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ラクセイリアの一人と二人  作者: 轟 響
第四章:三人の合流
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事件と噂

副題は、王城にて


 想像していなかった彼女の地位に、ミチはポロリと言葉をこぼす。


「…王女様?」


 どうやら頭が一時的に働かなくなっているらしい。彼女にしては珍しく、ナルに見せるものとはまた違う、非常に無防備な顔をさらしておりそれを引っ込める余力がかけらも無いようだ。


「うむ」

「し、失礼しました! 痛っ!?」


 こちらは多少想定していた故にミチほど固まっているわけではないようだが、それでも一介のメイドにとっては天上人とも言える存在に動揺しているようだ。馬車の中だというのに思わず立ち上がってしまい、頭をぶつけて悶絶している。


「気にするな、公の場ではないからな。大丈夫か?」

「…い、いえ、お気になさらず。そ、それで」

「本当に気にしなくていいよ、この人はそういう人だからね」


 頭頂部に感じる鈍い痛みに涙を浮かべつつも、ミリアに対して敬い、かしこまった態度をとろうとする。そんなニーナに回復魔法をかけつつ、ナルは彼女の腕をとって敬いの姿勢をやめさせる。公共の場ならともかく、こういった私な場でまで一々畏まっていては話が進まないからだ。


「お前はお前で少しは敬ったらどうだ?」

「昔そうしてむくれたのはどなたでしたか?」


 かつて彼女と出会ったばかりの頃、彼女の地位を鑑みてそれに相応しい態度をとったところ不機嫌になったのは誰であっただろうか。そんなことを経験して以来、自分の正体が知られている場であれば公な場でもこの調子を崩さないようにしている。


「ふっ、私だ。さすがはナル、私のことを良く分かっているな」

「やれやれ…、それで僕を城に呼ぶ理由は何ですか?」

「無論愛しのお前を」

「冗談は結構です」


 質問に冗談を返すミリアに向かって直球を打ち返す。こういった彼女がフリーダムになれる場においては、こうでもしなければいつまでも脱線し続けかねないとこれまでの経験で知っているからだ。


「別に冗談では無いが。…それはともかくとしてお前に依頼をしたい、受けてもらえるか?」

「内容次第です」

「十分だ」


 彼女との付き合いは長くは無いが濃い、だからこそこれだけの短い会話でも互いが互いの意思を認め合えるのだ。そんないつもと変わらない、自分がもっとも望んでいるものを感じさせてくれるナルとの掛け合いにミリアは笑みを浮かべている。二人だけが進んでいく中、ようやく再起動に成功したミチが自分達の処遇について質問を投げかける。


「えっと、私達も城に?」

「ナルの連れならかまわんさ、私としても友人は欲しいからな」

「友人ですか、恐れ多い…」

「気にするな、どうしても私のような立場では友人が作りづらいからこういった機会は生かしたいのだ。私の事はミリアでかまわんぞ、その代わり私もミチ、ニーナと呼ばせてもらうからな」


 これは紛れも無いミリアの本心であった、だからミリアとしてもこの機会を失いたくは無いのである。どうしてもミリアの生まれながらの立場故に彼女には損得勘定を抜きにした友人というものはナル達に出会うまで得られなかったからだ。だからこそ、ナルが認める二人ならば紛れもなくそういった付き合いが出来ると確信しているが為に、このフランクな態度を最初から続けているのだ。


「は、はあ…」

「あー、この人はこういう人だから。こうなったら乗った方が楽だよ」

「えっと、がんばります?」

「…努力します」

「うむ」



 そんな二人を、どのような人物なのかを想像しながら、友人になってくれることを期待しながら、ミリアは満足げに微笑むのであった。



「ミチとニーナはこの部屋を、ナルは隣の部屋を使え」

「分かりました」


 トルキア王城の一角、客人用に準備された部屋にナル達は案内される。どうにもこういった待遇に慣れてしまったナルはともかくとしても、貴族歴の浅いミチとどうやってもこの場に居るはずの無い立場であるニーナは、二人が利用するにしても広すぎるこの部屋にいささか緊張がほぐれていないようだ。


「それでは荷物を置いたらナルは私の部屋に来い、案内は用意しておく」

「…やれやれ、すまないね二人とも。面倒ごとに巻き込んじゃって」


 ミリアが部屋を去り、ようやくミチとニーナも肩の荷が下りたかのようにホッとした顔を見せる。正確には未だ王城にいるために完全に落ち着けたわけではないのだが、それでも王族が居ない方が楽なのは事実だ。そんな二人の様子に苦笑いしつつも、かつての自分はこんなにかわいらしい反応は見せていなかった、などとナルは思う。王族に初めて会った頃は外界というものに興味を持っていなかったので特にどう思うなどということもなく済ませてしまったのだ。後から考えてみればよく陛下は自分の態度に怒りを見せなかったものだと思う。


