変わり果てた友人
予選リーグを開くと提案された際、特にこれといった感想は抱かなかった。
ライブラリアンはあくまでエリアルのマネージャーであり、彼女の出番がある本選でのみ集中すればいいと考えていたからだ。
精々、友人である仮面狼が出ているのなら誰がそうなのかという興味本位で赤猿の実況動画を閲覧したのだ。
すると、どうだ。
そこには、彼がまったく知らない暴力の化身同士の戦いが繰り広げられているではないか。
「なんだ、これ」
思わずそう呟いていた。
シグナル・ザンと殺戮ジェット。
この2機の戦闘能力は明らかに他のブレイカーを圧倒している。
恐らく、現在のプロゲーマーでも彼らに勝つのは難しいだろう。
こんな連中が、今まで誰にも知られずに活動できたのが信じられない。
「まさか」
だが、ライブラリアンはひとりだけ心当たりがいた。
引退した友人、仮面狼である。
旧人類最高のブレイカー乗りと称された彼ならば、もしかするとこのどちらかである可能性があるかもしれない。
あるかもしれないのだが、しかし。
それにしたって暴力的すぎる。
昔の仮面狼よりも速度が上だし、なにより反応がよすぎるのだ。
もしも彼がシグナル・ザンと殺戮ジェットのどちらかなのだとして、明らかに別物の仕上がり具合だ。
「……赤猿ならなにか知っているかも」
自分に言い聞かせつつ、ライブラリアンは急いでヘッドフォンを装着。
通話アプリを起動させると、案の定オンライン表示になっている赤猿に声を賭けた。
『今、いいか?』
『いいぞ。通話か?』
『そうだ。聞きたいことがある。予選について』
『おk。そっちのタイミングでいいぜ』
親しい者との慣れたやり取りを終え、通話開始。
向こうの声が聞こえたのを確認すると、早速本題に入る。
「予選のことだけど」
『おう。お前の目から見てどうだった?』
「明らかに……目を引くのが、いるな。2機」
別格、と言いかけて訂正する。
どうして言い直したのかは、自分でもわからない。
しかし、今はそうするのがベストなのだと直感が訴えていた。
「赤猿。仮面狼は……彼は、もしかしてどっちかなのか?」
『なんでそう思うんだ』
赤猿はあくまで誤魔化す。
当然だ。
あくまで素性を隠しての参加が仮面狼側からの条件なのだから。
「全体的に予選を見直した。でも、その中で一番彼の動きと近いのは、シグナル・ザンと殺戮ジェットだったと思う」
『あー。高速戦闘に一番慣れてるのは俺たちの中だとアイツだからな』
だが高速戦闘は諸刃の刃だ。
一度でも捕捉されたら、そこでゲームオーバーの危険性を孕んでいる。
ゆえに、なにもできずに敗退したという可能性もあるのだ。
『もしかすると、負けた連中の中にいるんじゃないか?』
「それはない」
『断言しやがったな』
「でないと、お前ははぐらかすような言い方はしない」
言われ、赤猿は沈黙。
ややあってから、恐る恐る問う。
『もしかして、カマかけた?』
「悪い。どうしても知りたくな」
『かぁー! 嫌な奴! 俺以外に友達いるのか?』
言いながら友人を続けてくれているのが彼のいいところだ。
ライブラリアンは自身に友人が少ないのを自覚している。
元々暗い性格で、理屈屋なのだ。
少し冷めている根暗野郎、と言えるかもしれない。
ただ、そんな自分が今はやけに熱くなっているのを、ライブラリアンはまだ自覚していない。
『んで。どうする気だ。流石にチクったらお前でも許さないぞ』
「流石にそんなことはしないさ。彼のことについては、深い事情があるのは承知している」
問題なのは、
「ただ、明らかにこう……動きが尖っていた」
良くなっている、という表現とは少し違う。
以前までの彼の動きは、高速戦闘のお手本のような動きだった。
解説もしやすく、多くのプレイヤーが見ても参考にしやすい、模範生的な動きだったと言える。
だが、今日の彼は明らかに違った。
『そうだな。俺もこの前、久しぶりにプレイしてるところを見たんだけど……なんか、勝ちに貪欲になった気がするな。勿論、元々が無欲だったわけじゃねぇんだけど』
例えるなら、今まで羊だった奴が、半年ぶりに再会したと思ったら狼になっていたような衝撃だ。
それだけ彼の動きは暴力に満ちていたのだ。
