想いの始まり、その理由
副題は、やり直せるのか?
「……ふむ」
ナルとしてはこの依頼を受けることに否は無い。個人的な正義感としてそういった犯罪を見逃す気にはあまりなれないし、そもそも友人からの依頼だ。だから受けてもいいのだが、どうしようか?
「どうします?」
「個人的には受けてもいいと思っているんだけどね、……あ」
「む? 何かあったか?」
「あー、実は知り合いから依頼を出したいという話を聞いていたことを思い出しまして」
そういえば例の男の件で有耶無耶になってしまったが、自分はザガラの依頼を受けようとしていたのであった。さすがに二重依頼を受ける気は無いのであちらかこちらのどちらかのみしか受けられないのだが、さて……。
「…むう、出来ればお前には私の依頼を請けてもらいたいのだが」
「……そうですね、ミリア様の依頼を受けましょうか。ザガラさんには悪いですが」
結局のところ、正式に依頼を申し込んだのはミリアが先なのだからこちらを優先させることにしよう。そもそもザガラが何処にいるかも分からない、あえて探してまで依頼を受けるほど彼と付き合いがあるわけでもないのだから。
「ふう、そう言ってくれて助かる」
「で、僕はどう動きましょうか?」
「そうだな、私の護衛騎士達の副長がそれに関しての調査内容を纏めている。実際に動いたものに話を聞いた方が早いだろうし、話ついでにアイツにその辺りの資料を貰ってくるといい」
「そうしましょうか。…それにしても副長とは、あの隊長さんはまだ?」
「うむ、未だに有給を消化中だ」
「まったく、使えないな」
「辛辣だな、珍しく」
「告げ口しておいて本人はいないってのは、多少気に障るものでしてね?」
珍しくナルが人を貶す、別に彼に対して本心からそう思っているわけでもないが。だとしても人を軽く罠に嵌めておいて自分は休みを満喫しているのかと思うと少々の不平不満が口から漏れてしまうのも致し方ないだろう。それに、作戦上仕方なかったとはいえ先日の事件でも何もしていないのだからちょっとは精神的以外にも苦労してもらいたいものだと思う。大体どうしてこんなタイミングで休暇をとっているのか。確かに彼が休暇をとっていなければもしかしたら自分はミチと再会できなかったかもしれないがそれはそれ、実力だけはあるのだからこういった場面には居てもらわないと困るのだが。そんなことをつらつらと考えているものの、そこまで彼を嫌っているわけでもなくむしろ友人に分類しているのだからこれは友人間の軽口のようなものでしかないのだが。
「ま、確かにな。それはそうとして早く行ってこい、私達はここで女子会とやらをしているから」
「え?」
「…女子会? …とりあえず行ってきます」
「うむ」
私達という言葉に引っかかるミチ達と女子会というミリアの口から出るとは思わなかった言葉に小首を傾げるナル。何はともあれと気を取り直し、ナルは副長の元に向かうのであった。
さて、ナルが去った後、三人が残された部屋。一体どうなるのかと思われたがミリアが主導して話をすることでどうにか円満に会話を回す事が出来た。他愛の無い話でようやくミチ達の緊張が薄れ、和やかな雰囲気となった部屋の空気を唐突にミリアが壊しにかかる。
「さて、ミチ、ニーナ?」
「はい?」
「何でしょうか?」
「ナルとはもう経験済みか?」
「ぶっ!?」
「…な、なな、何を」
ミチが噴出し、ニーナは顔を赤らめて動揺する。別に二人とも経験があるわけでも無いがその言葉から察せぬほど知識が無いわけでもない。そんな彼女たちの初心な反応から未だそういったことは経験が無いのだと悟ったミリアは先ほどまでのイタズラめいた顔を止め、つまらなそうな表情を見せる。
「何だ、つまらん。てっきりお前達はナルの手付きなのかと思っていたのだがな」
「い、いえ。そのような関係ではないのですよ、少なくとも今は」
「私に関しては特にそのような間柄になる予定はありませんので」
「ふむ、そうだったのか。ならば私にも十分チャンスがあるということか」
出会った時から思っていたがミリアはナルへの好意を見せていた。ミチからはナルの対応も含めて冗談のようにも見えていたのだが、実は本気なのだろうか? 先ほどまではそう聞く気にはならなかったが今なら聞いても大丈夫であろうか? そう思ったミチはとうとう疑問を口にすることにした。
「…失礼ながら、ミリア様」
「呼び捨てでかまわんぞ」
「いえ、それは」
精神的に、王族を呼び捨てにするというのはよろしくない。だからこの調子を崩したくは無いのだがミリアはむしろそういったことに不満があるらしい。
「ならば敬語はいい、ある程度は崩して話せ」
…もう、開き直ろう、そうしよう。そうミチは諦めることにした。
「だったらミリア様、貴方はナルさんのことが好きなのですか?」
「ああ、お前もだろう?」
「ええ。…ミリア様はどうしてナルさんのことを?」