「ナルさんについて行くと決めた以上、それは別にかまわないのですが…」

「さすがに王族に会うことになるのは心臓に良くありません、しかも王城に泊まることになるなど」

「だからセントラルに来たくなかったんだけどね、いつもこんな感じで強引だから。…ま、いいか」

「はあ、…依頼って何でしょうね?」

「さあね、人が微妙に少なかったことと関係あるのかもしれないね。何にしてもミリア様に聞きに行かないと」


 結局のところ、頭脳労働担当で無い自分がいくら考えを巡らせようともミリアの目的を知ることなどできないのだ。多少の推測は出来るがはっきり言って聞きに行くのが一番速いのも道理だし。


「すぐに行きましょうか?」

「そうだね、特に置いておく荷物も無いからざっと部屋を見たら行こう。とりあえず僕も割り当てられた部屋を見ておくよ」

「そうしましょうか」



 部屋の外で待っていたメイドに案内されてミリアが公務で用いている執務室に辿り着く。部屋はまったくの飾り気の無い機能美を追求したような部屋で、ミリアはそこのソファに腰掛けていた。


「来たか」

「ええ」

「うん? その二人も依頼を受けるのか?」

「ああ、いえ。実際に依頼を受けるかどうかはともかくとして動くのはあくまで僕のみですよ、彼女たちには戦闘技能はありませんから。どうせ依頼以外の話もするだろうと思ったので」


 実際どうしてナルがミチたちを連れてきたのかと言うと、特に理由などなかったりする。今こうして適当なことをしゃべっているがそんな意図は実のところまったく無かった。たただただ流れに任せた結果なのであるが、ミリアはその言葉に特に疑いは持たなかったようだ。


「ふむ、そういうことか。まあ別に機密情報を話すわけでも無いし、よしんばそうだとしてもお前の連れがそれを言いふらすようなわけでもあるまいしな。よし、人数分の飲み物を」

「かしこまりました」


 運ばれてきたお茶を一口、それで唇を湿らせてからナルが話の起点を作る。


「で、依頼とは?」

「ああ、…お前はこの街の異変に気付いたか?」

「この街に入る人数が少なかったことですか?」

「気付いていたか」


 頷き、ミリアは満足げな顔をする。かといって現状はとても満足的なものではないためにすぐに表情を神妙なものに戻したが。


「しかし、それが一体?」

「実はな、今この街で失踪事件が相次いでいる」

「…本当ですか?」


 軽く眉をひそめ、ナルはそう返す。王都とは国一番の治安を求めれらるとともに一番の犯罪の温床地帯となりやすいためにそういった事件が起こること自体は納得が行かないわけでも無いのだが、それでも王族の膝元で彼らに悟られるような大規模犯罪を行うものなど早々居ないとも思うのだが。


「確かだ。軽くだが調べてみたところ、ここ数日所在の判明しない者が十数名、現在確認中の者も含めればその倍はいる」

「ただ単に街を出ているだけでは?」

「先ほど言った十数名のほとんどが家族等の同居人を持ち、彼らに何も告げずに行方をくらませているのだが?」

「…一人暮らしでそれが判明していない人物もいそうですね」

「ああ、さすがにそちらは数に入れていないがおそらくはいるだろうな」

「しかし、そもそもその程度の人数で失踪と決め付ける、いえ、事件として動くものですか?」


 十数名、確かに失踪事件としては少なくは無いのかもしれない。しかしそれは元々平和な地域、もしくはもっと小さな街での話しだ。王都に限らず大きな街というものは物、金、そして人の流れが速いものだ。数十名ならばともかく十数名程度ではわざわざ王女自らが動くレベルとは思えないのだが。


