ミリア
副題は、御招待。
『?』
「…え?」
「…はあ」
後ろから聞こえてきた声に皆が振り向く、そこに立っていたのは背中の中程まで伸ばした蒼い髪と同色の力強い瞳を携え、男女問わず眼を引く魅力的な肢体を見せ付ける美しい女性。見覚えの無いその女性にミチとニーナは首を傾げるが、宿の主人は驚愕を、ナルは呆れを見せる。その場の誰もが動かぬ中、全身から堂々とした雰囲気をかもし出し、得意げな顔をしている彼女にナルは声をかける。
「何故ここに?」
「門番から報告からお前がここに来るだろうと考えたのだ。お前に配慮する可能性がある特別用ではなく一般用を使ったのは失敗だったな」
(僕の意思じゃないんだよ)
実際あのふざけた男がいなければ今の状況は起こっていなかった可能性が高い。騎士達はナルと彼女の間柄を知っており、ナルに恩がある故に彼のために報告を遅らせてくれる者も多いのだから。
「それにしても速すぎませんか?」
「数日前にクエラからお前がネキッラムにいると連絡を受けていな、ここに来る可能性にかけて色々と仕込んでいたのだ」
(よし、今度あったらぼこぼこにする)
自分を売ったどこその騎士に対し、ナルは再会の際にはそれなりの報いを受けさせることを誓う。ナルは知らないが、同時刻にとある人物がお茶をこぼして熱い目に遭うという不幸を味わっていたりもする。
「さて、私が言いたいことは分かるな?」
「そちらに泊まれ、と?」
「うむ、そちらの二人もな」
「えーっと?」
「ナル様?」
当たり前ではあるが、いきなりの事態に女性陣は困惑する。彼女たちからしてみればいきなりよく知らない人が家に泊まれと言ってくるのだ、そう容易に飲み込めるような話ではないに違いない。それにこの女性はナルを自分の家に泊めようとしているのだ、ミチがもしやライバルなのかと薄くではあるが警戒をしてしまうのは恋する少女としては致し方ないのだろう。そんな彼女たちの思いを慮りつつも、この多少面倒な友人に対してもナルは配慮することにした。
「あー、後で話すよ。…とりあえず、今日のところはそちらのご厄介になりましょうかね」
「さすがは私のナルだ、そう言ってもらえると思っていたぞ」
「誰が誰の何ですって?」
さすがにそれは聞き逃すのは宜しくない、別に自分は誰かのものになったことなど無いのだから。それに、そういうことを言われてミチたちにいらない誤解をされるのも面倒なのだ。
「…ふむ、確かにこれは違っていたな、すまない。ではナルよ、お前のミリアについて来い」
違う、そうじゃない。それはそれで誤解される。
「…はあ、そういうことじゃないでしょう、まったく」
「えっと、ナルさん?」
「気にしないで、こういう人なんだ」
「は、はあ」
本当にこういう人なのだ、本当に。彼女、ミリアに関しては生まれも関係はあるのだがおそらく元からそういう性格なのだろう、もう慣れてしまった。どうせミチたちもそのうちそういう人なのだと納得してくれるだろう、…それが良いことかは知らない、自分の知ったことじゃない。
「何をしているのだ、ついて来い皆のもの」
いつの間にやらミリアは宿の外からこちらを手招きをしている、ナルが説明をしている間にさっさと外に出ていたようだ。まったく、彼女はいつもこの調子だ。別にこちらの事情を汲み取らないほど鈍くもなければ考え無しではないのだが、そうでないときであればよくこうやって自分を振り回すのだ。彼女の生まれを考えるとこの調子でやっていけているのだろうかと他人事ながら不安になってしまうのだが、まあ仮にもアレなのだからどうにかやっていけているのだろう。
もっとも、公の場の彼女はむしろ冷静で表情筋を動かさずに仕事をしており、彼女がそういった面を見せるのは家族、もしくはナルが居る時のみであるということをナル自身はまったく気付いていないのは付き合いの短さゆえかそれとも別か。
「ああ、もう。いつもいつもああなんだから」
そんな彼女の振る舞いに、この先の彼女に振り回される自分の姿を想像しつつも、いつの間にやら口元に軽く笑みが浮かんでいることにナルは気付く。何だかんだと言いつつも自分も彼女が嫌いではないのであろう、彼女についてはケイやユウと同じで癖はあるものの面白い人物であると思っているのだから。どうにも自分はそういった癖のある人物が好きなのだろう、…あれ? そうなるともしやミチ達も実は一癖あるのか?
