる。
緑あふれる森林は消え、空間は暗い青に染まっていく。
『おっと、ランダムステージ切り替えが作動! ここからは海底ステージだ!』