「実はな、市井で噂が蔓延しているのだ、今このセントラルには人攫いがいるというな。私が調査を開始したのもたまたまそれが私の耳に入ってきたからだ」

「ふむ? 言っては何ですがその程度の被害で噂が蔓延しますか? 確かに噂と言うものは一人歩きした挙句本質すらも変化するものではありますが」

「その辺りがみそでな、どうやらその噂を流布している者がいるようなのだ」

「それの関係者でしょうか?」

「どうだろうね、そんな噂を流したら動き難くなるものだと思うけど」


 確かに、大抵はどのような犯罪であれ見つからないことが一番大事だ、しかも人攫いなどその筆頭だろう。そうそう起こらないだろうが、住人達が外を歩かなくなればもう動けなくなってしまうのだから。事件が小規模なものであるために当事者でもなければそういった発想が生まれないとは思うが、それをすることによる利点が思いつかない。それゆえに失踪事件側と噂側は別の一団だとは思うがそれはそれでどうやって事実を知ったのかという疑問が残る。結局のところ情報が少なくてどうともいえないのが正直なところだが、おそらく別陣営では無いだろうかとナルとミリアは思っていた。


「うむ、私も失踪事件と噂の大本は別だと思っている。」

「だとしても、どうしてその調査をナルさんに? まずは国が動くべきなのでは?」

「逆だ、こちらが今動けないからナルに頼む」

「どういうことです?」

「父上、陛下はまだこの程度では動くなとの命を出していてな。その所為でこちらはひっそりと少人数を動かすのが精一杯なのだよ」


 ナルはともかくとして、ミチたちはミリアの言葉に怪訝な顔をする。どうして分かっている犯罪を見逃すのだろうかと思っているのだろう。大方の見当はついているナルとしてはここに二人を連れてきたのは失敗だったかとも思ったが、ここで話を止めるわけにも行かないのでミリアに対して分かりきった疑問を投げかける。


「陛下は何故そのような?」

「被害が少なすぎて事件とは限らないから、だそうだ。個人的には早めに動くに限ると思うのだが。まあ、今動けば例の噂を認めることになって市民の間に不安が蔓延して街として回らなくなる危険があるから大々的に動かないことには肯定するがな」

「つまり、国としては事件の規模が大きくならないと動かないということですか」

「平たく言えばその通りだ」


 その言葉にミチとニーナの眉間にしわがよる、国が民を捨てるなどということを平然と言ってのけられたからだ。ミチは言わずもがな、ニーナもまた彼女が生まれ育ったニル家が治める領では小さなものであれ領民達に害が及んだならすぐさま対応がとられてきたために王の決定に不満を覚えるのだろう。


「ちょっと待ってください、それって」

「助けられるかもしれない人を見捨てるということですか?」

「…そ」

「待って、それをミリア様に言っても仕方ない。むしろミリア様は状況を改善するために可能な限り動こうとしている、ですよね?」


 ナルはすぐさまミチ達の追及を肯定しようとしたミリアの言葉を遮る。王の決定も分からないものではないし、そもそもミリアが決めたことではない。むしろ自分に依頼をして事態を治めようとしている。にもかかわらずわざわざミリアが泥を被るようなマネをして欲しくない、そう思ったからだ。ミリアもまたナルの意を酌み、受け入れようとした非難ではなく彼の言葉を肯定する。


「…ああ」

「状況が状況のようですからこちらとしても協力を惜しむ気はありませんが、受けるとして僕はどちらを担当することになるのですか?」

「…そうだな、人攫いのほうを頼みたい。原因を潰すのが一番手っ取り早いからな」

(正直噂のほうを受けさせるつもりだったのだがな、そうすれば二つの意味で国が動けるようになる。だがわざとかは知らんが少々釘を刺されてしまった上、この二人に余計な悪印象を与えるのも良くは無い以上はこちらにしておくしかあるまい)


 彼女としてはあくまでナルを主に使うつもりは無かった、あくまで国が動くためのつなぎとして用いるつもりだったのだ。単純な戦力としてならばともかく、こういったことにまで最上位の冒険者を用いるのはどうかと思ったからだ。それと単純に想い人にあまり危険なことをして欲しくないというのもあるが、それこそがナルの生き方であり自分が惚れた理由の一つでもある以上あまり強くは意識していない。何にせよ、ナルに、最善を尽くすようにしますよね? と釘を刺されてしまったからにはナルに主役を任せることにしよう。


 …なお、ナルにそのような意図は無かったと明記しておく。




 ちょっと長くなったか、まあ仕方ないか。で、後一話二話でいったんナル視点を止めてケイ視点に移ります。ケイ視点はナルが王都に来た次の日から始まる、かな? どうにもユウの辺りも踏まえて時間軸がおかしなことになりそうだけど余り気にせずにいきましょうか。…さて、一章を軽く読み直さないといけないな。


 おそらく次話でミリアとナルの出会いやら何やらを軽く話すつもりです、コイバナってやつになるのでしょうか。それでナル視点はいったん終わります、たぶん一話で終わると思いますがもしかしたら伸びるかもしれないので後一話二話としておきます。



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