事件編
※バカミス注意。
○登場人物紹介
・晶雪花 仁名郎
探偵
・緒羽梨 読子
探偵助手
・伊勢海 天盛
ファンタジー作家
・伊勢海 翔勘
ファンタジー作家
・安久薬 令子
恋愛作家
・Valentine.R.MMO(ヴァレンタイン・R・ムモー)
SF作家
・犯人
殺人犯
「いやぁ、それにしても死ぬかと思いましたよ」
先生はセリフの割に気楽な口調で言いました。
そして美味しそうにテーブルに並んだ料理を食べています。
「もう、先生! 森で遭難だなんてシャレにならないです!」
わたしが怒っているのに、先生はへらへら笑っています。
はわわ、自己紹介が遅れてしまいました。
わたしの名前は緒羽梨読子、十七歳。
探偵助手をやっています。
そしてわたしのとなりにいるのが、わたしの先生であり、師匠でもある探偵、晶雪花仁名郎先生です。
見て頼りない仁名郎先生ですが、実は今まで数多くの難事件を解決してきた名探偵なのです。
古い城の密室殺人や、南海の孤島の不可能殺人など、警察が解けなかった謎をあっさり解いてしまう、頭脳明晰、容姿端麗、自由奔放の名探偵です。
わたしたちはある事件の帰り、車がエンストを起こしました。
ヒッチハイクしようにも一面森ばかり。
わたしたちは徒歩で森を抜けようとして、仲良く遭難してしまいました。
そして夜になり、森の中で途方に暮れていたところ、偶然洋館を見つけ、助けを求めたというわけです。
現在はその洋館の一階の食堂で、洋館にいるみなさんと夕食をいただいています。
みなさんといっても、わたしと先生の他に四人しかいません。
こんな大きな洋館に四人なんてなんとも贅沢な話です。
ちなみに彼らは全員小説家さんらしいです。
「それにしても、何事もなくてよかったです」
物腰が穏やかな青年が言いました。
彼は伊勢海天盛さん。ファンタジー小説を書くそうです。
「いやー、それにしても泊めていただけるだけではなく、夕食までいただいてしまって申し訳ありません」
先生は幸せそうにハンバーグをほおばります。
もっと探偵として威厳のあるところをみせてほしいのですが、多分無理でしょう。
「わたくしの料理、口にあえば良いのですが」
彼女は安久薬令子さん。恋愛小説家らしいです。
それにしても貴族のようなフリフリのドレスを着ていますが、その恰好で料理したのでしょうか。
「ヘイ! レイコの料理はベリーベリーマイウーデース」
この怪しい日本語の方はValentine.R.MMOさん。
本人はムモーと呼んでほしいと言っていました。
SF小説家だそうですが、彼の書く文章の日本語は大丈夫なんでしょうか、とても気になります。
「それにしても、この館に名探偵か……、なにか起きそうだな」
彼は伊勢海翔勘さん。
天盛さんの双子の弟で彼もファンタジー小説を書くそうです。
少々荒っぽい口調。双子といえど性格は違うようですね。
「そういえばなんで森の中にこんな洋館が? ここは誰かの持ち物で?」
「ここは貸別荘みたいなものですよ」
先生の質問に天盛さんが答えました。
「この館は"小説家になろう館"と言って、作家志望の人たちが執筆や保養のために利用するんですよ」
"小説家になろう館"……。
館として語呂が悪すぎる名前ですが、ここに居れば気軽に小説家になれそうな館です。
「ほえ~、でもこんな森の奥、何にもなくて不便じゃありませんか?」これはわたしの質問。
「そこがいいんですよ。ここはとても静かですし、テレビとかパソコンとか余計な誘惑がないので、執筆に集中できるんです」
わたしは作家じゃないからわかりませんが、執筆を勉強に置き換えると理解できそうです。
「昔はサボりが多い作家を閉じ込めるために使ってたって話だがな」
翔勘さんが口を挟みます。
「作家を監禁するための隠し部屋があったって噂もあるぜ」
「はわわっ、監禁ですか!?」
「ああ、原稿を書かないとここから出さないってな」
なんとも怖い話です。というかそれって犯罪のような気がしますけど……。
「あら、そういえばデザートがあるのでしたわ、すっかり忘れていました。今とってきますわね」
令子さんは突然思い出したように言って、立ち上がりました。
食堂の扉を開けると、ぎいぃぃぃ、と軋んだような音が響きます。
しかもそれなりに大きく響くので耳障りです。
「ここの食堂のドアは二つあるんだけど両方、軋んだ音が出るんだよ」
天盛さんは説明しました。
ご飯が食べ終わって、先生はきょろきょろと辺りを見回し始めました。
お行儀が悪いですよ、まったく。
わたしは他の人に聞こえないように小声で話しかけます。
「先生、どうしました?」
「いや、警戒をしているんだ」
警戒? 一体なにを警戒しているんでしょう。
「紹介パートが終わったから、そろそろ事件が起きそうだと思ってね」
この探偵、メタ発言しやがりました。
「先生、なんというかそのセリフは台無しというか……」
その時再び、ぎいぃぃぃ、と音がしました。
令子さんがパイを持って戻ってきたのです。
「せっかく立派な厨房があるので、はりきってしまいましたわ」
そう言って、パイを机の上に置いたとき、それは突然起こりました。
――バチン!!