「半年もあればプレイスタイルが変わる事もある。だけど、彼のは」
『全体的にスキルアップしてるのは間違いねぇな。それにプラスして、勘も冴えてる』
「誰かに師事したのか?」
『いいライバルができたみたいだけどな』
「ライバル?」
『無茶苦茶やべーのがいるんだよ。信じられるか? ゲーム始めて1週間で俺たちをごぼう抜きするような化物がいてよ』
「はぁ!?」
誰がソイツは。
もしかすると、シグナル・ザンと殺戮ジェットのどちらかがそのライバルなのだろうか。
『とにかく、アイツの環境は俺たちが知っている時と比べて大きく変わったのは事実だ。これ以上は本人のプライバシーを尊重させてくれよ』
「ああ、そうだな……」
環境が彼を起きく変えた。
ライブラリアンは思い出す。
始めて会った仮面狼を。
あの時は、本当に無害な少年、という認識しかなかった。
プレイもお手本通り。
綺麗な動きだし、応用もできる。
憧れは持たれやすいプレイだと思う。
だが、それゆえに厳しい勝負の世界では生き残れない。
旧人類というハンデもあるが、仮面狼がプロゲーマーになれなかったのは何よりも勝利への貪欲さが薄かったからだ。
自分や赤猿もそうだった。
だからライブラリアンは大好きなゲームを眺めることにしたのだ。
自分よりも遥かに上手い、エリアルの後ろから。
しかし、今の仮面狼はどうだ。
勝利への飢えに乾いている。
同時に、恐ろしいレベルへのスキルアップを果たしていた。
ほんのちょっとの期間で、どうすれば人はあそこまで変わることができるのだろうか。
「赤猿。もしも今の仮面狼と戦ったら、勝てるか?」
『わからん。その時の結果次第だな』
赤猿は笑いながら答える。
これが自分たちがプロに慣れなかった理由なのだと感じつつも、言葉を待った。
『昔は割といい勝負してたけどな。今だと多分、俺が3割勝てたらいい方か。本当に、なにをやったらあんなに腕上がるんだろうなって感じ』
「確かに、な」
なにをすればあそこまで上達するのか。
そこに関してはライブラリアンも是非知りたいところだ。
『それで、お前はどう思う?』
「なにが」
『とぼけんな。お前のところのプリンセスだよ。ゲストに出てもらったけど、結構謙遜する子だったからな。マネージャーとして一番彼女の戦いを見てきたお前の意見を聞いてたいんだよな』
「我らが仮面狼がどこまでいけるか、か」
シグナル・ザンと殺戮ジェットのどちらが仮面狼なのかまでは定かではない。
しかし、予選の動きからして性能はなんとなく把握できた。
そのうえで自分の見出したプリンセスとの戦いを脳内シュミレートする。
その結果は、
「間違いなくエリアルが勝つ」
『贔屓か?』
「贔屓をするなら仮面狼にしてるかな。その上でも、エリアルが負けることはないと思う」
『ん……まあ、お前が言うならかなりの自信がるんだろうな。理由を聞いてもいいか?』
「そうだな。まずは彼女の認識を改めてもらうことから始めようか」
『認識?』
「お前、謙遜娘って言っただろ。そこがもう違う」
確かにエリアルは動画や配信だと謙遜することが多い。
相手プレイヤーに対するリスペクトは絶対に忘れない、良い娘だ。
だが、本当の彼女は一味違う。
「飢えてるんだ。勝ちにね」
『それ、精神論的な話か?』
「そうだよ。でも、精神が伴ってないと結果は出ないもんだ」
それに、
「あの子は、なんていえばいいのかな。ゲームの支配力がとんでもなく強いんだ。多分、ああいう子がゲームに愛されてるんだなって思う」
『どういうことだ?』
「よくホビーアニメで主人公が玩具に語りかけたり、玩具が主人公の気持ちに応えてくれるシーンがあるだろ。彼女は間違いなくヒロインの器だ」
『アニメの中から現実のプレイヤーに勝負を挑みに来た子だったりするのかね』
「間違っちゃいないよ」
ライブラリアンは真剣な口調で、そう言った。
「彼女はそういう設定なんだ。だからプリンセスとして成り立ってる」
『あー。そういえば、バーチャルだから設定あるんだったな。あれ、誰がデザイン設定してるんだよ。公式サイトには記載がなかったけど』
「俺の妹だよ」
どこが自虐的に笑いつつ、ライブラリアンは自身のプリンセスのポスターを見つめた。




