野暮用と宿
副題は、王都到着三組目
昼過ぎ、王都に住む多くの者が昼食をとっている時間帯。南部から王都に向かって走、いや、爆走する金属の塊、端的に言うとユウたち三人が乗る車がある。特筆すべきことがあるとすれば、ソフィアがハンドルを握っている、ザインが助手席でぐったりしている、ユウが後部座席で横に置いてある何かをいじっている、という三点ぐらいか。
関係ないことだがこの車は所謂オープンカーだ、本来は普通に屋根があったが迅速な乗り降りを可能とする為にユウが取っ払っている。他には雨の日にも対応できるように屋根の再設置が出来るようになっているのも特徴か。
さて、そんな車を高速でぶん回すソフィアが王都の姿を視界に捉えたところから再び話が始まる。
「お、見えてきたぞ、主様」
「おう? おー、見えてきた見えてきた。王都に来るのはどれくらいぶりかねー、っと」
弄っていた何かから目を離し確認するユウ、笑みを浮かべながらそんなことを言う彼とは対照的に、助手席のザインは青い顔を浮かべながらゆっくりと確認する。
「…あ、見えてきましたか?」
「あー、ソフィア、スピード落とせ」
「むう、仕方ないのう」
不満げにスピードを落とすソフィア、見るからにしぶしぶといった感じだ。ここで解説しておくと彼女が運転手を務めているのはユウの運転を見た当人がやりたがり、それを身内には甘いユウが即了承したからだ。そしてこの世界には運転免許も法定速度も存在しない、その結果自力で出来る空の旅とはまた異なる速さに魅せられ、ここ数日ハンドルを放さずに爆走していることとなった訳だ。そのあおりを受けた哀れなザイン、ここ数日はずっとぐったりしている。
「…助かります」
きつい、それしかない。自力で素早く動くのとはまた違った感覚だったせいか気分が悪い、そして誰も配慮してくれないのが悲しい。ソフィアさんは運転手であるためその気は無く、ユウさんもくっかかと取り合ってもらえない。しかも後部座席に陣取り、わざわざ人工魔具を使って運転中に趣味の燻製を作る始末。せめて後ろで横になりたかったのに、どうしてでしょうかねえ。
「だらしないねえ、まったく」
「…貴方たちと一緒にしないでください、私は純人間なんです」
多少腕には自身がありますが私の肉体強度は普通なんです、これは無理です。
「俺だってそうさね」
「え?」
「え?」
「え?」
ユウの発言に驚く二人とそれに驚く本人。
「いや、主様が純粋な人間とか」
「悪い冗談でしょう? 人間はドラゴンと殴り合えないんですよ?」
客観的に見ても二人の意見は正しい、ユウはおかしい。
「いやいや、少なくとも二人同じようなことが出来る奴を俺は知ってるっての」
いや、同類を例に出してもユウがおかしく無い証明にはならないだろう。この男、分かって言っている。
「あれですね、同じ穴の狢って奴ですね」
「よーし、ソフィア、スピード上げろー」
「やめてください…」
それは勘弁してください、一度落ち着いた後におかわりは無理です。
「ま、それはいいとして」
「主様、どうする? このままつけるか一度止めるか」
「んー、面倒だからこのまま行っとけ」
「良いんですか? 目立ちますよ?」
「今さらだろ」
確かに、この面々が目立たずに行くのは不可能だ。ザインはともかくユウやソフィアのような桁外れの力を持つものは、どうしてだか向こうから騒ぎが歩いてくるのである。
「まあ、そうじゃの」
「私はそうでも無いんですけどねえ」
結局、特に反対意見も出ずにこのまま進むことになる。これを見ると短い間にザインが染まりだしているということが分かる、朱に交わる素質があったか達観しだしたかのどちらかだろう。
「…おい」
「…ああ」
互いに頷きあう二人の門番、何か得体の知れないものが迫ってきていることに対してだ。
「あれ、何だ?」
「知らん、とりあえず警戒しとけ」
「だな」
少々楽天的な感じもあるが、これも彼ら自身の実力があるからである。まあ、今から来るのは彼らでは受け止めきれない存在なのだが。
ようやく彼らの目にもそれに誰かが乗っているのが見えた、ならば次にやることは決まっている。
「お前達! 今すぐそれから降り、こちらに来い!」
「ああ、悪い悪い」
「まったく、どうして穏便にいけないんですかね」
「穏便な主様と言うのはもはや悪夢ではないかの?」
「なるほど、それもそうですね」
「お前らね」
事情が事情であるが故に必要な門番の高圧的な態度、それを意にも介さずにしゃあしゃあとする三人である。
「いいから早く…? ! ユウ殿!?」
「え? …! し、失礼しました!」
ここでユウの存在に気付く門番、いや、騎士達。そんな彼らの態度に首を傾げるユウ。
「あれ? 会ったことあったっけ?」
「え、ええ。二年前に一度だけ」
