崩壊する地下を走る(二〇二一年二月九日)
時間帯的にこんばんはですが、ここはいつもどおりのご挨拶を。こんにちは、葵枝燕です。
連載『夢日記』第十一回でございます!
この作品は、何か面白い夢見た、これは誰かに伝えたい、記録に残しておきたいーーそう個人的に思った夢を、書いていくものとなっております。
今回は、二〇二一年二月九日に見た夢です。今回の感想を一言で言うなら——疲れる夢、ですね。
前回の更新が二〇二〇年八月十一日なので、久々の更新ですね。
なお、本文中に出てくる、KさんとHさんですが、それぞれ私の職場の同僚と上司が本当に出てきたので、イニシャルにさせていただきました。
そんなわけで。『夢日記』、今年は初めて、そして、超久々の更新でございます。
もしよければ、私の見た夢の話にお付き合いくださいませ。
その日も、母と姉が寝ている部屋で、NHK-Eテレでやっている二十三時五十五分放送の五分間番組を見てから、自室に戻る。部屋に戻ると、電気を消した。すぐに寝ないのもいつものことで、動画サイトでいくつかミュージックビデオを視聴(というほど、見てはいないのだが)し、ようやくスマートフォンを手放す。
ここまでで、既に午前一時を過ぎている。
そして、こんな夢を見た。
私は、どこか地下にいるようだった。窓は一つもなく、薄暗い空間にいた。岩肌剥き出しの壁を見る限り、天然洞窟を利用した建物なのだろう。私は、そこで働く従業員らしかった。
そこを突然、不穏な揺れが襲った。天井から、小石がパラパラと降ってくる。
落盤。落石。そんな単語が、その場にいる全員の頭に浮かんだと思う。同時に、逃げなければとも思っただろう。
その場にいた客に「逃げてください」と声をかけつつ、私も出口に向けて走り出す。左右に二つ、重厚な雰囲気の手動ドアがある。私は、一番近い、自分から見て一番右のドアへ向かって走った。左のドアは、なぜかだめだと思ったのだ。あそこから出れば死ぬのだと、そんなふうに思ったのだ。
そのときだった。ドアの向こうに、一人の人物が現れた。歳は三十代くらい、ひどい物言いにはなるがあまり美人ではない、そんな感じの女性だ。女性は、大きく膨らんだ、見るからに重そうな四角いマチ付きの鞄をいくつか持って、こちらへ向かって歩いてくる。
「入ってきちゃだめです!」
私はそう叫びながら、両腕を交差させてバツマークをつくった。しかし、女性は、なおもこちらへ歩いてくる。
「危ないので逃げてください」
近付いてきた女性に、私と、別の従業員が声をかける。女性は、慌てる素振りもなく、
「そうなの?」
と、言い、持っていた鞄三つを床に置き、踵を返した。大きく膨らんだそれは、いずれも物でギッシリで、これを持って逃げれば確実に速度が落ちるなと、思った。
一方、女性は出口に向かっていたが、外へ出なかった。なんと、途中で左へ九十度方向転換して、トイレのある方へと歩き出したのだ。
「トイレに行った!」
私が叫ぶと、近くにいた従業員が、慌てて女性を追いかけた。私はひとまず、女性はその従業員に任せることに決めて、自分はここから逃げるために走り出そうして——足を止めた。
振り返ると、大きく膨らんだ鞄達がそこにいた。あの女性が持っていた物だ。
(どうしよう……)
置いて行った方がいいに決まっている。こんな重い物、どう考えたって枷にしかならない。そんなことくらいは、わかっていた。
それなのに、私は。
鞄のうち一つを肩に提げて、出口に向かったのだった。
* * * * *
私は、明るさに包まれた廊下を走っていた。明るいとはいえ、それは全て蛍光灯の明かりで、やはり窓がないところを見ると、地下からは脱出できていないらしかった。それはつまり、ここも崩壊するかもしれず、危険であることに変わりはないことを意味していた。
ふと前方を見て、私はギョッとした。壁に触れながら歩いている一人の人物に、釘付けとなったのだ。
それは、あの重そうな鞄を持っていた女性だったのだ。
(いつの間に、追い越されたのだろう)
そう思いながら、私は女性に駆け寄った。
「どうされました?」
そう問うと、女性は私を見て、私が担いでいる鞄を見て、
「ワタシの鞄」
と、口にした。どうやら、置いてきた鞄が見当たらないので、さがしていたらしい。しかし、私が一つしか持っていないのに気付き、不安そうな顔になった。
「多分、別の従業員が残りは持っていると思いますよ。それより、ここは危ないですから」
私はそう声をかけて、女性を急かした。先ほどよりも速度はだいぶ落ちたが、前へ前へと歩を進める。
そのとき、景色に紛れるように存在しているエレベーターから、見知った顔が手招きしているのに気付いた。私より歳上だが後輩にあたるKさんである。
「Kさん!」
「これで、上まで行きましょう」
私は、女性を先にエレベーターに押し込むように入れてから、乗り込んだ。
(こんな非常時に、エレベーターっていいんだっけ?)
そう思いながら、ドアの方を見ると、今まさに閉まり始めたところだった。すると、そのすぐ前を、ものすごい早さで人影のようなものが行き過ぎていった。
「待って!」
私の叫びに、Kさんが開ボタンを押す。ドアが開き、私は顔を出して周囲を見回したが、あの人影らしきものはどこにもいなかった。
(気のせい……?)
顔を引っ込め、Kさんに外に誰もいないことを告げる。ドアが再び閉まり始め、完全に閉まり、上階へと動き出した。
不意に、エレベーターの箱内に、音が響いた。誰かがどこかから、マイクを使って話そうとしているらしい。
『従業員の皆さんへ連絡です』
その声は、上司のHさんだった。
『この場所にいて、何もないということはないと思います。状況が知りたいので、連絡をお願いします』
そんな言葉を残して、スピーカーから音はしなくなった。私とKさんは顔を見合わせて、
「はあ〜?」
と、言葉を発した。
こんな非常時だ、状況確認は確かに大事だろう。だが、今はそれどころではない。いつ崩壊するかわからないこの場所から、早く脱出しなければならないのだ。そうしなければ、自分の命がなくなるかもしれない。
(何考えてんだ、あの上司!)
上へ上へと向かう箱の中で、私はひたすらに、無事地上へ着くことを願っていた。
目を覚ますと、廊下の向こうから子機の着信音が鳴り響いていた。脳内で、早く止めに行け、早く起きろ——と、がなりたてる声がした。
いつもなら、止めに行って、再び寝るのが常だ。でも、それをする気にならなかった。
夢の続きは気になった。私と女性とKさん、そして、あの場にいた人々は、無事地上へたどり着けたのだろうか。
でも、それ以上に、ひどく疲れていた。あんな強迫観念みたいなのが満載な夢、こりごりである。
それにしても。
あんな大きな鞄を肩に提げて、よく息切れもなく走り続けたものである。母譲りの運動嫌い、加えて、日常生活はほぼデスクワークといっていい私である。絶対に体力切れでバテていたはずだ。
まぁでも——あんな夢は、もういやだ。寝て疲れが取れるはずが、寝て疲れるってどういうことだよ。
そう感じながら、私は起き上がったのだった。