ツッコミ勇者の旅立ち物語
「……さて、勇者殿。 この際もう細かい説明は無用であろう、さくっと魔王を倒しに行ってくるがよい」
彼が気が付いた時に目の前で唐突にそう言ったのは、頭の上の王冠やら豪華そうなマントとといい、誰がどう見ても実際玉座に座った王様である。
そして訳が分からずポカンと口を開けて突っ立ている”彼”は、日本という国にどこにでもいそうな高校生であるアスカ少年(17才 彼女なし 勇者レベル1)という至って平凡な少年であった。
「…………ほっとけやぁぁああああっ彼女なしとか別にどうでもいいだろぉぉぉおおおおおおっ!!!!! つーか状況説明はしょってんじゃねぇぇええええええええええっっっ!!!!!!!」
アスカ少年の王様に言っているのか、はたまた別の誰かに言ってるのか不明な文句は、どういうわけか彼ら二人しかいない謁見の間を実際激震させる程の絶叫であった……。
ざっくりと説明すると、平和だった世界が魔王によりピンチなんで、異世界から召喚した勇者様何とかしてである。
至ってテンプレであり、実際何も問題ない。
「問題しかねぇぇえええええっ!!!! つかそーいう他力本願なのもどうかと思うぞ俺はぁぁああああああっっっ!!!!!!」
よく晴れた空へ向かい絶叫……というかツッコミをするアスカ少年に、「……え~と、いったい誰に言っているです?」と唖然としているのは、白いローブ姿に樫の木の杖という実際魔法使いっぽい少女である。
その見た目通りに、魔法使いレベル1のこの少女の名はマイナという。
少しクセっけのある薄い紫の長い髪と同じ色の瞳を持つ16才の実際美少女は、王様の命令で勇者ことアスカ少年のお供をする事になったのだ。 性格もよく真面目そうな女の子というのが第一印象だった。
「……いや、君は気にしないでいいよ……」
城下町を出てまだ一時間も経っていなのにえらく疲れた様子の勇者に、マイナは不安を覚えたが、異世界から来たのだしまだこの世界に慣れていないだけかも知れないという考えも浮かんだ。
「それにしても…………」
腰に差した剣に手を触れながら、このまま状況に流されるだけじゃダメだろうと感じつつも、今はとにかくサーイッショの村へと続くこの道を歩くしか出来る事も思いつかない。
人の手によるものとは分かるが、舗装もされず土が剝き出しの道がずっと続いているというのは、アスファルトの道路が当然というアスカ少年の感覚ではどこか遠くの田舎にでもいるような気分にさせる。
しかし、日本だったら間違いなく警察沙汰になるであろうこのずっしりと重い鉄の武器を見れば、田舎に遊びに来たという風な楽しい気分にもならない。
「とにかく……魔王とやらをどうにかして倒すしかないのかなぁ……」
誰にともなくぼやいた次の瞬間に、「ところがギッチョン!」と返ってきた声はマイナのものではなく、誰がどう聞いても男の声だった。
「だ、誰だ?」
「……! あそこですっ!」
マイナが指さしたのは自分達の前方であった、距離は十メートルちょうであろう、そこには実際禍々しいデザインの漆黒の鎧の男がいつの間にか立っていた。
「どうも、初めまして勇者殿。 私はヒドウ、魔王をやっています!」
不敵な表情で丁寧にお辞儀をした男に、アスカ少年は「はぁ……俺は……」と挨拶を返そうとして、とんでもない事に気が付いた。
「……って! 魔王!? 魔王ってナンデぇぇえええええっ!!!?」
「ふん! 何故魔王が自分を倒しに来る勇者がわざわざ強くなるまで座して見ていねばならんのだ? 危険な芽はさっさと摘んでおくに限る!」
アスカ少年はいきなりのラスボス登場にパニックになった思考の中で、言われてみればそれも一理あるなと何故か納得もしていた……が、魔王ヒドウ(魔王レベル99)が鎧と同じ漆黒の禍々しい剣をどこからか出現させて構えれば、それもすぐに吹き飛んだ。
「レベル99って……勝てる気しねぇぇええええええっ!!!!?」
「……レベル?……99?」
意味不明な単語に首を傾げたマイナは、勇者らしからぬ実際情けないくらいに狼狽え叫ぶアスカ少年の前にスッっと進み出て、今度は彼とは対照的に落ち着き凛とした表情で魔王を見据え言った。
「それはさておき……セコイです! 実際セコイですよ魔王さんっ!!」
