マユと赤黒い人影(二〇二三年三月九日)
こんにちは、葵枝燕です。
連載『夢日記』第十七回でございます!
この作品は、何か面白い夢見た、これは誰かに伝えたい、記録に残しておきたいーーそう個人的に思った夢を、書いていくものとなっております。
今回は、二〇二三年三月九日に見た夢です。今回の感想を一言で言うなら——私はどういう立ち位置でこの夢を見ていたのだろう、でしょうか。
前回の更新が二〇二三年一月二日なので、約二ヶ月ぶりの更新ですね。
そんなわけで。『夢日記』、今年は二回目、そして、約二ヶ月ぶりの更新でございます。
もしよければ、私の見た夢の話にお付き合いくださいませ。
隣室で寝ている姉と会話を交わしていたら、〇時を過ぎていた。明日も仕事、それも通常どおりの出勤だ、早く寝なければならない。スマートフォンに元々内蔵されているメモ帳アプリに、手早く今日のことを書き留めて、横になった。
そして、こんな夢を見た。
「いってきまーす」
セーラー服を着た、高校生くらいの少女(高校生を〝少女〟と呼んでいいのかは迷うところであるが)が、ドアを開けて外に出て行く。彼女はそのまま、玄関先に置いている自転車を摑み、門扉の方へと歩き出す。
しかし、少女は途中で足を止め、サッと身を隠した。しばらくしてやって来たのは、どんぐり眼が印象的な一人の男性だった。どうやら、少女の父親らしい。身を隠したところを見ると、少女は最近父親とはうまくいっていないのだろう。顔を合わせたくないのかもしれない。
少女は、父親が家の中に入ったのを確認して、家の敷地外へと踏み出した。そのまま、サドルに腰かけ、ゆっくりとした速度で自転車を走らせる。
玄関で振り返った父親は、娘が走り去った方向に顔を向けた。その顔には、どこか心配そうな表情が浮かんでいた。
* * * * *
自転車に乗ったセーラー服姿の少女が、丁字路にさしかかる——そんな様子が、カーブミラーに写っていた。そんな少女の隣に、異質なモノがまるで張り付くように映り込んでいた。赤黒い色のそれは、人間の女性の影のように見えた。
少女が漕ぐ自転車が曲がるのと同時に、赤い人影のようなモノも一緒に同じ方向に曲がる。少女が不安そうな表情を浮かべる。
再びカーブミラーに映ったのは、道がまた丁字路に突き当たる景色だった。少女が漕ぐ自転車が右折——この場合、鏡に映って左右反転しているので、左折であろうか——する。赤い人影もまた同じ方向に曲がる。
「このとき」
少女のものだろう、声が聞こえる。
「この道に、私以外の人はいませんでした」
少女は、前方を見る。そこはまた丁字路になっていて、そこにはまたカーブミラーがあった。
* * * * *
何があったのか、セーラー服姿の少女が後ろ向きに転びそうになっていた。プリーツスカートが大きく拡がり、その下に履いている紺色の体操着のズボンがあらわになる。このままでは怪我をしてしまうかもしれない——そう思った瞬間、少女の動きが止まった。それはまるで、見えないナニカが、少女の背を抱き止めたかのようだった。
「何っ⁉︎」
驚いたのだろう、少女がパニックになる。叫びながら、走り出した。
そんな少女の進行とは反対方向に、一台の大きなタクシーが停まる。〝回送〟という白抜きの字が見える。窓を開けて顔を出したのは、一人の男性——少女が顔を合わせたくないのか避けていた父親だった。
「マユ! 命を捨てるな!」
彼は、何度もそう叫んだ。なぜなら、少女の走り出した方向には、黒い大きな乗用車がいたからだ。
黒い乗用車の車体に手をつくと、少女は身をひるがえした。しかしそこには、父親が乗るタクシーがいる。それでも少女は、それが見えていないかのように、狂った様子で、タクシーに向かって走ってくるのだった。
* * * * *
場面は代わり、どこかの学校の教室の中。もうすぐ文化祭でもあるのか、ザワザワと騒がしく浮かれた空気が、そこには流れていた。
その空気の中に、あのセーラー服姿の少女——マユがいた。クラスメイトなのだろう同じ服装の少女達とかたまって、何やら話し合っている。
「ねえねえ、うちのクラスもマスコットキャラつくろうよ!」
一人の少女のそんな発言に、その場にいた他の少女達も「いいね!」と賛同する。早速、大きめのコピー用紙に、クラスのマスコットキャラクターの絵を描いていく。それを覗き込むように見たマユが、ハッと顔を強張らせた。しかし、少女達の誰も、そんなマユの表情に気付かない。
マユの表情が変わった理由、それは——紙上に描かれたのが、〝赤黒い色をしたウサギ〟だったからだ。その赤色は、あの日自分に張り付くように存在していた人影のようなナニカを、マユに思い起こさせた。しかもそのウサギは、人間のように二本の足で直立した姿勢をしている。マユは、このウサギの絵がたまらなくおそろしく思えた。
「ねえ」
マユは、その感情を殺しながら、声を発した。
「せめてピンク色にしない?」
その提案に、「それもそうだね」と、赤黒かったウサギがピンク色に変えられていくのを、マユはただ眺めていた。
目を覚ましたのは、廊下の向こうで鳴り響く子機の内線音が聞こえてきたからだった。いつもの朝だった。
次いで、階段を荒々しく上ってくる足音がする。「起きれ!」という言葉と共にやってきたのは、私より一足早く目覚めて起きていた姉だった。そんな姉に、「変な夢見たー」と、言い訳にならない言い訳をする。「いいから起きれ!」と再度怒鳴られ、私は渋々起き上がる。それでも、いつものことながら完全覚醒には至らない。
赤黒い人影と、〝マユ〟という少女を思い出しながら、私は考える。私に〝マユ〟という高校生の知り合いはいない(かつて、その名前の同学年の友人はいたが、もう十年以上会っていないし話してもいない)し、〝マユ〟の着ていたセーラー服も見憶えはない。私の父にしても、既に仕事は引退しているが、タクシー運転手ではなかった。そして、あの赤黒い人影の、なんと不気味だったことか。
そういえば、最近変な夢ばかりを見ている気がする。記録をつけていないので、今となっては定かではないモノでしかないが、あまりよい夢ではなさそうなモノばかりに思う。
今回の夢もそうだ。しかも、自分ではない〝マユ〟という少女の体験を、その場にいるのに実在していないような、テレビ画面の向こうの出来事を見ているような、奇妙な夢だった。
そうして私は、とりあえずこの夢の記憶があるうちに、家族の誰かに話してしまうことを決めて、未だ克服できていない睡魔に支配されながら、ようやく布団を出たのだった。