プリンセスはお熱中!
新人類王国の現女王、ペルゼニア・ミル・パイゼルは一度熱中すると中々抜け出せなくなる。
当初は『面白そう』と半分の遊び感覚で参加したブレイカーズ・オンラインのイベントだが、気づけば『シグナル・ザン』しか眼中にない状態となぅている始末だ。
「ゼクティス。アイツに私の意向は伝わったかしら?」
「はい。ペルゼニア様。先ほど、メールにて」
「姉ちゃん、メール出したのは俺だからな」
鉤爪の男がゼクティスの後ろから顔を出した。
彼女の実の弟であり、同じくペルゼニアの従者であるジャオウだ。
ジャオウは姉のゼクティスとは違い、表立ってサポートをすることは少ない。
ただし、その分姉から仕事を押し付けられる。
「仕方があるまい。私とお前で得意分野が違うのだ。できる者が担当した方が効率は良いだろう」
「素直にメールの文章を打つのが苦手だって言えばいいのに」
無言のアイアンクローがジャオウの顔面を捉えた。
しばし悶えるジャオウ。
ばたばたと足をばたつかせつつも、その身体は宙に浮く。
「仲がいいのね。ハッピーだわ」
「お褒め頂き光栄です」
「んぐぅ! んぐぉ!」
顔面を鷲掴みにされたジャオウがもがくも、主君は微笑ましく見守るのみ。
割といつもの光景なので、気にならなくなっていた。
「それじゃあ、後は本番の待てばいいのね。楽しみだわ」
笑顔で言う主君に、ゼクティスとジャオウは畏怖の感情を抱いた。
何も知らない者が見れば、天使のような笑顔なのかもしれない。
傍から見ればペルゼニアは無垢な少女でしかないのだから。
だが、傍で仕える彼らは知っている。
そんな見た目が無垢な少女であるペルゼニアが、怒り狂っていることを。
憎悪の感情が瞼の奥から伝わってくる。
明確な殺意が言葉の奥から聞こえてくる。
今、ペルゼニアは確かに敵を捉えていた。
全身から放たれるどす黒い感情を連れ、部屋から出ていく主君を見届けた後、ゼクティスは弟にかけていたアイアンクローを外す。
深呼吸。
新鮮な空気を取り込んだ後、ジャオウは背筋が寒くなっているのを感じながらも口にした。
「姉ちゃん、我が主君ながら恐ろしいと思うぜ。なんだったらそのシグナル・ザンとかいう奴には同情の念しかねぇよ」
「言うな。我々はペルゼニア様の為に生きると決めたのだ。あの方がどんな凶行に出たとしても、従者としてついていくだけだ」
「それにしても、わざわざ最後のお楽しみにするためだけに共闘の申し込みをするってのは相当だぜ。バトルロイヤルを無視してもソイツと決着つけたいってことだろ?」
「ただ決着をつけるのはダメなのだろう」
予選と同じ、後のない状況で決着をつけたい。
その為には他の参加者やシードのプリンセス・ブレイカーは邪魔でしかないのだ。
だから一時的に最大の敵と手を組む。
「ある種の信頼があるのだろう。ふたりで協力すれば、負けることはないと」
「なんだそれ。敵視してるんだろ?」
「敵視しているな。それは間違いない」
だが、同時に。
「恐らく本人も自覚はしていないのだろうが、向こうがペルゼニア様と互角に戦えた時点であの方は認めているのだ。だから信頼関係が生まれる」
「顔を合わせているわけでもねぇのにか」
「あくまで推測だがな」
「でも、結局は抹殺対象であることに変わりはない、と」
シグナル・ザンはどんな形であれペルゼニアの標的された。
これが彼の(彼女かもしれないが)運の尽きだ。
例えこの場を切り抜けたとしても、ペルゼニアは一生消えない傷をつけるまで永遠に追いかけ続けるだろう。
「……どんな奴なんだろうな。ペルゼニア様がここまで入れ込む奴は」
「さあな」
「調べてねぇのかよ。もしペルゼニア様が癇癪を起して直接殺しに行くって言ったときはどうするんだ?」
