燃えろ警部さん!
とあるカフェでひとりの中年男が新聞紙を読んでいた。
男は金髪のボサボサヘアーで、見るからに安っぽいコートを着ている。
名前は、ネルソン・サンダーソン。
警察をやっている。因みに警部だ。
だが、ここのところ失敗ばかりでいつも獲物を逃がしてしまう。
そして、そのたびに給料が減って行く。
部下からの信頼が厚く、戦闘技術も申し分ない。いわゆる「超熱血警部」なのだが、毎日のように怪盗に逃げられているのが彼の巨大な悩みである。
果たしてこのままでいいのだろうか?
家に残してきた妻のメアリーと娘のクリスはきちんと生活できているのだろうか?
と言うかこんな風に家族に心配をかけてしまうような俺は人間として生きていいのだろうか?
そもそも俺は本当に人間なのか?
と言う事は、俺はアウストラロピテクスよりも頭が悪いのかも――――と言う事は俺は猿か?
猿なんだな?
猿なんだろう?
「俺は猿だぁぁぁぁぁぁぁぁっ―――――――――!」
「しっかりしてください、警部!! 何をいきなり退化しちゃいましたよ宣言しちゃってるんですか!?」
どう連鎖していけばそうなるのか分からないネルソンの思考回路を止めにかかったのは彼の部下であるジョン・ハイマン刑事だ。
ジョンは、ネルソンの部下になってかれこれ2年経つ。怪盗シェルを追いかけてからの縁だ。
おかげでネルソンの暴走(?)を止める役は自動的に彼になるのである。
「す、すまんなジョン。最近どうも疲れているみたいだ」
ネルソンは深呼吸をしてからコーヒーを口に含んだ。
ジョンはこの光景を見て、自分もコーヒーを飲む。
ジョンはコーヒーを飲み終えてからネルソンのほうを見ると、ネルソンが今日の朝刊を見ながら肩を震わせていた。
そしていきなり立ち上がり、ジョンの首をしめ、上下に揺さぶる。
「うおおおおおおおおお! 俺は悔しいぞ! 毎回毎回あの怪盗に逃げられては給料を下げられ、家族にも会えない! 挙句の果てには自分をアウストラロピテクス以下だと認めてしまったぁぁぁぁっ!」
「け……警部……はなして……ぐるじい……」
ネルソンはその一言で我に帰ると、目の前ではジョンが泡を吹かしながらその場に崩れ落ちていった。
それを見たネルソンはテーブルの向こうにいるジョンのもとに駆け寄る。たったの数歩の距離なのだが、血相を変えてダッシュしたことから部下を大事にしていることがうかがえる。
だが、それをも上回るネルソンの宇宙的な思考回路と想像力が悲劇を生んでいるのは本人にはわかっていない。
「ジョン! ジョン! しっかりしろ! クッ! 一体誰が俺の大事な部下を!」
この様子を店内で見ていた客と従業員は一斉にネルソンに突っ込んだ。
「お前だよ」
それからしばらくして、ジョンが目覚めた瞬間、ネルソンが首を吊ろうとしていたのは言うまでも無い。
怪盗シェル。
唐突に予告状を出しては颯爽と現れ、予告通りに獲物を盗んでいく畜生めである。
ネルソンとジョンはこの時に駆り出され、そのまま怪盗を追い続けていた。今でこそ世界各国をまたにかけて怪盗を追い続ける専門家と呼ばれているが、肝心の怪盗の素顔を知らなければ逮捕できたこともない。
それほど奴はすばしっこいのだ。手錠をかけたと思いきや、いつのまにか相方のジョンに手錠をかけていたのも嫌な思い出だ。奴は手品師なのか、それともニンジャなのか。
正体はわからないが、ネルソンとジョンがずっと家に帰れないのは間違いなくこの怪盗のせいである。
給料や家のことを考えるのなら、この怪盗をはやく逮捕しなければならないのだろう。
だが、彼は予告状に忠実だ。つまり、予告状の情報が無ければ彼の足取りは掴めないにも等しい。専門家と言われても、所詮はこんなもんだ。
「警部、これからどうしましょうか」
意識を取り戻したジョン刑事が上司に問いかける。
責任感の許容量をオーバーした為に首をつろうとした熱血警部は、さっきまでの取り乱しようが嘘のように考え込む。
「そうだなぁ…………む」
ジョンはネルソンがなにかを凝視しているのに気付いた。
ふと見れば、そこには東洋人の集団がいた。彼らはチラシを眺めつつ、何かを話している。
「既に怪盗が潜んでいる可能性ってないの?」
「あり得る。怪盗の正体がわからん以上、どこから来るかわからんからな。気は引き締めておけ」
とても気になる発言をしながら街中を歩いている。
それを目にしたジョン。とっさにネルソンへと振り向いた。
「警部! 彼らが言っている怪盗とはもしかして」
「待てぇい、貴様ら!」