明らかに自分より弱いであろう少女のその言葉に、魔王ヒドウは僅かに狼狽える。
「魔王たるものが旅立った直後の勇者を襲うなんて魔王のする事じゃありませんっ!!!!」
「いや……しかしだな……」
「しかしもかかしもだがしもありませんっ!! あなたには魔王としてのプライドはないのですか?」
杖を突き付けてのその言葉に魔王ヒドウは実際イカズチに撃たれたほどにショックを受けて、狼狽えていた表情は愕然へと変わる。 そして「ぐぬぬぬ……」と悔しそうにしながら数歩後ろへ下がり……。
「いいだろう、今日のところは引いてやる! だが私は負けたわけではない、必ずまたやって来るぞ! 必ずだっ!!!!」
大声で宣言し、そしてクルリと回れ右をすると猛スピードで走り去って行ったのであった。
「…………」
アスカ少年は唖然とそれを見送るしかなかったが、マイナの方は「正義は勝つんですよ!」としてやったりという風であった。
ちなみに、この三十分後、某所にある魔王城では……。
「……で、大人しく帰って来たわけですか……」
紺色のワンピースに白いフリル付きエプロンという実際メイドさんは、玉座に不機嫌な様子で座っている主人に対し呆れた顔で言った。
「ふん! ああも言われれば何も出来んわ、勇者を倒したとて私がプライドもない小物だと噂がたつのも癪だ!」
世話係である水色の髪のメイド少女を睨み付けながらそう答えるが、ミカ(魔王のメイドさんレベル80)という名の少女は怯えた様子もなく苦笑いなのは、いつもの事といえばいつもの事である。
……という会話がされていたという。
どうあれ魔王を退けた?アスカ少年とマイナは、今度は森の中で巨大なクマに襲われていた。
「なんでぇぇぇええええええっ!!!?」
簡単に言うと、近道をしようと森へ入ったらクマさんとバッタリ出会ったのである。 ファンタジー世界の自然を甘く見て横着しようとしたアスカ少年の自業自得である。
「どやかましいぃぃいいいいいいいいっ!!!!」
「変ですねぇ……こんなところにクマがいるはずなんですけど……?」
クマが太くパワーのありそうな腕を振り回しアスカ少年を攻撃しているのを眺めながら、マイナが不思議そうに首を傾げる。
「それはいいから! こいつを何とかしてくれ~~~~!!」
必死に攻撃を避けながら助けを求めるアスカ少年、自分の倍以上はありそうな体格の獣の一撃を喰らえば、当たり所もあるだろうが間違いなく即死で南阿弥陀仏であるからだ。
「はい、分かりました!」
そう言って杖を構えた直後に、バキッ!という大きな音が森に響いたのは、クマの腕が木をなぎ倒したからだ。 人間の太ももくらいの太さの幹だが、素手の人間では出来る芸当ではないだろう。
魔法とは大気中に存在するマナを集め様々な超常現象を行使する術であるが、彼女は、攻撃魔法マナのエネルギーを集め直接ぶつける程度の魔法しか使えない。 杖の先端から放たれたこぶし大の白い光球は真っ直ぐにクマへと飛んでいき、そして黒く分厚つそうな毛皮に覆われた腹部に命中し爆ぜた。
その威力はクマを怯ませたという程度だったが、それでもアスカ少年が逃げる隙は作れた。 この時に剣で反撃しようと考えなかったのは、クマの分厚い毛皮に対し迂闊に攻撃しても自分の腕の方が危ないという、テレビで得た知識があったからである。
全力でマイナの方へダッシュして「逃げるよ!」と彼女の手を取って更に走る。
「え? あ、はい……」
マイナも素直に指示に従い走り出した、クマが追って来てるのかを確かめるために後ろを振り返る余裕もない。
そしてどれくらい走ったのだろう、汗だくになり息も切れてこれ以上は無理と思った時には開けた場所に来ていてクマの姿もなかった。 重い鎧も着ないで夏用の学生服のままだったのが、この場合は幸いしたようである。
「はぁ……はぁ……とにかく、少し休もう……」
「……そう……ですね……」
二人がその場にへたり込もうとした時に、小さな唸り声が聞こえてギョッとなり反射的に周囲を見渡すと、木々の間に黒い身体の獣がいるのを見つた。 それはこちらを威嚇するかのように唸り声をあげる子グマであった。
「勇者様……?」
「さっきのクマの子供か?……親と逸れたか……?」
