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死というお仕事  作者: 水奈
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ひげもじゃ

 ある人は笑って。

 ある人は勇んで。

 ある人は怯えて。


 私は見送る、頑張ってねと。


 死んでいく者を見送っていく。







 親を恨めと言われても私は恨めない。両親の顔を知らないから。

 あったことのない人のことを恨むなんて、豚肉を食べたことない人が豚肉を好きになるようなものだと思う。

 でも私も豚肉は食べたことはないけど美味しそうだとは思う。

 いつか私も食べてみたい。


 両親には会ったことはないけど今どうしているかは知っている。

 二人共天国に行っちゃったんだ。

 お父さんはここで戦って負けちゃって。その時の傷が原因で死んじゃったらしい。

 らしいって言うのは私が生まれる前の話だからね。


 それでお母さんは私を産んだ後にお父さんの敵を取るために戦ったんだって。

 私には敵とかそういうのは良くわからない。

 お父さんだって立派に戦って、それでも負けちゃったんだ。

 それでいいと思うし、かっこいいことだとも思う。


 その後のことは良くわからない。

 気づいたらここにいて、けんとうし? さんと毎日お話をしてる。

 なんか私とお話すると安心できるみたい。

 私もみんなが喜んでくれて嬉しい。


 でも大体の人は一度切りになっちゃうんだ。

 もう少しお話したいのに。








 「お嬢ちゃんはなぜここにいるんだい?」

 

 ひげもじゃのおっきなおじさんは言う。

 この質問は慣れっこだ。

 毎回毎回大人の人は私の顔を見て驚いたように言ってくる。

 いつものことすぎて飽きてきちゃう。


 「準備ができるまで私がお話してあげるの」

 

 馬鹿にしたように笑ってくる。

 いつものことだもん我慢しなきゃ。


 「そうかい退屈しなくて済むよ。でもここは神聖な場所なんだ。少女がいていい場所ではない」

 

 やっぱりそれだ。大人は毎回そう言う。

 でも私もこの仕事? には慣れてるんだ、こんな大人楽勝だ。


 「確かに少女がいていい場所じゃないと思います、でも私は勝利の女神なので大丈夫です」

 

 何が起こったのか分からないような複雑な顔をしている。

 そのうち体を折り曲げ苦しそうに笑った。

 いつものことながらなんか腑に落ちない。


 「そうかそうか。勝利の女神様か。随分とかわいい女神様もいたもんだな」

 

 優しい目でこっちを見てくるひげもじゃさん。



 ひげもじゃさんはこっちのタイプなんだ。



 「みなさんここにくると不安で落ち込むこともあるんです。なので私が安心させて上げるんですよ。安心したでしょ?」


 「おうおう、不安も緊張も吹っ飛んじまったよ、これから戦うってのに。まるで娘を見ているようだ」


 「娘さん? 私をみて思い出したんですか?」


 「おう、純粋で愛くるしい俺の子供よ。まあお前ほど生意気ではねえがな」

 

 調子づかせるのも難しいなー。

 すぐ調子に乗っちゃうんだから大人は。


 「その子供のためにここにきたんですか?」


 「ああ、俺の子にお父さんはすごいんだぞってのを見せたくてな」


 剣を構え舞うように振り下ろしてみせるひげもじゃ。

 馬鹿っぽかったが少しだけかっこ良く見えた。


 「☓☓さん、ご準備を。まもなく始まります」


 扉の前にいつも立っている無愛想なおじちゃんが、いつもの調子で語りかける。

 それを聞いたひげもじゃはとても真剣で、さっきの人とは別人のようだった。


 「短い時間だったがありがとよ嬢ちゃん、行ってくる」

 

 言うやいなや開いた扉に向かって進んで行く。

 その足取りはとても軽やかで。


 今から死にに行くとは思えなかった。


 「うん、頑張ってね」


 ひげもじゃは振り返りもせず大観衆の声の中に消えていった。







 地響きのような声が聞こえる。

 ただ私は目を瞑り、それを聞く。


 この時間は私にとって特別なんだと思う。

 嬉しいとか、楽しいとか、不安とか、そういうのじゃない。

 私がどう感じてるのか私にも分からない。

 どうしていいのか分からない。

 だからどうもしない。


 ただ目を瞑り、じっとしている。








 地響きのような声がさらに大きくなり、闘技場が揺れている。

 ちょっとたってその声もまばらになる。


 いつものことだ。

 終わったんだ。

 ひげもじゃが戻ってくる。


 

 ぎいという重い音がして、観客の熱が部屋に吹き込んでくる。

 それに遅れてひげもじゃも帰ってくる。

 英雄のご帰還だ、迎えてあげなきゃ。



 「ひげもじゃ、お疲れ様」


 ひげもじゃは返事をしてくれない。

 いいんだ、慣れっこだ。


 「ひげもじゃ、頑張ったね。いい試合だったよ」


 誰が返事するわけでもないことは分かってる。

 けどこれもいつも通りだ。

 

 ひげもじゃはどんな表情をしているのかな。

 顔を隠してるから見れないや。


 でもまた近いうち会えるから大丈夫、悲しくはないよ。



 「ひげもじゃ、またね」



 いつも通りの日常、今日の一人目の大人。

 

 今日できた友達、1人。

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