ネルソンは既に走り出していた。
「はやっ! 警部、早いですって!」
猛烈な勢いで走り出すネルソン。
鍛え上げられた下半身がしなり、大地を蹴り上げる。中年男性が空を切り、東洋人たちに向かっていった。
「ん?」
「なんの騒ぎでしょう」
彼らが振り返る。
するとどうだろう。安っぽいコートに金髪ぼさぼさのおっさんが凄くうれしそうな顔で走ってくるではないか。しかも凄い速さで。
「なんだあれ!」
「わからん」
動揺するスバル。
わからないなりに困惑するカイト。
げんなりしているエイジとシデン。
おどおどとするマリリス。
各々反応は違えど、急接近してくるおっさんに対する対応はひとつだった。
「どうするべきだと思う?」
「逃げよう」
「俺たち、特に悪いことしてないけど」
「そのとおりだが、嫌な予感がするから逃げよう」
カイトがスバルを抱える。エイジはマリリスをおんぶし、彼らは疾走。街中を歩く民衆の間をじぐざくと駆け抜けていき、おっさん警部による謎の追撃をかわしていく。
「一体奴は何者だ」
「俺が知るかよ!」
「顔を観察しろ。こっちに悪意があるかどうかを確認するんだ!」
無茶な注文をされるも、スバルはなんとか振り向く。
心なしか、どんどん接近してきている。カイト達が無駄のない走りだとすると、おっさんは爆走する戦車だ。力づくで障害物を薙ぎ倒し、カイト達に迫ってくる。
とても嬉しそうな顔で。
「なんでかわからないけど嬉しそうだ!」
「なんでだ!?」
「知らないよ!」
「待てえええええええええええええええええええええええええええええええええいっ!」
無駄に鋭い叫び声を発しながらおっさん警部は走る。
エイジに背負われたマリリスがびくり、と震えた。
「あ、あの! なにかの人違いではないでしょうか!? 私たち、あなたと話したことも会ったこともないのですが!」
とても正しい主張だ。
必死にネルソンを追いかけるジョンも『そうですよ警部。ぜぇはぁ』と漏らしている。
「喧しい! お前たち宇宙人を捕え、地球への侵攻を止める!」
宇宙人。
突然吐き出された聞き慣れない単語を耳にし、超人達は戸惑った。
「宇宙人?」
「誰が」
お互いを見やる超人軍団。
少なくとも、グレイ顔はいない。後、タコっぽい奴もいない筈だ。
「そこの青いの! お前だお前!」
「え、ボク?」
名指しされたのはシデンだった。
「ああ」
「なるほど……」
「まって。どうして納得してるの?」
カイトとエイジが納得したように頷くのを見て、怒りの表情を露わにするシデン。
が、その理由は警部自らが叫ぶことで明かしてくれた。
「その不自然にまで青い髪に、金髪! 怪しい服装、恐らくは宇宙服だろう!」
メイド服は彼の目から見て宇宙服と同じらしい。流石にこの理論は始めて聞いた。
「奴はメイド服を見たことがないのか?」
「いや、もしかすると俺たちが遅れてるだけなのかも」
お互いを見やり、妙なことを語りだすカイトとエイジ。
失礼なことを言われているのに気付き、シデンは怒りだした。
「ちょっとふたりとも! どっちの味方なのさ!」
「いや、あそこまで真剣に言われると」
「俺たちが騙されてるのかなって思わないかな」
「思わないで!」
シデンは急ブレーキ。
その場で立ち止まると、ネルソンへと振り返る。
「あの失礼なおじさん、黙らせないと!」
「シデンさん! あ、いや。宇宙人さん、なにする気!?」
「言い直さない!」
睨まれ、スバルは怯む。カイトとエイジも立ち止まると、シデンとネルソンの対峙を見守った。
「ふっ、宇宙人! とうとう観念したようだな!」
ネルソンも立ち止まり、シデンに向けて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
心なしか、とても嬉しそうだった。
「覚悟しろ宇宙人! 怪盗の前にまずは地球侵略をたくらんでいる貴様を逮捕してくれる!」
逞しい二の腕を見せて筋肉をアピール。
キャプテン・スコット・シルバー並に暑苦しい筋肉だった。
「怪盗? 奴は今、怪盗といったか」
「警部ぅ、止めましょうよぉ。今時宇宙人なんているわけないじゃないですかぁ」
ジョン刑事が息を荒げつつ追いつく。
が、ネルソンは止まらない。
「ジョン、地球の平和を守るのが俺たちの使命だ! あの怪しい宇宙人をとっつかまえて、連中の侵略を阻止するのだ!」
聞いちゃいなかった。
アホみたいな話だが、共に怪盗を追う者同士。こうして謎の巡りあいを果たしたのであった。