そんな音とともに、部屋は真っ暗になりました。
「な、なんですか!?」
「What!?」
「うわっ!」
はわわわわわわわわわわわ。
な、なにが起こっているんですか。
「どうやら停電が起こったようだな」
これは先生の声です。
「みなさん落ち着いて、動かないようにしてください。誰かブレーカーの位置を知りませんか?」
「その必要はないですよ」
これは、おそらく天盛さんの声です。
「この館は停電時、非常電源に切り替わるんです。しばらく待てば、電気がつきますよ」
「……オー、ソウデスカー」
「……待てばいいのですわね」
多方向から安心した声がこぼれます。
しかし突然、
「うわっ、なんだ!」
と慌てたような声が聞こえます。
はわわっ! 何か起こったのでしょうか?
これは天盛さん? 翔勘さん?
「がっ!!」と短い悲鳴。
そのあとにバタッと大きなものが倒れる音がしました。
「どうしました!? 何かありましたか!?」
「ねえ、みんないらっしゃるの!?」
ガチャと何か物音がなります。
何か金具が外れたような音です。
「ヘイ! ワタシはココデース!」
「俺もここにいるぞ!」
そして停電したときと同じく、突然部屋に電気が点きました。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
甲高い悲鳴が響きました。
部屋にいる全員の視線はそれに集中していました。
赤いカーペットの上、目のかっと開いたまま男が仰向けで倒れていました。
服装と停電前の立ち位置から見て、おそらく天盛さんでしょう。
左胸にナイフが突き立てられており、服には赤いしみが広がります。
先生はすぐさま天盛さんに駆け寄り脈をとりますが、しばらくしてみんなの方に顔を向け、黙って首を振りました。
天盛さん――伊勢海天盛さんは死んでいました。
「そんな……、嘘だろ、兄貴……」
翔勘さんは呆然とした表情で呟きました。
「いやぁっ!!」
令子さんは膝から崩れ落ち、両手で顔を覆います。
「Oh my God!」
ムモーさんは天を見上げます。
わたしたち五人はしばらく、その場から動けませんでした。
§
「……誰だよ」
翔勘さんは静かに怒りに震えた声で言いました。
「誰がアニキを殺したんだよ!」
その怒声は部屋にいたわたしたちに向けられていました。
「ヘイ! ワタシたちのダレかが犯人だというのデスカー!」
ムモーさんが反論します。
「トビラは開いてマシター! ダレでも侵入可能デース!」
「いえ、それは無理ですわ」
令子さんは声を震わせて言います。
「この扉は開いたときに大きな音が鳴りますの。停電中そんな音は聞こえませんでしたわ」
「なら窓デース! 窓から入ったのデース!」
「いや、窓は全部内側から鍵がかかってると」
いつのまにか先生は窓辺に立っていました。
鍵を確認しているようです。
「ここから侵入は無理だ」
「ドーユーコトデスカー? テンセイを殺した犯人ハ扉も窓も使わずに食堂からバニッシュ、消エタのデスカー?」
「だから! お前らの中に犯人がいるんだろう!!」
翔勘さんの声が響きます。
はわわわわわわわわわわわ。
大変なことになりました、殺人事件です。
しかもこの部屋は停電中に、扉は開かれた形跡はないし、窓は使えません。
つまり密室だったということです。
殺人が可能なのは被害者の天盛さんと同じ部屋にいた五人――わたし、先生、翔勘さん、令子さん、ムモーさんしかいないのです。
こんなとき頼りになるのは名探偵の仁名郎先生だけです。
わたしは期待を込めて先生を見ました。
先生はなにやら深く考え込んでいる様子でした。
うつむきながら、部屋を歩き回っています。
その眼はどこか遠くを見ているようでした。
「探偵さん、あんたは誰が犯人かわかっているのかい?」
翔勘さんが先生に話しかけます。
「俺にはわかったぜ。犯人はあんただ! 安久薬令子!」
「なっ」
翔勘さんに名指しされ、令子さんは驚いた顔をします。
「あんたはアニキと付き合っていたけど振られたんだったな。その腹いせにアニキを殺したんだろ」
「バカなことをおっしゃらないで下さるかしら。そのようなことで人を殺めたりしませんわ」
令子さんは顔を真っ赤にさせて反論します。
「……それよりも」
令子さんの視線が翔勘さんからムモーさんにうつる。