「…ま、いいか」
「お、おいナル。あの方は」
宿の主人がナルに困惑しつつも意を問う。彼はここの出身である、無論ミリアのこともよく知っている。別に直接話をしたことがあるわけではないがこれまでだって何度も公の場で見たことがある。そんな人物がここに来てナルを誘っていく、大丈夫なのだろうかと思ってしまう。ナルの立場を知っているにも関わらずもいらぬ心配をしてしまうのは主人の人の良さゆえか。
「ごめんね、こうなっちゃって」
「あ、いや、あの方のお誘いならこっちも引きとめはしねえが。やっぱすごいな、お前」
「何かそういう生き方をしてきたみたいでね、望んだわけじゃないんだけどなあ。それじゃ、またね」
「おう、またな。別嬪さん達も」
「ええ、お邪魔しました」
「失礼します」
「さあ、乗れ」
「立派な馬車ですね」
「これは…」
宿の外に出た三人を待っていたのは、先と変わらず不敵な笑顔を見せつけるミリアと、素人目にも並では無いと分かる馬車であった。馬にも、車体にも、御者にも、見るものが見ればかなりの金をかけられていることが分かる。特に車体には複数の魔法が仕込まれており、それだけで野党の襲撃くらいならば乗ったまま対処できるほどのレベルのものだ。これだけのものを易々と使えるのは間違いなく貴族、それも相当上位のそれのみ。未だ貴族というものに疎いミチは表面上のそれしか分からなかったが、仮にもニル男爵家にすでに人生の半分以上をささげてきたニーナには、詳しいことは分からずともこれが相当な、少なくとも男爵や子爵程度では常から使うことなど出来ないことぐらいは察する事が出来た。そんな、程度は違えど目の前の馬車に尻込みする二人の背中を押すのはやはりナルの役目であった。
「二人とも、問題ないから乗って」
『あ、はい』
この一言だけですぐさま納得するのはナルへの信頼感からか、それともナルへの個人的な思いからか。少なくともミチは後者だろう、ニーナは…、どうなのだろうか?
そんなこんなで全員が乗り込み、ミリアが何も言わずとも御者は馬車を発車させる。その車内、ミリアは知らぬ間に増えたナルの同行者たちの考察に忙しく、ナルは窓の外にやはり人影が少ないことに何か起こったのだろうかと考えを巡らせており、ミチとニーナはこの場に落ち着かずにそわそわしている。そういった理由で無言の車内、意を決してミチはミリアに話しかける。
「えーっと、ミリアさん? ですよね。貴女も貴族なのですか?」
ミチの問いがよほど予想外だったのか、珍しくミリアはぽかんとした表情をさらす。そして可笑しくて堪らないかのように笑い声をこぼす。
「……くっくっく、初めてだな、そう聞かれるのは」
「え?」
「ミチさん、この人は」
「おいおい、勝手に私の事を紹介してくれるな。こういったことは自らやってこそだろう?」
「…好きにしてください、やれやれ」
とりあえず笑いが収まったのか、ミリアはナルを手で制す。ナルとしては自分から離した方がミチ達の驚きを多少は収められるかと思ったからなのだが、そう言うのなら任せてみようか。後々自分がフォローしなければならなくなるような気がするのは難だが。
「…あ、私の名前はミチ・ニルです」
「ニーナ・サッカと申します」
それは今更では無いのだろうか。むしろ今までどうして誰も自己紹介をしようとしなかったのか。どう考えても知り合い同士の二人が物思いに耽っていたからだろう。
「ニル? ニル男爵家の者か? あそこは男子ばかりだと聞いていたが」
「少し前に養子になりまして」
「ほう、そうだったのか。しかしそのようなことは自ら言わぬ方がいいぞ、貴族と言うものはそういったことすら攻撃のきっかけとするからな」
まあ、普通の男爵家ならそこまで気にする必要は無いのだろうが、大都市を治める家となると意外とその地位を狙われているものだ。自分達にとっても政略結婚等で養子をとることなど珍しく無いくせに、他人の粗探しには利用するというのだから貴族と言うものは度し難いものだ。別に全てがすべてそうだと言うわけでは無いのが救いだろうか。
「そうなのですか? すいません、こういったことにはまだ不慣れなもので」
「素直なのは良いことだな。では、私も名乗らなくてはならないな。私の名はミリア・ロル・トルキアという」
「…え? トルキア?」
トルキア、トルキア、トルキア? ……この国の名前は?
「お、私の家が見えてきたぞ」
「家ではなく城と言うべきですよ、あれは」
馬車の窓から外が見える、現在地は王都の中心近くで貴族が多く住まうところ。その中でも中心にある一際大きな建物、精錬された美しさを持つ白亜の城。それこそがこの街の、この国の中心であるトルキア王城。それを家と言えるのは…?
「え? え?」
「…失礼ながら、貴女様はやはり?」
「トルキア王国第二王女という奴だな、私は」
「何故他人事なんですか、貴女は」
何故かミリアは、トルキア王国第二王女ミリア・ロル・トルキアは、まるで自分のことではないかのように肩をすくめた。
はい、風邪薬を飲んだせいで眠い中書き終わりましたよ。予想以上に眠いな、これ。それはともかく、あえてやったとはいえ今までとかなり書き方が違いますねえ。こうもポンポン書き方が変わるのはどうなのだろうか。これからはこの書き方で統一させるつもりですけどね、さすがに、おそらく。
で、新キャラのミリアさんです。この章を書き始めるまでは少女よりの幼女で、性格はガンガン引っ張ろうぜ! なキャラだったはずなのですが、よく考えるとナルって24なんですよね。その年齢差でそういったキャラに付き合うのはキツイかなって思い直したので大人になりました。もしかしたら幼女が成長したのは私の趣味が大きいかもしれませんけどね。そもそも個人的にはこの手の話の主人公は少年が多い気がしますね、ラインぐらいの。なのにここの人たちはちょっと年齢が高いです、他だったら書き上げている可能性のある箇所を設定で済ませていますからねえ。そのせいで色々ずれるのは良いことなのかどうのか。…ま、いいや。
…あ、合流の場所云々に関してなのですがもう王都で合流させます。その方が良い気がしてきました。ですからケイとユウのターンは思いのほか速くやってきそうです。書き換えについては元から半分くらいその場で考えているような話ですからどうにかなります、おそらくは。