「俺達は名乗っていませんから、ユウ殿が覚えてらっしゃらないのは当然かと」
「たぶん名乗られていても忘れていたと思うけどね、俺は記憶力には自信ないから」
まず間違いない、この男が名を覚えるのは自分の興味を引いた奴だけだ。言っては悪いが没個性なこの二人では一生覚えられることは無いだろう。
「はあ」
「それで、俺は通ってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
「わざわざユウ殿とそのお連れの方の身分証明などする必要は無いでしょう」
「悪いね」
悠々と、彼らの横を通り過ぎるユウとソフィア、その後を軽く頭を下げつつ通るザイン。彼らが通り過ぎた後、騎士たちの共通見解が最後の男性は苦労人だ、ということなのはどうにもな話だ。
言うまでも無いだろうがこの二人は朝の二人とは別人であるのでケイ達の事は知らない。これでナルたち三人は、互いの存在を知らないまま、はからずしも王都集結と相成るのであった。
「さて」
「これからどうします?」
この後の行動を話し合おうとする二人に片手を立てて詫びつつ、ユウは次のようなことを言う。
「悪いんだけどさ、二人でどこか宿探しておいてくんない? ちょっと野暮用があるのさね」
「それはかまわんが、合流はどうするのじゃ?」
「忘れたのか? これを」
左手の甲を見せつつそう笑うユウ、言われてみればユウと彼と契約を結ぶものは互いの居場所が分かるのであった。ソフィアもそれは理解していたが契約してからはずっと一緒に行動していたために失念していたようだ。
「ああ、そうじゃったな」
「…では私の知人がやっている宿に向かいましょう」
「うん? いいのか?」
ザインが冒険者を辞めていた経緯を考えると以前の知り合いとの現在の関係は良いものとは限らないのだろうが…。
「まあ、どうにか立ち直れたということを教えておきたいですから」
そう言って、僅かに、しかしはっきりと笑みを浮かべるザイン。これもまたこれが越えるべき過去である、だからこそ今を伝えておきたいのだ。
「…ま、いいけどさ。じゃ、後でな」
「うむ」
「ええ、また後で」
そのまま歩き去るユウ、同じく歩き出そうとしたザインに対してソフィアが問う。
「ところでザイン、その宿にいる知り合いとはどのような関係なのじゃ? 一応聞いておきたいのう」
「…それもそうですね、では道すがら説明するのでついて来て下さい」
「うむ」
いくらか歩いたところでザインが口を開く。
「で、知人の話でしたね。まあ簡単に言うと友人のご両親です、生まれたときからの付き合いです」
「ほう、そうじゃったのか。…いや待て、確かお主は」
「まあ分かりますよね、道中でも説明しましたし。お察しの通り私の幼馴染、あの時亡くなった親友のご両親ですよ」
「大丈夫なのか?」
「無下にはされないと思います、おそらくではありますが。それに一度会っておく必要があると思います、私には。こうして再び冒険者となった以上はね」
「ふむ…、まあ思いのままに行動するといい。どうなるにせよ妾も主様もお主を見捨てなどはせんからの」
「助かります、まあ気楽に行きますよ」
とは言ってみましたが、正直気が重いですね。さすがに足取りが重くなるなどとは言いませんが、…一発殴られる覚悟ぐらいはしておいた方がいいでしょうね。ま、それくらいなら安いものです。
そう意気込んで行ったのですが、…逆に泣かれてしまいました。無事に生きていて良かったと、あのことを気に病んであの街を去った後に自殺でもしているんじゃないかと思っていたそうです。息子を亡くした原因である私にどうしてと聞いたら、私も息子のように思っているからと言われました。…まったく、優しい人ばかりですね。どうやら、私の選択は間違っていなかったようですね。
…まあ、そうやって終われば良かったのでしょうけどね。ソフィアさんとの間柄を勘違いされて面倒なことになりかけましたよ、ユウさんが帰ってくるまでに誤解が解けたのは幸運でした。…それにしても、ユウさんのお土産はどうしたものでしょうかね。
まさか女の子を持って帰って来るとは、何があったのでしょうか?
はい、一度予約投稿をミスりました。おかげですぐさま削除する羽目になったよ、まったくもう。
それはそれとして今話からユウ視点となります、数話後にナル視点に移りそして合流となる予定です。
今回はすぐさま王都に入ることが出来ました。もっとも、さくさく進みすぎた結果本文が足りなくなったのですけどね。それで予定に無かったザインの話を突っ込む羽目になりました、そうしないときりのいいところで切ると短くなったもんで。どうにも迷走している気がしますが、まあいいです。それではこれで、また日曜日に。
…それにしても、本文を投稿した訳でも無いのに妙にアクセスが多い日があるのは何でだろう?