「その時にやればいい」
これはゲームだ。
本人も『遊んでいる』のだから、極力余計な真似はしない。
主君が望まない行動は、自分たちの寿命を縮める行為だ。
それでは彼女に殉じることができない。
そんな生き方は、望んでいない。
「例の反逆者のガキってのもよ。旧人類なのにブレイカーの操縦だけは滅茶苦茶上手いらしいじゃねーか。ソイツだったら……」
「お前の言いたいことはわかる」
ゼクティスも弟と同じ考えだ。
シグナル・ザンは蛍石スバルが操っている機体である可能性は高い。
「だが、ペルゼニア様は今はまだこのゲームを楽しんでおられる。もしもそうだと思っていても、今は口に出すべきではない」
「りょーかいだぜ。まあ、俺としてはターゲットが絞られた方がやり易いからいいけどな」
同時にジャオウは思う。
「でも姉ちゃん。もしもシグナル・ザンってのが反逆者のガキだったとしたらさ。俺は運命ってのを感じちまうよ。ソイツは何も知らないで、天然でペルゼニア様を夢中にさせてるってことだからな。碌な死に方はしないだろうが、大したタラシだよ」
「そうだな。その点についても同意見だ」
憎悪。
殺意。
だが、同時に愛情と親愛も入り乱れている。
ペルゼニア・ミル・パイゼルとはそういう人間なのだ。
大事だと思う人間は、自分の手でぐちゃぐちゃに壊さないと気が済まない。
しかしながら、そこまでペルゼニアに気に入られる人間は殆ど例がない。
兄であるディアマットについても、ここまで感情を露わにしたことはなかった。
ディアマットのことが嫌いだったわけではないだろう。
それ以上に惹かれる何かを、無意識のうちに感じているだけだ。
「相性はいいのだろうな。残念ながら」
「本当に残念だ。我が主が幸せなら俺としては問題ないが、幸せを求めるたびに血塗れじゃなぁ」
これが普通の女の子ならもっと素直に応援できるのだが。
弟の考えを読みとり、ゼクティスはぼそりと呟いた。
「その時は、きっと新人類王国がなくなった時だろうさ。そうすればあの方は支配者である必要がなくなる」
「おいおい、それじゃあ俺たちやペルゼニア様が消えた後だろうが」
ペルゼニアは新人類王国の頂点に君臨する人間だ。
その彼女の国が消えるときというのは、そのままペルゼニアが倒れた時に他ならない。
当然、従者である自分たちも含めてだが。
「そうだよ。だから残念としか言えないんだ。この話は終わりだな」
お喋りな弟を無理やり黙らせる。
少し、自分でも無駄な話をしすぎたようだ。
もう自分たちは人並みの幸せを求めないと、強く決意していたのに。
思わず弱音のような言葉を口にしてしまった。
主君もそんな自分たちを買ってくれているのだ。
信頼を裏切ってはならない。
「それでお前はどうする? メールを代筆してくれたのだ。本番中に見学くらいはペルゼニア様も許していただけるかもしれんぞ」
「だったらそうさせてもらうかね。例の奴がどんだけ凄いのか、興味がある」
「言っておくが、自分の身はきちんと守れよ。ペルゼニア様がお怒りになった際、前の筐体は切り刻まれているからな」
「そこまで怒り狂ったのに共闘を申し込むのかぁ!?」
「この話は終わりだと言っただろう」
「言ったけどよ……なんか、もどかしいよなぁ」
「言うな」
わかっている。
決意はしていても、幸せを求めたくなる。
主君の幸せだって願いたい。
自分たちを置いてくれ、信頼もしてくれている。
だから、このまま何時崩壊してもおかしくない主君を見ていると、切なくなってしまう。
「あの方がそう望んでいるんだ」
それ以上の会話は続かなかった。
しかしながらゼクティスは無言を歓迎する。
このまま軽口に付き合っていたら、何時か封じていた幸せを求める気持ちが爆発してしまいそうだったから。