アスカ少年はクマの右後ろ脚が模様めいて紅く染まって気が付いて、この子グマが怪我をしてると分かった。 危険を考えれば放置してこの場を立ち去るのがベストと頭では思っても、クマとはいえケガをした子供を見捨てていくという行為には抵抗を感じた。
「これはちょっと深い傷ですねぇ……放っておくと出血で危ないかも知れませんね」
「マイナさんって回復の魔法は使える?」
「ええ、まぁ……」
回復魔法と言っても、対象の身体にマナを送り込んで自然治癒能力を高めるなので血止めの応急処置程度の効果しかなく、しかも多少の時間がかかるという。
「ゲームじゃないんだから、そんなポンて治せないか……それでもいいから頼むよ」
「はい……」
多少躊躇いがちだが異議を唱えないのは、彼女も自分と同じように考えていたのだろうと思えた。
マイナは警戒する子グマに「大丈夫だからね?」と子供をあやす様にゆっくりと近づいていく、その優しい表情は人を安心させるそれだとアスカ少年は感じた。 実際最初は抵抗するそぶりを見せていた子グマも、彼女が傷口にそっと触れ淡い光を放ち始めた時には警戒心を解いているようであった。
これなら大丈夫かと、安心した直後に聞き覚えのある獣の咆哮が響いた。
「このタイミングで来るのかっ!?」
位置的にアスカ少年達とほぼ反対方向から親グマがやって来る、そのいきり立った様子から明らかに彼らを敵と認識しているであろう。
「そりゃ……こっちが子供の治療してるって思わないだろうけど……」
「勇者様!?」
治癒を続けながらも悲鳴めいた声を上げる相棒の少女に「ここは俺に任せて!」と言ったのは、半ば強がりとハッタリである。 逃げるのが最良と分かっても、ここで一度救おうとした命を見捨てるのは嫌だった。
「……俺は勇者なんかじゃないけど……人間なんだから……」
アスカ少年は腰の剣に手を伸ばしかけて躊躇した、戦って勝てるかどうかの問題はひとまず横に置いておくとして、子グマを助けるためにその親を傷つけるのもおかしいと思えた。
「ちっ!」
僅かな迷いの後に剣を抜き投げ捨てるのと、クマがそのがっしりした四本の脚を使い走り出すのは同時だった。
「俺達はお前の敵じゃないっ!!!!」
両手を広げておもいっきり叫んだ、馬鹿な事をしていると分かっても力一杯に大地を踏みしめている足が震えるのを自覚しても、ここで踏ん張らなくては男……いや、人間ではないと自分に言い聞かせる。
その彼の視界の中で急激に大きくなっている黒く狂暴な獣は、不意に動きを止めて立ち上がったのは、実際十センチもない距離だ。 その強靭な腕が振り下ろされればかわせる間合いではなく、確実に殺されるだろう。
「俺は……敵じゃない……」
荒く生暖かい獣の鼻息を感じながらもう一度言った言葉は、今度は震えているのが分かった…………。
紅に染まっている空の下を少年と少女が並んで歩いている。
「……良かったですね、勇者様?」
「良くないって……本気で死ぬかと覚悟したんだからな……」
どうにか森を抜けだし村へと続く道を歩くアスカ少年とマイナだ。 アスカ少年の心が通じたのか、ちょうどというタイミングで治癒が終わり歩き出した子グマの姿を見たからなのかは不明だが、とにかくあのクマは何もせずに子を連れて立ち去っていってくれたのだ。
「こんな調子で、俺に魔王なんて倒せるのかよ……」
絶対にその前に死ぬだろうと、そんな風に思う。
しかし、高校だってちゃんと卒業したいし、ちゃんと就職して両親の面倒も見ないといけないから死んではいけないのだ。 そもそも向こうの世界では行方不明扱いだろう事を思うと、家族や友人にどれだけの心配をかけているのかと思うと気がきでない。
そんなアスカ少年の気持ちを知る由もないマイナが「大丈夫ですって! 勇者様なら!」と実際お気楽な様子で言ったのに、疲れて重い身体が更に重くなったように感じて大きな溜息を吐いたのであった……。
アスカ少年、17才の異世界人にして勇者レベル2の冒険はまだまだ続いて逝くのであった……。
「……って!! ”いく”の字がおかしいだろっ! 逝ってどうすんだぁぁぁああああああああっっっ!!!!!!!」
読んでくれた方、ありがとうございました。