「別にもったいぶって話すような内容でもないのだがな、簡単に言えばアイツに命を救われたからだ」
未だにミリアは覚えている、色あせることも無く。想い人との忘れられない最初の出会いを。
「どういった経緯だったのですか?」
「ありきたりな、今時流行りもしないようなベタな話だ。私が公務の一環としてある領を訪れたことがあったのだが、その際に賊の襲撃を受けてな。本来私の護衛騎士達が賊程度に後れを取ることなどないのだが、間の悪いことにそこを都市間で運行されている駅馬車が通りかかってしまった。その乗客等が人質に取られてしまいこちらも下手に動けなくなった、そんな中だったな。あの三人が現れて賊等を殲滅し人質を救出した、彼らが偶然通りかからなければどうなっていただろうな」
それが彼らとの出会いだった。偶然にも彼らがそこを通りかかり、その気になってくれたために人質を含めて被害は無かったがもし彼らが居なければどうなっていたであろうか。…考えるまでも無い、人質を見捨てていただろう。騎士達、そしてミリア自身にとっても最優先とすべきはミリア一択であるのだから。自分としてもそうするのは最後の手段だと判断していたからあの時は均衡状態となっていたが、いずれはそれも崩れたことになったであろう。本当にあの時ナルたちが来たことは幸運としか言いようが無い。
「それが、ナルさんとその仲間の、えっと」
「ケイとユウ、だな。彼らもまた強かったのだが私が見惚れたのはナルだった、ケイの鋭い一閃でも、ユウの豪快な一撃でも無い。あの剣、あの踊るような戦い、あれに私は魅せられた。だから正確には私が惚れた理由は命を助けられたからではなく、ナルそのものに魅せられてしまったからかもな」
実際、どうしてだったかなど定かではない。こうやって後から言葉で説明することは出来ても、それが全てを説明出来ているのかは自分でも分からない。これが恋なのかと、理屈で無い不思議な感覚を覚えるものだ。
「何にせよ、きっかけはそんなものだったさ、それ以降も何度かアイツと行動を共にすることがあってその度にゆっくりと、な? アイツの戦闘以外での強さや私の望む態度を演技ではなくとってくれるそんな様に惚れたのさ」
「……」
「そういうことでしたか」
「そういうことさ、私がナルを想うきっかけという奴はな。…ところでミチはどうなのだ? どうしてナルを?」
ミリアの話を聞きながら、ミチは自分のことを考えていた。どうして彼を好きになったのか、何がきっかけだったのか。
「……なんだったのでしょうね、きっかけって。何でナルさんを好きになったのか、何が決定的だったのかなんて私にも分からないんですよ」
そう、分からないのだ。どうして彼に想いを寄せるようになったのか、どうして彼と一緒にいたいと想い始めたのか。
「私の親友がナルさんと一緒にいるようになって、それに私も付き合うようになって。彼女がナルさんを好きなことなんて最初から分かっていたはずなのに、いつの間にか私もナルさんに惹かれていて。ナルさんの優しさに心を動かされちゃって、それはナルさんにとって表面上のものだったはずなのにいつの間にかそれが本心になっていることに気付いて。ナルさんが生の感情を見せてくれたことが嬉しくて、もっと見せて欲しいと思って。どうしてなのかは分からないけど…」
頭の中を駆け巡る取り留めの無い言葉を止めもせずに口からつらつらと連ねる。どうしてなのか、何故なのか、結局のところは分からないが一つはっきりとしていることがある。
「私は、ナルさんが好きなんです」
「…そうか。だ、そうだが?」
「え? ま、まさか!?」
「ナル様?」
ミチの言葉を聞いて、ミリアは部屋の外に向かって言葉をかける。つまりそれは部屋の外に、自分達の話しが聞こえる位置に誰かが、否、ナルがいるということだ。それが分かったミチは赤面しながら動揺し、ニーナもまた驚きの声を上げたのだが…。
「…あれ?」
「むう、居なかったか。こういったことを言えばてっきりアイツが入ってくるかと思っていたのだが」
そう、ミリアがああ言ったのは単なる冗談であった。あくまでこれまでにもいいタイミングでナルたちが入ってきたことがあったから今回もいるのではないかと考えて言ってみただけ。実際には誰も居なかったということだ。それに気付いたミチは深く安堵の息を吐き、つい立ち上がっていた身体を再びソファにゆっくりと沈める。
「やめてください…、本気でびっくりしました…。さすがにあんなことを聞かれていたらどういう顔でナルさんに会えばいいのか分かりませんよ」
「くくっ、すまんな。ちょっとした茶目っ気という奴だ、許せ」
「もう…」
これで完全に緊張がほぐれたのであろう。これ以降彼女達は終始和やかな、友人同士の会話を繰り広げるのであった。
…で。
「居るんだけどねー、実は。…はっず、何これ恥ずかしい」