「あんたこそ天盛さんに多額の借金をしていると耳にしましたわ。借金が返せなくなって天盛さんに手をかけたのではなくて?」
今度はムモーさんが顔を真っ赤にしました。
「オー、侮辱デスカー! 告訴シマスヨー!」
令子さんに指を突き付け、ムモーさんが暴言を飛ばします。
「ワタシには借金を返す予定がアリマシタ! ワタシ殺す動機アリマセン! ……ソレヨリ」
ムモーさんは指を翔勘さんに向けます。
「アナタは兄であるテンセイに才能でジェラシー、嫉妬していマシタ。
小説でテンセイに勝てなかったデース。きっとジェラシーで殺したのデース」
「はあっ!! 小説で勝てなかったっていうならお前らだって同じだろ!!」
はわわ、三人とも恐ろしい顔で罵り合います。
犯人探しがいつのまにか悪口の言い合いになってしまいました。
はわわわわわわわわわわわわわわ。
「みなさん、ちょっといいですか?」
ギスギスとした険悪な雰囲気の中、先生が声を上げました。
凛とした張りのある声、それに押され三人は黙り込みます。
「僕の考えを聞いてください」
§
「みなさん、暗順応という言葉はご存知ですか?」
聞いたことがあるので、私が答える。
「はわわっ! えっと、明るいところから暗いところにいくと、目が見えるようになるまで時間がかかる、……ということでしたっけ?」
「ああ、その通りだ。個人差や光源の程度に関わるけど、暗順応で視力を確保するには時間がかかるといわれています。さきほどの停電だと暗闇に目が慣れるまでおよそ30分かかると思います」
私はあの暗闇を思い出す。
確かにあの時は突然真っ暗になって、何も見えなかった。
あれ? ……ということは。
「簡単な話です。停電になっていた時間は約4,5分くらい。その暗闇の中、的確に行動できた人間、天盛さんの心臓を的確に狙って刺すことができた人間は、はたして僕たちの中にいるのでしょうか?」
先生は一旦、話を切って、私たちを見回します。
「でも探偵さん」
翔勘さんが口を出してきました。
「犯人は暗闇の中でも目が見える道具、たとえば暗視ゴーグルとか使ったんじゃないのか?」
「まあ、その可能性はあります。しかし僕たちの中でそれを使った人間はいないと思います。
暗視ゴーグルっていうのは結構かさばるものですからね。それを停電前に持っている、もしくは近くに置いておかなければなければならない。でも僕が<警戒>したところ、それを持っている人間はいなかったし、隠せそうな場所は存在しません」
「ちょっと待って下さい。ということは……」
先生の話は何かとんでもないところに向かっている予感がしました。
そして先生はそれを言い出しやがりました。
「結論を言いましょう。僕、読子くん、翔勘さん、令子さん、ムモーさんの五人。
僕はこの中に犯人はいないと思っている」
全員が衝撃を受けました。
「えっ! ということは天盛さんは自殺、それとも事故ですの!?」
令子さんは困惑した口調で言う。
だけどわたしは予感はささやく、そんなものじゃない、と。
「いえ、自殺でも事故でもない。あんなにナイフを深く刺す自殺なんて不自然だし、事故にしても不自然だ。天盛さんは誰かに殺された! 未知の人物に!」
今まで出てきてない未知の人物が犯人! ミステリーとしてはアウトです!
「外部犯デスカー!? デモ部屋は密室デ……」
「扉と窓を使わなかっただけです、たとえば隠し通路とかね」
隠し通路! またアウトです! ツーアウト!
「それに正確には未知の人物じゃないな。“まえがき”の登場人物紹介に犯人は犯人として最初から書かれているからな」
推理にメタ視点を使いだしました。スリーアウトでした。
みなさんごめんなさい、これはちゃんとしたミステリーじゃありませんでした。
「大丈夫だ、読子くん。まだ事件編だ、解決編じゃない」
ああ、またそうやってメタ発言を……。
「推理する余地は残されている。まだ考えなければならないことがあるんだ」
「……それは、どういうことですか?」
「誰が犯人かということは重要ではない。僕たちが考えるのは犯人はどこに隠れているかということだ」
「……?」
わたしは首をかしげます。
はわわ、どういう意味でしょう。
でも先生はそれ以上なにも話しませんでした。
なにか考え込むように、口を閉じ、下を向いて、どこか遠い目をしていました。
犯人はこの中にいます。