実は、ナルはミリアがあの問題発言をした辺りから部屋の外に居た。とりあえず副長から資料を受け取り、軽い所感を聞いてすぐさま戻ってきたところで例の発言を聞いた。それを聞いてここで入るのはどうかと思ってしまい、結局ミチの話が終わるまで一歩も動けなかったのだ。それで今は、自分を想う彼女たちの言葉を考えつつ、自分の顔を手で覆っている。
「あー、どうしよっかなあ」
どのタイミングで部屋にはいるのか、そして自分は彼女たちに対してどうするべきなのか。既に自分は生きるという点においては過去と決別し、その点においては前に進んでいる。だが、恋については未だに止まったままだ。
…かつてケイとユウに自分が生まれ直したことを告白したときに、どうして自分だったのだろうと呟いたことがある。その時に、ケイ達から言われたことは。
「さてな、私達には分からん」
「何でも良いだろ、生まれ変わった理由なんて。俺たちにとって重要なのはお前が今ここにいることだけさ」
「それでも気になるならこう思え、お前には機会が与えられたのだと」
「前のときに出来なかったこと、一つぐらいあんだろ? だったら今度の人生はそれをやってみればいいのさ」
「違う世界、違う人生だからこそ出来るものもあるだろう。お前は心の赴くままに行けばいい」
「不安になんて思う必要はねえ、俺達がお前と一緒に進んでやるからよ」
それは、今でもナルの心の中にある、それがナルを新たな人生を歩ませる道標となってくれた。ならば、
「僕は、今度は理解できるようになるんだろうか…」
それをナルは小一時間、部屋の前で考え続けるのであった…。
「…ただいま戻りました」
考えることしばし、後者は先延ばしにして一先ず部屋に入る。そうは言っても否定ではなく保留していることこそが、ナルが自身の恋愛に対して前向きになっているということなのだが本人はそれに気づいていない。
「戻ったか、どうだった?」
「ええ、あまり手がかりとは言えないようです。分かっていないことが多すぎる」
正直、副長の話と戻るまでの道すがらに読んだ資料には大した情報などなかった。これでは調査の取っ掛かりすら掴めないというレベルだ。
「それに関してはすまん、元々これに取りかかったのが最近な上動かせる戦力がな」
「でしょうね、隠密などが出来る人材は陛下の命が無いと動かせないのでしょう?」
「ああ、私の配下はどうしてもそちら関係はそこまでな。事件の性質上、極短期で目立っても良いから人海戦術で一気にやるか、長期で隠密調査の出来る人材を使って相手に悟られぬように調べて前者のそれをやるか、のどちらかをやるべきなのだが現状どちらもまるで出来ないからな。せいぜい後者の真似事程度だ、期待してもいいのだよな?」
「依頼ですからね、まあ何とかしてみましょう。ところで僕を雇うことについて陛下には?」
「特には何も」
「良いのですか?」
一応はこれも国がSSであるナルに依頼をしたという形になるのだ、ならば国のトップに黙ってというのはあまり良くは無いことであるのだが…。
「私とて上の人間さ、私の権限の範囲内で最大限動かせてもらう。心配せずとも下手なことにはならんさ」
「…まあ、無理はしないでくださいね」
ミリアがそういうのなら大丈夫なのだろう、彼女は出来ないことを言うような人ではない、その程度のことは短い付き合いながら理解している。だったら自分がやるべきは、迅速に、完璧に依頼を完了させることだ。
「分かっているさ。さて、とりあえずナルには明日から動いてもらうとして、今夜はディナーを楽しんでもらうとしよう。それと事件解決までの間はここに滞在してもらう、無論ミチやニーナもな」
「ええと、良いのですか?」
「いいさ、お前達は私の友人だからな」
「…はい」
「わかりました」
ミチとニーナは素直にミリアの言葉を受けとる、もうすでに自分達は友人なのだと思っているから。そうミリアも本心で望んでいると分かっているから、その言葉に甘えることにしよう。
一通りの話が済んだところ、もう既に夜となっていた。一先ず夕食とする為に移動する中、先導するミリアにナルが小声で話しかける。
「(…二人のことはお任せしてもかまわないのですよね?)」
「(ああ、さすがに私と同レベルとまでは行かないがそれに準ずる程度の警護はつける)」
「(頼みます)」
「(分かっているさ)」
これでナルとしても後顧は無くなった、万全を期して依頼に望める。
(一人ではあるけど、頑張ってみようかな)
久しぶりの一人での調査依頼だが、全力を尽くすことにしよう。
はい、いつの間にやら70話ですね。この調子で100話になれば何かやりましょうか、何をするかなんてまったく考えてませんが。
さて、一応はここでナル編は一先ず終了、次話からはケイ視点となります。ノエルと共にキエル村を出発したケイ、ノックスへの旅路の途中で寄った王都において彼は何をするのか? 今はまだ私にもぼんやりとしか決まっていませんが、がんばって書いていきましょうか。




